自動照準
『――――スカウト(斥候)・チャーリー隊。
同じ分隊一人の偽装が判明。
現在、交戦中。 部隊員3名が――ジャックされました。』
サイトー、木馬太一、それに坂城諸を加えた4人での話し合いの途中でその報せはきた。
亡霊部隊の仲間は感情が込められていない声でそう告げ、その後、通信にはノイズが入って切れてしまう。
「……キャリバー・タウンの北側。
まだ手が及んでないと思い込んでた……っ」
スカウト・チャーリー隊を配置した箇所は最も戦いから離れている区画だった。
部隊配置の際、戸鐘先輩から聞いた話によると、プレイヤーの関心がもっとも薄いのがキャリバー・タウンの【サウスゲート】前に加えて、北側にある【調達員宿舎】のある区画だそうだ。
理由は、スターダスト・オンラインというゲーム上、その場所はクエストやストーリーでしか出向く必要がなかったため、殊更、〈学院会〉プレイヤーも先輩も寄り付くことはなかったらしい。
……。
一番の衝撃は、スカウト・チャーリー隊はまだ一度も”敵影”を確認した報告が来ていなかったことだ。
一体どの時点で”敵”は隊員を支配していたのか。
私が命令を出した時か、それとももっと以前か。
チャーリー隊が気づかないほどの手際で、素早く支配されたのならまだ救いようがある。
「どっちにしても、嫌な攻撃の仕掛けられ方ね」
索敵性能に優れたアーマー装着者をスカウト隊に厳選したのだから、そんな彼らが攻撃に気づかずいつの間にか背後を取られていては、こちらも手のつけようがなくなる。
「ラピッド(即応)隊は交戦があったキャリバー・タウン北側の調達員宿舎地区へ。
内一人は敵との接触後、負傷した者の救助――いいえ、戦闘に加わっていい。
味方が操られたと判断した場合、躊躇わずに撃って。
自身が支配されるかもしれないと判断したのなら、自害して。」
私のいる本部にて、待機・警護させていたラピッド隊の一人に口頭で告げる。
今のところ自由に動けるのはこのラピッド隊だけだ。
こういった有事の際に動ける部隊があるのは、確かに運用がしやすい。
先輩は今みたいな状況になることを想定していたのだろうか。
ラピッド隊の一人は不満の声をあげることなく返事を返す。
けれど心を痛めている余裕はない。
いよいよ”古崎徹”が私たちを敵として認知したのだから。
古崎邸を襲撃する実働隊に加わらなかった私の復讐はここから始まる。
「サイトー。 坂城諸を出して。」
『……はい。』
サイトーとの二言のやり取りの後、通信回線には坂城の短い溜息が聞こえた。
「亡霊部隊から集めた兵装とカスタムパーツがここにあります。
この中で私に適したカスタマイズを指示しなさい。
後の運用テストでは、操作方法も教えなさい。」
『……亡霊部隊が古崎徹に支配されそうなんだろ?
キミはまた古崎グループの被害者を二の舞にさせたんだ。
彼らは確かに、復讐を臨んでいるかもしれないが、もし君がそれに失敗すれば、古崎徹に支配されたままだ。
……まさに死体蹴りだ。
キミがそうさせた。』
「……そう、ね。
――時間は多く残されてない。
指示に従わないなら、先輩――戸鐘路久がどうなろうと構いませんね?」
『つくづくそのねじ曲がった性根を修正してやりたいと思うよ!
兵装とカスタムパーツを全部、床に並べろ。
外見だけみればどんな兵装かはわかる。口頭で述べられる時間が面倒だ。』
「……感謝します。」
小声でそう呟きながら、坂城諸の告げる手順通りにアーマーのカスタマイズ画面を呼び出し、各種装備の変更を見直していく。
『あんたも本来は〈ヴィスカ〉と同じタイプだ。
機動力と持前の瞬発力を用いて敵を攪乱する。
だが――』
「それだと先輩の下位互換にしかならない。 連携が取れるほど、ここにある兵装やパーツは優秀じゃない、先輩が言ってました。」
『あぁ、やっぱり義弟くんもその結論に至ってたか。
加えて、彼は息の合った連携が取れるほど器用じゃない。
だから同じバトルスタイルは候補から外す。
【ブルーエンドリニアライン】で戦い方はみせてもらったが、あんたの射撃センスはそれなりだな。
兵装の人型に対する自動照準機能を抜きにしても、的の小さな【ジェル・ラット】に難なく攻撃をあてていた。
…………。』
坂城諸が一度息を呑んで唐突に押し黙ってしまった。
「何か?」
『いや、〈ヴィスカ〉のことを思いだしてね……。』
「……彼女を? どうして?」
『人型の自動照準機能が、あんたの兵装には備わっていた。
その意味に今更気づいたんだよ。
……〈ヴィスカ〉、彼女は以前、ベータテストの際に〈古崎徹〉によって、クエストの討伐対象に設定されたことがあるんだ。
討伐報酬は莫大な経験点と正式サービス開始時に贈られる特典。
大抵のゲーマーってのは、コスパのいいクエストを周回したいと願うものだからね。
より効率よくクエストをクリアする方法を探るんだ。
もちろん、ヴィスカが何者なのか、彼らは知らない。
知らずに、彼女を殺すための算段を立てるんだ。
湯本紗矢、あんたが装着しているアーマーはベータテスターの装備を拝借しているといったよな。
憶測でしかないが、つまりあんたの使っている兵装は、ヴィスカという”人型のクリーチャー”を討伐するのに適したカスタマイズなんだよ。
当時、ベータテスターに解放されたゲームプレイ圏内に、人型のクリーチャーは出現しないからさ。』
――!!
坂城諸に返事することなく、今まさに装着していた砲塔型兵装を解除し、地面へと投げつけた。
粗末な音を立てて、砲塔とそれに付随するアタッチメントが床を滑り、ゲームのシステムが”ドロップアイテム”としてアイテム名を表示させる。
「最っっ低……!!
坂城諸。別の装備を、早く繕って!!」
『あぁ。…………そこは同感だ。』




