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過去の共有


 縦に揺れ動く地震とすぐ横を薙いでいく風圧の壁。

 覚束ない私の二足では立ちあがることすら困難で、四つん這いに逃げることしかできなかった。

 痛みすら感じる間もなく、怪物の横薙ぎは私の全身を引き裂いた。



 『《あなたのキャラクターはロストしました》』


 

 遠ざかる音の隙間に、今までの音声ガイドとは違った無機質な声のメッセージが流れてきた。

 


                ★


 現刻――空白の世界にて。



「エンドテック社の国内末端企業に勤めていたM.N.C.オペレーター兼セールスマンの”木馬太一”は、国内でも有名外資系企業を総括する古崎グループ会長・古崎牙一郎にそそのかされたことで、本来医療用機器であるM.N.CをVRゲーム転用の手助けをしてしまった。


 ……車両事故によってVRリハビリテーションプログラムを受けていた当時の私は、それらの作業に巻き込まれたことで、バーチャルリアリティから現実世界へ帰還することができなくなりました。

 木馬太一が環境テスト用に配置した【ジェネシス・アーサー】に”キャラロスト”されたせいですね。

 キャラロストはVRゲーム内の神経系情報を不安定なものにする。

 ……”イチモツ”さんの神経系情報がリンドーさんをはじめとしたNPCノンプレイヤーキャラクターに流れ込んだ理由でもあります。

 

 彼の場合は、キャラクタークリエイトからまたスターダスト・オンラインをやり直すことが可能でした。

 けれど私の時は、ゲームとしてスターダスト・オンラインが未完成だったため、キャラロストをしても再度神経系情報を取り込む媒体キャラクターが用意できなかった。

 ……そうなると、私の神経系情報はスターダスト・オンラインのサーバーへさ迷ったままになる。

 あるいは、イチモツさんを敬うリンドーさんたちと同じような経緯をたどって、名もないNPCに乗り移る他なかったんです。


 ――そこで生まれたのが……〈名無し〉。」



 まるで独り言を呟いているような気分になる。

 目の前に大人しく佇む”彼女”は、こちらの言葉に耳を傾けてくれているだろうか?

 それとも怒っている?


 私――〈ヴィスカ〉にはいよいよ”持ち”キャラクターというものまで無くなってしまっている。

 

 〈古崎徹〉の【スティングライフル・オルフェウス】という兵装に撃たれたことで、キャラクターを奪われてしまったのだ。

 ……きっとイチモツさんは怒っているはず。

 彼ならすぐに私が油断したことを見透かしてしまうからだ。



「でもどうなんでしょう。

 私、はっきり言って良い性格じゃないよね?

 今までのヴィスカみたいに遠慮がちってわけじゃなくて、どちらかといえば根暗で、兄さんへの劣等感も隠しきれないくらいに不器用で。 

 ”あなた”とこうして再会して分かったよ。

 ……私って本当に器が小さい子。

 イチモツさんは今の私をみても愛想つかないでいてくれるでしょうか」



 この話題には興味があるようで、”彼女”は一度フルルルと吐息を漏らす。

 私にあてていた大きな手のひらを離すと、彼女はまた顎を地面につけて伏せる態勢に入った。

 記憶の共有はこれでおしまいのようだ。



 ……私と彼女はどちらも〈月谷唯花〉である。

 さっき話した通り、私も彼女もスターダスト・オンラインの中でさ迷い続けた神経系情報の断片で、私は名もなきモブのNPCに〈名無し〉として憑りつき、”彼女”は私を初めて殺した”【ジェネシス・アーサー】”に憑りついた。


 ”憑りつく”なんて言葉を使うと本物の幽霊のようだが、確かに私と彼女は〈月谷唯花〉の亡霊ともいえる存在だ。

 だって、現実の肉体のほうは、3年近くの歳月でとっくに死亡認定されているだろうから。



「でも驚いたのは、私がこのスターダスト・オンライン――というか仮想現実――に望んで入ってきたことです。

 貴方に襲われたことは怖かったですが、でも、この世界を望んでいたことだけは〈月谷唯花〉も〈名無し〉も〈ヴィスカ〉も変わらない根本なんだと思いました。」



 大人しい【ジェネシス・アーサー】は唸り声をあげて、二つの前足にある鉤爪に力を入れた。

 不服らしい。



「あ、そうでしたね。

 〈名無し〉も〈ヴィスカ〉である私も、”この世界”は望んでいません。

  望んでいるのはもっと、平穏な居場所です。

 〈学院会〉も〈古崎徹〉も、私たちにとって忌むべき方々だと思います。

けれど、今の私たちには何もできることがありませんよ?」



 ”彼女”にそう告げると今度は小首をあげて、ジェネシス・アーサー特有の白目のない真っ赤な瞳で睨んでくる。

 瞳には誰も映っていない。

 この空間での私の存在はまだ曖昧だった。



 〈古崎徹〉にキャラを奪われた私はいつの間にか、この真っ新な何もない空間にいた。

 最初はどういったところかわからずにいたけれど、数分と経たぬ間に【ジェネシス・アーサー】が現れたことで、状況はすぐに理解できた。


 ”彼女”は出会いがしらに私へとその巨大な四足で歩み寄って、なんら敵意の欠片もない様子で腕をこちらの肉体に押し当ててきたのだ。


 その瞬間、私はついさきほどまでみていた〈月谷唯花〉の欠けた記憶を取り戻すことができた。

 

 ……正確にいえば、記憶自体はあったが、記憶に実感が持てないという状況が解消された。

 イチモツさんにも指摘された”ひどい目に遭ってるのに他人事のような態度”はこれが原因だった。

 けれど、〈名無し〉を取り込んだ”彼女”――【ジェネシス・アーサー】と記憶を共有することで、私の過去にはようやく、両目で景色を眺めたときのような、距離感が生まれた。


 でも、まだ彼女から渡してもらっていない記憶が残っている。



「……”ソレ”を、古崎徹に使うの?」



 【ジェネシス・アーサー】は人間と同じように確かな理性をもって頷いた。


 私はまだ、彼女から〈学院会〉に虐げられた時の痛みを、共有してもらえていなかった。







 

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