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箱舟は此処に。

 

                 ☆



 一人とり残されたクリーチャー【フォビドゥン・マン】の樹の幹じみた装甲を腕力とバーニアの推進力で無理やり剥がす。

 内部の樹液と生肌が糸を引いて分かれると、クリーチャーは呻き声をあげた。

 痛覚はないだろうが、衣服を脱がされるくらいの不快感はあるのかもしれない。



『な、なんだよ!? 街中でのプレイヤーキルは〈風紀隊〉が黙っちゃいないぞ!』



 化物としての呻き声とプレイヤーとしての人語が2重に重なった音声を拾う。



「〈風紀隊〉は解散したよ。 〈学院会〉を守るプレイヤーは一人もいない。」



 〈ヴィスカ〉の身体を操る古崎徹は、【フォビドゥン・マン】という樹木じみたい恰好のクリーチャーに成り果てたプレイヤーへ告げる。



『昼間の元会長による演説か? それとも笹川の痛い寸劇に感化されて?

 ありえねぇよ?

 俺たちはこのゲームがなきゃ、今の生活を保つことなんてできない。

 なのに、〈風紀隊〉が解散したら誰が俺たちを守るってんだよ?』



「……お前より早くやられた二人は?」



 【ジェネシス・アーサー】からの射出(殆ど投擲に近い)された古崎徹は、始め3体いた【フォビドゥン・マン】二人を出会いがしらに不意をついて【スティングライフル・オルフェウス】による一撃を眉間に撃ち込んでいた。

 

 今殊更喚いているフォビドゥン・マンの隣で倒れている他2体は、既に支配する用意が出来ていた。



『沢田と三越か? あいつらだって風紀隊じゃねえ! 普通の学院会なんだよっ』



「そういう意味じゃねぇよ……。」



 ……呆れてものもいえない。

 こちらの問いの意味をこの無能は何も理解していない。

 

 結局のところ、【スターダスト・オンライン】は麻薬のようなものだった。

 世に出るための天才・秀才・カリスマにとって、現実世界での周囲からの期待は当たり前のものだ。

 けれど、スターダスト・オンラインによって天才の殻を被せられた低能どもは、周りから発せられる大歓声を甘美なものと捉える。


 その快感ばかりが先んじて、進歩というものが何一つない。


 ――例えば今であっても、俺という敵が現れたのなら、互いを知った味方とともに協力して迎撃することもできた。

 なのに、こいつは現状を打開しようとする気すらない。



「……【フォビドゥン・マン】、攻撃方法は多彩だな。

 ――やれ。」



『何するつもりだ? お、俺がキャラロストしたら、何人に迷惑がかかると思ってるんだ!』



 オルフェウスで支配したフォビドゥン・マン二体を使って、彼を襲わせる。

 攻撃の仕方はそれなりに使い勝手がいいように思える。

 樹木の枝を伸ばし、触手のように地面や空間を制圧して獲物の逃げ場を無くす。

 そのあとは、枝を敵に巻き付けて圧死。


 単体では大したことはないが、数が多ければ多いほど戦闘は有利に運ぶかもしれない。



「な、なんで、お前ら生きてたのか……? やめろよ、”身代わり”にしたの恨んでんのか?

 やめろ! な、なんだよこのツタ、取れねぇ!! ライフが――ひ。」



 そんなことを考えた直後、残った一体の喚き声が聞こえなくなった。

 どうやら彼だけライフゲージが尽きたらしい。

 ……装甲である幹を剥いだのだから、オルフェウスの銃弾で貫き、その効果で支配下に置くこともできた。

 けれど、あのザマをみれば流石にこちらも、支配することすら嫌になる。



「仲間を身代わりにしようとする協調性のなさも問題だ」



 そりゃ、協力して敵を倒すなんて発想がこいつから出てくるわけもない。


 だが、こいつをこの場でキルしようが、バトルロワイアルモード中はキャラロストにはならない。

 この【キャリバー・タウン】から追い出されるだけで、プレイヤーは街の外で生き延びることが可能だ。



「そして、そのプレイヤーたちを保護するために、笹川宗次は【キャリバー・タウン】を早々に退場したわけか。

 ルールを熟知してなくては選べない選択肢、戸鐘波留の案だな。」



 そこが恐ろしい点だ。

 仮に、開発者である彼女だけが知っているバトルロワイアルモードの穴があった場合、何も知らない状態であるこちらは、一方的にマウントを取られてしまうかもしれない。

 前回のようなしくじり方はなしだ。

 徹底的にこちらも対策を練る。



 そのための準備は現在も進行中だ。

 いくつか支配したNPCを操って、クリーチャー化した学院会のプレイヤーを観察している。

 その結果。

 前頭葉、海馬にまつわる分野の神経回路を強化していたプレイヤーの殆どが【フォビドゥン・マン】となっていたが、直感的な動作を司る脳の神経回路を強化したプレイヤーは、主に獣系――観察できたもので【ジェル・ラット】【ウィスプ・ビースト】、稀有なもので【ランスロット・トレーサー】と呼ばれるクリーチャーに変化していた。



 ここから何か”強化”の法則性を見出すことができれば、”強化屋”を使ってキャラクターを進化させることができるかもしれない。



「となれば、あの第三勢力が陣取っている”強化屋”周辺、中央区を占領する必要がある。」



 OK、眼前の目的はできた。

 次に戸鐘波留への対策だ。


 これには敵の直近で差した一手が一番参考になる。

 つまり、笹川宗次をキャリバー・タウンから退場させてバトルロワイアルモードでやられたプレイヤーを保護したことがそれにあたる。

 無論、この目的は〈学院会〉プレイヤーが外部・月面露出地区フリーフィールドを闊歩するクリーチャーにキャラロストされないようにすることだ。

 

 ……まだキャリバー・タウンの外にいるであろう北見を使って、笹川を痛めつければ、戸鐘波留は少ない味方を裂いて増援とする他ない。

 ――けれど、これは策としては弱い。


 まだ奥の手が必要。

 …………そもそも、俺の目的にこのキャリバー・タウンという括りは必要か?


 学院会プレイヤーを支配し、現実世界では天才として振る舞わせる代わりにこちらでは俺の奴隷としてプレイしてもらう。

 その後、[エミール・アジャックス]が新たに発売するVRゲーム【UNIVERSE】に、ログデータとして入り込み、多くのプレイヤーを学院会の奴らと同じように支配して、ゲーム自体を乗っ取る。

 そのためには戸鐘波留によって【スターダスト・オンライン】を排除されてはならない。


 要は、奴らの排除は絶対条件であり、学院会プレイヤーの支配は必要条件である。



「となれば――」



 思考を巡らせる。

 現実世界の古崎徹では到底処理しきれない情報群を頭の中だけで参照して、瞬く間にいくつかの答えが現れる。

 

 そして古崎徹は、内一つの、身もふたもない回答に息を噴き出してしまった。



「そうか。 【ジェネシス・アーサー】が俺の手にある時点で、勝敗は決まったようなものなのか。」



 ここから望むだけでも姿が見える巨躯の獣は、装着したアーマーが修復さえできれば、どんな攻撃にも耐えうるだろう。

 そう。――たとえ、キャリバー・タウンに落ちるミサイルがあったとしても、だ。



「北見。 お前に頼みたいことがある。

 それが成功したら俺は正真正銘、お前だけのモノになろう。」




                 ☆



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