忘れたもの
☆
ふいに考えてしまうことは沢山ある。
けれど突き詰めていけばそれは、両親二人が変わらず健在だったら、という「もしも」に終着する。
……。
手段と目的が入れ替わるというのはまぁ、わたくしこと湯本紗矢には多々あることだ。
古崎グループへの復讐という基盤から、全ての手段と目的がひっくり返る。
学校に通ってできた友達はしっかり大切にしよう、そう心に決めて笑みを振り撒いても、いずれは利用する手段を考えてばかりいる。
アンチグループの要件で授業をサボった日とか、何者かに尾行がされた日とかは、クラスメイトの家で匿ってもらったり、薬物や工作道具の類が必要になったときは、理系の部活動に足繁く通って、色々都合してもらったこともある。
おかげで一部の生徒からはビッチだのエンコーだの噂されたが、それすらも友人の手を借りて大事にはならずに済んだ。
感謝している反面、やはりまた、自分は他人を利用しているのだと再確認してしまう。
今も、戸鐘路久という一つ上の先輩をゲーム世界に引っ張り出して、私情に付き合わせようとしている。
もちろん、代価は払うつもりだ。
彼が私の目的を果たして、見返りに恋愛関係を求めてきても――。
「いや……無理ッスね。」
今回の古崎邸襲撃はもう、小さないざこざの域を超えている。
画策した犯人である私は、なんだかんだ捕まるか逃げ遂せるかのどちらかになる。
それに、先輩が真正面から私を好いてくれているのは分かっている。
その好意に対して、私は嘘偽って恋愛関係になろうとしている。
あまりにも誠意がなさすぎる。
「……どの口が誠意なんて――。」
自分で窘めて項垂れる。
機転の邪魔になる考えは振り切って、各亡霊部隊のスカウト(斥候隊)らに任せていたキャリバー・タウンの現状を頭の中に描き出す。
既に幾人かの亡霊部隊が消息を絶っている南側・ジャンク置き場や居住区のある箇所は、敵側の手中に納まっている。
それどころか、スカウトの一人が最後に繋げた通信では、一人の女性プレイヤーがクリーチャー化したプレイヤーを操っていたと報告があった。
先輩から聞いていた古崎徹の特殊能力だ。
「……そろそろあたしらも攻めるべきッスね。」
今のところ、好きに動けているのは古崎徹の率いる勢力(そういえるのか疑問だが)のみ。
このまま非力な〈学院会〉のプレイヤーが彼の手に堕ちて戦力を増強されるわけにもいかない。
それに、今度は私のほうが切り捨てる覚悟を見せなければならない。
「サイトー、痛覚効果設定をオンにする用意はできてる?」
外部に繋がったボイスチャット回線を開いて、現実世界からこちらを見ているサイトーへ呼びかける。
『はい、可能です。木馬太一はこちらに協力的であり、途中で裏切ることもないでしょう。』
即座に返事が返ってくる。
”彼女”がこの短期間で人を信じるのは珍しい。
けれど、彼女がそういうということは、それなりに理由があってのことだろう。
「……坂城諸は、依然反抗的ということね。
わかったわ。そのまま伝えなさい。
”あなたの義弟になるはずの彼は、痛覚を有効にした後、私の誤射によって苦痛に悶えることになるかもしれない”と。」
『――良い判断だと思います』
サイトーの声音が心なしか柔らかなものに変わった気がした。
彼女は私が先輩と戯れることを快く思ってはいない。
「……あ」
通信が切れたところで、またしても気づいてしまった。
私はまた他人を利用した。
しかも今回は正真正銘、単なる脅迫のために。
「……で、でも、先輩も坂城諸に不快感を示していた。
先輩は許してくれる……ッスよ」
否、しらばっくれるな。
坂城諸は、危険なことから遠ざけたいという思いやりで、先輩にきつく当たっていた。
私は、そのことを知った上で、先輩がこちら側に傾いてくれるよう、見せかけの好意を伝えたのだ。
それだけは、目を背けちゃいけない。
先輩は私のことを、”他人を思いやる優しい人間”だと言った。
頭を振って否定する。
湯本紗矢というのは打算的なもので、自分の得になることへ興味が向くように出来ている。
その上、弱っている人ほど誰かのために動きたがることを知っていた。
アンチグループの協力者も、そうやって弱いところを狙って仲間にしてきた人が殆どだ。
私には、3年間の時を経て現実世界に戻ってきた先輩も、弱っているようにみえた。
だから、気にかけただけだ。
『坂城諸が条件付きで協力を約束しました。』
「わかった。」
きっと坂城諸は恋人である戸鐘波留が悲しむ姿を見たくないのだろう。
だから、その弟である戸鐘路久が傷つくのも見過ごせない。
無償の愛情に近しいものかもしれない。
私はどこに忘れてしまったのか。
……あぁ。
やっぱり辿り着くのは、お母さんとお父さんが生きていたら、という叶いもしない妄想だ。




