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活路



「君は一体……?」


 地下へ縦の筒状につくられたサイロの中心、そこにぽっかりと開いた空洞。

 本来はミサイル発射準備に確保された空間なのだろうが、そこには不自然に張り巡らされた防壁ガラスがそこに蓋をしていた。

 僕はその上に立っている状態だった。


 そして防壁の向こう側、透明なガラス繊維越しに一人の少女がこちらを眺めていた。

 彼女はリザルターアーマーを装着し、僕と同じような背部スラスターでもって宙を浮いていた。


 驚くことにその姿は、幼き頃一緒に遊んだ姉さん――戸鐘波留の姿に酷似していた。


 髪の色が薄桃色だったり、瞳が琥珀色だったりと多少、ゲーム世界ならではのカラーリングがなされていたが、頬のふくらみや口の形、猫のように開かれた眼は僕の記憶の中の波留と確かに合致する。


 このゲームでプレイヤーとNPCを区別するにはある程度接近する必要がある。

 トールが僕をNPCと勘違いしたように、僕もまた、初対面時はトールをNPCだと間違えたが、会話出来るほどの距離になってようやくプレイヤー名が表示されたのだ。


 一方でこの姉さんらしきキャラもプレイヤーかもしれない可能性は捨てきれない。

 防壁ガラスを挟んで対面した場合、プレイヤー名は表示されない仕様なのかもしれない。


 ふと、姉さんらしきキャラがふにゃりと破顔した。

 リザルターアーマーの四肢に取り付けられたバーニアが推進剤の光をあげて、宙に浮いている彼女の身体を横にスライドさせる。



「……どうやってあんな動きを? スラスターだってあんなに長い……」



 見た目が同じアーマーなのに、彼女は華麗な滑空でもって壁へと身体を押しやる。

 そしてつい先ほど、僕が行った動作をまねるようにして手刀の【エディチタリウム・フィスト】を壁へと突き刺す。

 そのまま壁に張り付いて、彼女は子供らしい満面の笑みを浮かべた。


 これまでの人生で幾度も見せつけられた”天才(姉さん)”の無神経な笑みだ。

 それはまるで「自分のほうが上手くできる」と得意げに語るような動作だった。

 


「相変わらず、ゲームの中でも傲慢なんだよ。姉さんは」


 僕の言葉が聞こえたのか否か、彼女は躍るようなマニューバを披露し、やがてスラスターの噴射に勢いがなくなると、サイロの更なる底の暗闇へと落ちていく。



「あ……」



 彼女の跡を追いかけようと、防壁ガラスの向こうへいける通路を探す。

 100メートルは優に超えるフロアの直径を幾度も往復するが、他の階層と違って下へ降りるための通路は、不自然に溶接された防壁ガラスに阻まれて進むことができない。


 不自然な点は他にもある。

 

 はっきり言ってしまえば、僕のこの兵装はこのロケーションに見合っていない。

 ほぼすべての敵から受ける攻撃が即死レベルなんて、相当やり込んだプレイヤーが行うドМな縛りプレイの難易度だ。

 

 そんな事態の僕が、このサイロ基地で生き残っていることが不自然だ。

 まがいなりにも、上階ではトールの勝手な護衛のおかげで階下へ進めていた。

 

 けれどこのガラス張りのフロアだけ、クリーチャーが存在しない。

 動き回っても現れる敵影は見えない。


 ならば――、あそこしかない。


 頭をわずかにあげて、つい先ほどトールが見つけた横穴を臨んだ。

 人の数十倍の巨躯を無理やりねじ込んだであろう傷ついた地層壁を剥き出しにして、暗闇が奥へと続いている。



 もしかして、あの横穴を通って現れた襲撃者から身を守るために、この防壁を即興でつくりあげたのだろうか?

