誘い水
目を疑ってしまった。
私がいる中央区・巨大人型兵器【キャリバーNX09】の腹部には工事用の足場がいくつも張り巡らされており、それを組み合わせた広間に”強化屋”や”AZ血液対策本部”のテントが備わっている。
町全体からみれば丘陵と称されることは確かだが、キャリバーNX09の麓から眺めれば、まるでビルを足元から覗いたような高さになる。
しかし、標高50m以上はあるであろう高所まで、”彼女”は一度のブーストで駆けあがってきてしまっていた。
丘陵の中腹にはアサルター隊を配置し、迎撃も行なわせたはずだったが、その防衛線はまるで意味をなさなかった。
そうして、彼女は私のいる頂上まで降り立つ。
あれだけの跳躍をしながらも、推進剤はあがっていないようで大出力でスラスターを吹かしながら着陸する。
その仰々しさと、フェイスガードを外してまで曝す鋭利な笑みで、彼女の中身が〈古崎徹〉であることはすぐにわかった。
けれど、分かっているはずなのに、その容姿のせいで身体が動かせずにいた。
「(ヴィスカ……まさか彼女まで支配されていたなんて。)」
悔恨が胸を突き、右腕に装備した【軽量型対空砲 ヴィジランテ】の引き金を引きそうになった。
しかし、坂城諸が言った通り【ブリッツ】の本領が発揮されるタイミングは不意をついたときだ。
少なくとも、正面から対峙している今この状況で戦うのはリスクが高い。
「――この姿をみて、動じるプレイヤーが数人、か。
随分と俺の世界で好き勝手してくれているようだ。
新規プレイヤーが20人以上。
まったく、あの笹川ですら4人誘っただけで留めたっていうのに、外野でポッと出の連中がぞろぞろと雑兵集めてくるなんて、笑えない。
不快だな。」
彼女の声音でありながら、不遜すぎる口調でそう告げる。
”古崎徹”も自分の正体を隠す気はないらしい。
近衛として配置しているアサルター隊の数は10名ほど。
その内一人が、彼女の着地際を狙ってマシンガン系の兵装を撃ち始めた。
連射力は低いが、地鳴りでも起きそうなほど腹に響く銃声を辺りにばらまく。
狙い自体は私でも理解できる。
着地のために費やした推進剤を更に緊急回避にも使わせれば、スラスター・バーニアはいずれオーバーヒートし、加速は使えなくなる。
そうなれば、追撃の隙が必ず生まれる。
「(サイトーには私の初弾に合わせて痛覚効果をONにするよう伝えてある。
一撃喰らわせることができれば……)」
呼応して別の隊員もそれぞれの主力兵装で迎撃に入った。
アサルト隊でまとめたからといって、彼らの武装は必ずしも一致してはいない。
兵装の適正距離を参考に、組み分けしただけで、今聞こえる銃声は各々違っていた。
オーケストラのような壮絶でけたたましい破裂音が響きわたる。
銃撃によるマズルフラッシュのカーテンが〈古崎徹〉と私の間に引かれ、姿を上手く隠してくれた。
”ヘイト”は今、仲間に向いている。
なら私は――。
こちらが駆け出すと同時に、推進強化のパーツ群が積まれた【ブリッツ】が今までの数倍スムーズなスラスター噴射を開始する。
今まで使っていたアーマーとは雲泥の差といえる利便性がここにあった。
まるで、自分で走っていたときのような高揚感があった。
「――雷撃のように出どころのわからない高速の一撃を。」
言い聞かせるように、銃撃が行われている前面から敵の側面に回り込もうとしたところで、銃声の合間を縫って不気味な噴射音が聞こえた。
地獄の底にあるマグマが弾けたような悍ましい響きだ。
「【Result OS】解除。」
高らかな〈古崎徹〉の宣言と同時に、銃弾の雨に曝されたヤツの姿がブレた。
元々は青色の推進剤が変色して紫から赤へと移り変わり、不気味な破裂の音を数度鳴らして縦横無尽な回避行動を行う。
「(っ先輩と同じ動き……。 古崎徹もできるの?)」
その速度は最早、目で追えるものではない。
アサルター隊の放った弾丸は全て、彼が通過した箇所を射貫くばかりだった。
『ダメだ!! 相手が悪すぎる!!
古崎徹が【スレイプニーラビット】を手にしているなら、あんたの射撃スキルじゃ無理だ!
マシンガンの照準アシスト機能ですら、偏差撃ちが追いついていない!
あの次世代アーマーは、こと不規則なマニューバに関しては随一といっていい性能だ!』
サイトーから通信器を奪い取ったのか、坂城諸の声が耳元に届く。
「――!!」
――だが。
坂城諸の言葉とは裏腹に、〈古崎徹〉の脚が止まった。
ついにスラスターがオーバーヒートしたのか、さきほどまでの超高速巡航は鳴りを潜めて、彼は膝をついたまま硬直している。
弾丸数発がヴィスカのキャラクターに命中して、着弾の衝撃によってアーマーが何度かひしゃげて軽い鉄の音をたてた。
「撃ちますっ!!」
短距離走のスプリントする要領で低姿勢のままブースト走行していた上体をすぐさま起こし、胸部および、左腕のバーニアを噴射させて勢いを殺しながら停止する。
その間に、脚部の【ニー・ライオットシールド】を展開し、右腕に装備した【ヴィジランテ】を固定する。
照準は定まりきっていなかったが、構うことなく停止状態だった〈古崎徹〉の側面へ、対空砲扱いの大口径銃弾を連射した。
腹部を金づちで打たれているようなリコイルに堪えて、3発の弾丸が〈古崎徹〉へと向かっていく。
『痛覚効果をONにしました――』
サイトーの報告とともに、辺りには悲鳴がとどろいた。




