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サイロの暗闇


 その後、僕とトールは【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】への潜入に成功していた。

 中型の四足獣系クリーチャーに襲われること数十回の戦闘を重ねて、ようやく段階別になっているサイロ基地の10階層に到達した。

 

 けれど僕の敵はクリーチャーというより、機嫌を損ねたトールのプレイヤーキルだった。



「見ろ、フルバーストショットだ」


「無暗やたらに弾幕張ってるだけじゃないか」


 流れ弾と称してビーム弾で頭を吹き飛ばされる。



「二刀流のコンバットアルゴリズムがあるんだぜぇ。ビームコーティングソードの優雅な残光を見てな」


「クリーチャーに当たってないじゃないか。ビビッて距離とるから射程範囲に届かないんだ」


 胴体から切られ、這いつくばって移動を強制されたあと、真っ二つにされた。



「ああぁぁ!! 室内じゃこのアーマーのスピードが活かせねぇじゃんか。さっきから壁にガリガリ当たってうっぜーわ!」



「噴射制御が下手くそだからそうなるんだよ。 それに、動きが直線的すぎるから度々クリーチャーの攻撃を受けるんだ。 もっとランダム動作を――」



 スラスター限界のスピードでタックルされて地面にめり込んだ。

 後に何度もビーム弾系兵装で撃たれまくった。


「いちいちいちいち、俺のほうが強いってこといい加減分かんねえのかな。」



 肩部アーマーがビームソードの刀身に触れて溶解している。

 現実では痛みで悶絶しそうな光景だが、『スターダストオンライン』に痛みはない。

 しかし、身体の内部が沸騰し、溶かされている不快感は感じてしまう。

 ゲーム内での架空の感覚だろうが、妙にリアルなところが質が悪く、面白い。


 無論、僕にそのような嗜好があるわけではないが、少しでも『スターダストオンライン』を楽しまなければ、勿体なくてそれこそ死に絶える気負いだ。


 キャラロスト――つまり、デッドエンドの瞬間は張り詰めた糸が切れたみたいに意識が一瞬で途絶えてしまう。初めての時は、これが怖くてたまらなかったが、今となっては色々と感覚がマヒして気にならなくなっている。

 それはそれで、死亡に対するリスクが薄くなるわけだから、ちょっと残念と言わざるをえない。

 

 しかし、だ。


 目の前にいる黄金のリザルターアーマーの持主を睨んだ。



「君みたいな身勝手な奴の相手を散々してきた僕だけど、怒る時は怒るんだよ」



 ビームの噴射によって剣状にまとまったソレをリザルターアーマーの手甲でつかみ上げる。

 コーティングされた中心を掴んで、ゆっくりと肩部からそれを外す。

 手のひらが溶解して段々と層が薄くなるのがわかったが、構わず引っこ抜いた。



「僕はこの機会に『スターダストオンライン』を真っ当に楽しみたい。けど君は僕に執着して何度も殺そうとする。

 それが何よりも許せない……」



「は? 何急に粋がり始めてんだっての。 俺がここまでつれてきてやんなかったら、お前ずっと雑魚クリーチャーに遣られてたんだぞ?

 マジで立場理解してくれ……って、おいアレ、なんか変だぞ!」


 倒れた僕からビームコーティングソードを回収して、トールはフロアの中心部を眺めていた。


 このサイロ基地は果てしなく下へと続く空洞がフロアの中心に存在している。

 サイロ――つまり大型ミサイル発射のための空間を保持するためのものかもしれないが、トールが見ている先には、その空洞を埋め尽くすほどのガラス防壁が張られていた。

 遠目からでは気づかなかったが、そのガラス防壁が階下へ降りる障壁になっているらしかった。



「ガラス防壁? そんなの最初からあるのは気づいてたの決まってるって――ああ、ロクさんのリザルターアーマーにはロクなカスタムパーツがないものな。

 それよりも、その防壁、大体15階層付近に見える横穴を見ろ。」



 トールに言われた通り、目を凝らして眺めると確かに、15階層付近の壁に巨大な穴が開いているのがわかった。

 人の数十倍はありそうな大穴、その横には見覚えのある爪痕が存在した。



「……あの爪痕、このサイロの入口にあったものとそっくりだ」



 角度と形状から見るに、無理やりあの穴をくぐってきた”何か”がこの基地に侵入したらしい。


 僕の言葉にトールが刹那、驚愕の表情を向けていた。だがすぐに平静を装って頬を歪ませ笑い声をあげる。



「ついに【セイクリッド・ロイヤル】の性能をフルに発揮できる敵が出てくるみたいだな。張り合いがなさすぎて、じいさんにこんなクソゲーのスポンサーは降りた方がいいって言っちゃうところだった。」



「そんな兵装で負けるほうが恥ずかしいって」



 ――!!