 『スターダスト・オンライン』の世界観はまだ中途半端にしか公式で発表されていない。

 人類が巨大ロボを使役して戦い、敗北したあとの未来世界。

 という設定だが……あの穴の大きさを見る限り、襲撃者はその巨大ロボで倒すべき敵なんじゃなかろうか。


 ……まだチュートリアルすらまともにやれていないプレイヤーに、姉さんは一体全体何をやらせようとしているのか、本当理解に苦しむ。


 立ち止まっている暇もない。

 トールのプレイヤーキルで無駄な時間を費やし過ぎた。

 いつまでテスターとしてプレイできるか分からない以上、さきに進んで『スターダスト・オンライン』をもっと遊んでおきたい。



 スラスターで浮上し、勇んで横穴の先へと進もうとした時だった。

 突如、何かの灯りを明転した。



「いや、違う。あれって何かの眼だ!」



 二つの眼光が暗闇に現れ、穴に入り込んだ僕の姿をその虹彩に映し出した。

 液膜を張り付けた瞳が瞬時に赤い血管を浮き上げる。


 その双眸は怒気をはらんでいる。


 ある種の本能が警笛を鳴らし、僕は踵を返していた。

 ゲームでこういった巨体生物と戦うことには慣れている。けど、VRでやるのはこれが始めてだ。


 振り返ったと同時にアーマーの推進をフル活用して大穴から飛び出す。

 まるで確証はなかったが、暗闇にいる何かは既に攻撃モーションに入っていると直感でわかっていた。

 故に、サイロのフロアと開いた横穴の段差へと素早くしゃがみ込んだ。


 怪物が出てくるパニック映画よろしく、僕の頭上が空間ごと掻っ攫われて、行き場を失った大気がこちらへ吹き込んでくる。



「こ、こんなんラスボスかなんかだぁあぁぁ!!」



 思わず叫び声をあげつつ、テキトーなものにしがみ付いて風圧に吹き飛ばされそうな身体を固定する。センサー類まで一時的にイカれて視界にノイズが走った。

 これじゃ前が見えない。

 

 ……。


 風が止んだのを見計らって、恐る恐るヘッドアーマーを解除する。

 クリアになった視界でもって頭上を見上げた。


 そして僕は絶句した。

 空間を薙いだのは、奴の頭だった。

 タールを固めた半光沢の黒い皮膚。角のような突起が生えた下あご。

 噛みつこうとした際に削れたコンクリートを牙で砕き、破片があたりに散らかる。

 真下にいる僕には破片は当たらなかった。

 けれど、奴の垂らした唾液が綱のような糸をひき、やがて僕の右肩に繋がる。

 溶解液か何か知らないが、アーマーが白靄をあげるのが視界の隅にみえた。だがそれを確認しようと首をかしげる行為すら、この場では禁忌に思えた。


 金縛りにあったように動けずにいた僕を、奴の血走った双眸が頻りに蠢いて探している。


 ふいに思い浮かべるのは昔のモンスターパニック映画だ。

 大体の場合、こういったシチュエーションだと主役は、動かず息を殺せば気づかれずにやり過ごせるものだけど……。


 ……数秒と立たずに奴の眼は僕を捉えていた。



 うん、まぁ、普通に気づかれるよね。

 僕は多分、主役にはなれない人間だ。



 最早ヤケクソと言わんばかりに、【脚部ミサイルポッド】兵装を作動させて全弾ぶっぱなす。


「目が弱点! あらゆるゲームの定石だ。」


 とは言いつつも、攻撃が通るなんて微塵も思っていない。

 ただ相手の視界を遮ることさえできれば逃げる一手を選べる。

 だが、バーニアの姿勢制御で身体が思うように動かない。


 ――ミサイル発射の反動……!!


 リコイル制御で次の動作が遅れる、仕様なのだろうけどこれはもどかしすぎる。


 無理やりでも身体を捻って壁伝いに巨大クリーチャーへ距離をとろうと動き出す。


 いくら死に慣れたといってもあんな凶悪なクリーチャーに恐怖心を抱かないわけではない。



「クリーチャー名は……【エルド・アーサー】。モルドレッドの最上位種ってことか」



 けれども僕の思考は同時に別のことを考えていた。

 あの女の子がみせたリザルターアーマーの操作だ。


 まるで自分が推進器の使用を管理しているような、独立したバーニアの動きは、どうやって行ったのか。 


 何かカスタムパーツが必要なのか?


 それとも……。


 装着しなおしたヘッドアーマーが再びディスプレイを表示する。

 その際に現れるアニメーションを目で追った。



「《【Result OS】への接続が完了》……か」



 僕の初期アーマーにあらかじめ装着されていた唯一のカスタムパーツ――【Result OS】。

 リザルターアーマーを動かすのに必要なオペレーションシステム、と説明書きにはあったが……。



 現実逃避じみた思案の途中だったが、鳴り響く地面に足を取られ転倒したところで僕は我にかえった。


 横穴から四足歩行のバケモノ【エルド・アーサー】の全貌が、眼前に現れたのだ。


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