力の流動
☆
――この期に及んで、拳……。
いや、何も驚くことじゃない。
僕だってヤツと同じ状況なら同じ攻撃方法を選んでブン殴っていただろう。
なにせ、〈戸鐘路久〉という根暗オタクは、何十回・何百回と死ぬことで覚える出来底ないだ。
敵に隙あらば、”試しに攻撃してみる”という選択肢を思わず選んでしまうバカだ。
「(……くそ、全部自虐になってるんだよなぁっ)」
〈ヴィスカ〉の姿を模った怪力の化物は、装甲の上からねじ込むように右こぶしでボディブローを放ったのだ。
初めて聞く金属の悲鳴だった。
次世代アーマー【Ver.シグルド】を構成する特殊合金は、大口径の銃弾であってもその湾曲した装甲と高強度によって威力を半減させられる。
しかし、近距離から放たれた正確かつ、まともな一撃には殆ど耐性がない。
《ショック・ゲイン》機能が殴打によるダメージを請け負ってくれるためだ。
そのはずが、この少女の皮を被った怪物は、その衝撃吸収のタコメーターを呆気なく振り切らせた。
おかげヘッドマウントディスプレイに表示されたライフゲージが、容赦なく削られていく。
しかも腹部ということは、大なり小なり、動力部にも影響を受けた可能性があった。
「【Result OS】解除――!! 【Ver.シグルド】の《ショック・ゲイン》機能を調整ッ!!」
だが、こっちだってされるがままってわけにはいかない!
アーマー内に保存された衝撃を左腕へと放出する。
通常の【Ver.シグルド】の機能では、吸収したエネルギーの流動は四肢に留まる。
けれど、【Result OS】カスタムパーツを解除することで、《ショック・ゲイン》機能へ更に細かな調整を行って、こちらも拳一つへエネルギーを一過集中させる。
こちらへ攻撃をあてたはいいものの、敵はそれ以上の追撃を行ってこない。
あの高速移動に加えて、怪力による殴打。 動力部がオーバーヒートしたのかもしれない。
「倍返しだ! 喰らえェ!!」
正確にいうと奴の攻撃は吸収しきれなかったため、倍返しというわけじゃない。
けれど、左掌の装甲内部に存在する特殊緩衝材へ吸収したエネルギーの全てを集約させている。
跳躍の時であれば、脚部全体にエネルギーを巡らせなければバランスが取れなかった。
しかしながら、ただの掌底であればその是非に及ばず。
放たれた手は、さも自身が身体の主導権を握ったかのごとく、全身を引っ張って〈ヴィスカ〉の姿をした何者かの右肩部へと叩きこまれる。
表現するなら、ロケットパンチを撃とうと思ったら自分まで飛んでいった時のような感覚だ。
敵のどの箇所を狙うか定める余裕はなかった。
『んぐっ!?』
ノーモーションかつ、スラスターやバーニアによる推進剤の噴射なしに、強力な掌底打ちが繰り出された。
避けることは困難。
守りを固めるほどの攻撃だとも思えなかったはず。
受けた敵は、面喰らったように表情を歪ませ、一度大きく呻いて、地面にバウンドすることなく深々と四肢が土へと埋もれてしまった。
一方で地上は大きくひしゃげて、路地裏にあったオブジェクトの数々が衝撃で宙を舞った。
――なんて重量だ。姿がヴィスカってだけで中身は本当に、単なる化物だな。
特殊緩衝材を一部のみ使い過ぎたため、【Ver.シグルド】アーマーの電子音声が警告メッセージを流し始める
左腕自体にも相当な負荷がかかったようで、若干関節部に小さな稲妻が走っていた。
反応も全開の時と比べると明らかに遅延が発生している。
まさか初陣で半壊させることになるなんて……。
「っ……落ち着け。」
感情を押し殺せ。いくら眼前で嫌悪すべき相手が倒れていても、ヤツの屈強な装甲を突き破るには時間がかかる。
たとえ、僕から3年間の人生を奪っていった〈イチモツしゃぶしゃぶ〉に恨みがあれど、湯本紗矢の復讐を協力することこそ、僕が優先すべき使命だ。
地面に叩きつけられてまともな身じろぎさえできずにいるヤツに背を向けて、僕は本来の標的であるプレイヤー〈プシ猫〉へ向けて、再度推進剤を用いたブースト巡航を開始する。
「――っ、寄るなッ!!」
声を荒げた彼女は所持していた長銃を構え、引き金に指をかけようとしていた。
僕とヤツが戦っている時間を逃さずにアーマーの修復に努めていたようだが、メイン兵装を使用するまで回復するのが限界だったらしく、両脚部はへたり込んだままだった。
彼女の狙い撃ちが逸れるよう、一度大きく左方へ旋回する。
けれど〈プシ猫〉の銃撃のセンスはずば抜けている。
単純な空中機動では先読みしてこちらの頭蓋を撃ちぬく可能性だってある。
「悪いって思ってる。けど、そのバックパックはもらう!」
旋回の途中で路地裏壁面へと【オーバーロード・ソルティ】をかざす。
熱せられた刀身が運動エネルギーと灼熱で壁へ真っ赤なマグマの切断面をつくっていく。
そして彼女が銃弾を放つ寸前で、壁の配管を伝っていた液体が一挙に噴射し、高熱の刀身はそれらを一挙に急蒸発させた。
「じょ、蒸気――」
こちらからも彼女の姿は見えなくなるが、彼女が動けないのであればさしてリスクもない。
逆に相手は、つい先ほどまで照準器に捉えていた敵の姿が消失してしまったのだから、その焦燥は射撃にも影響した。
彼女が蒸気の白靄めがけて撃った大口径による一発は、僕の避けた方向とは逆の方へ着弾する。
次弾装填までの数秒さえあれば、こちらが彼女の背負うバックパックを切断するのは容易い。
「バックパックだけ斬ったの……!?
――殺さないならあとでその脳天をぶち抜きます!!」
今まさにバックパックを奪われたというのに、彼女は二言目にすぐさま脅し文句を告げてきた。
そうやって僕に手を出させたいんだろうが、そんなことしたらバックパックごとこの場から逃げるのが困難になる。
「できるもんならやってみろよ! その前に僕はこの場から何が何でも逃げるっ!」
「情けないことを堂々と言わないで!」
サブ兵装に切り替えたであろう彼女のマシンガン系兵装がマズルから火を噴いた。
体積だけなら僕の身体以上はありそうなバックパックを盾にしつつ、脚部及び背部推進器の力を解放して跳躍を行なった。
路地裏であることが功を持した。
建物を遮蔽物代わりに〈プシ猫〉のスナイピングからどうにか逃れることができた。