 こちらの小言に反応したらしいトールがすかさずアーマーからビーム弾を射出する。

 頭狙いの即死射撃、それを左方に旋回してかわす。



「言っただろ。攻撃が単調なんだ。だから初期兵装アーマーの僕にすら攻撃が先読みされる。」


 

「ちっ……くそったれ……。じゃあこれならどうだ?」



 ビームコーティングソードによる横薙ぎが空間を抉って僕に迫りくる。

 再び旋回で避けようとするも、背部のスラスターがガス欠状態のように破裂した音を発し、身体はピクリとも動かない。


 ……一度の旋回ですらスラスターがオーバーヒートした。旋回の推進距離が長すぎるんだ。トールの攻撃範囲は理解しているのに、避け方が大げさすぎる……!


 あえなくビーム熱量の餌食に。そう思った瞬間、トールは何の考えがあってか、ビーム放出を停止し、そのままビームコーティングソードの中心、導体部で僕の右胸部を殴打した。

 導体にはさほどの与ダメージはない。切断はされず、衝撃で浮き上がった身体は宙へと投げ出され、……僕はサイロの中心部・空洞へ落ち込まんとしていた。


 掴める場所を探して手を伸ばすが空を裂く一方だった。

 その手の向こうに見えたトールがニヤケ顔で何かを呟いたのがわかった。

 あの口の動きは……。


「【王の権威】起動」


 付近に小さな稲妻が走ったと思った瞬間、僕の身体は急速に落下速度を速め、何十倍の重力に急かされるまま階下へと堕ち込んだ。



「――――――ア”ァァァ……」



 かかるGの負荷で口角すらまともに上げられず、トールに叫ぼうとも呻き声にしかならない。

 そして視界にはガラス防壁の地面が近づいてくる。


 また殺されてプレイの邪魔されるなんて真っ平だ。

 むしろこれはチャンスだと考えろ、奴と離れられたことを嬉しく思うべき事態だ。


 あいつは僕の死を確信している。

 故に、また僕が”死に戻り”するであろうサイロの入口付近へ向かった可能性が高い。


 なら、僕がこの落下死を免れれば、トールから逃亡する時間がつくれるという意味になる!



「各部位のスラスターフルオープンだ! 脚部小型ミサイルポッドを用意! 兵装は【100mm徹甲マシンガン】を装備。」



 音声命令のままにリザルターアーマーは作動する。

 しかし視界は急激な落下によって最早まともな平衡感覚を失っている。


 それでも何もしないよりはマシだ!


 背部のスラスターを噴射させると、力点がはっきりせずに身体が回転した。

 その際に多少の落下軌道がずれたようで、アーマーが空洞の壁に接触して派手な悲鳴をあげた。

 素早く反応して右手のマシンガンと左手の徒手空拳を絶壁へと突き刺す。


 ディスプレイに表示された出力オーバーヒートの警告を最後に、背部スラスターが最後の推進力を放出してぴたりと止まる。


 しかし、そのころには拳とマシンガンの銃身はコンクリートの壁を砕いていた。


 【エディチタリウム・フィスト】と呼ばれた拳は、リザルターアーマーの部位の中では最大の強度を誇る。それゆえに近接兵装として使われている。

 そのたかが説明書きを信じて落下の衝撃を抑えようとコンクリートをひたすら削る。



「死んでたまるかァァアァァァァアア!!!!」



 しかし怒声空しく、マシンガンの銃身は折れ、エディチタリウム・フィストまでも独特の金属音を放って砕け落ちてしまった。

 支えるものがなくなった身体は再び宙を舞った――。


 かに思えた。


 ガツン。


 間の抜けた衝突音がサイロの中を木霊したところで、僕はようやく自分が落下死せずに済んだことを知った。


 だが、喜ぶよりも先に防壁ガラスの向こうにいたソレをみて絶句してしまった。



「……リザルターアーマーを着た……女の子?」



 そこにはまるで合わせ鏡のように、僕と同じ中世甲冑のようなアーマーに身を包んだ女の子が無邪気な瞳を向けていた。


 

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