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肩関節をグキッと。


 火炎なんて一ミリも出やしない。

 ヴィスカに似た女の子の声を交えつつ、僕はただ単に長めの吐息を吹いただけだった。


 向かいの〈ロク〉は首を傾げつつも、こちらの動作に気づいて戦闘態勢に入っていた。

 けれど彼の意識は僕ではなく、その後方で打ちのめされていたプレイヤー名〈リヴェンサー〉に注がれているようだった。


 初めてその名前に気づいて、多少の驚きはあった。


 〈リヴェンサー〉は〈オフィサー〉との一件で戸鐘路久は共闘関係になっていたはず。

 だってそうさせたのは彼から剥離する前の僕自身なのだから。

 けれど現状を鑑みるに、〈ロク〉と〈リヴェンサー〉は対立しているようだった。

 

 さきほどから彼はロクにだけ見つからぬように傷ついたアーマーを操作して何かアイテムを使おうとしていた。

 しかし途中で〈リヴェンサー〉の手は止まり、彼は僕の顔を凝視しながら固まっていた。


 その最中を〈ロク〉に気づかれてしまったのだ。


 誰が味方か分からない以上、〈リヴェンサー〉を手助けすることは早計かもしれなかったが、僕はすぐさま声をあげる。



『回復するなら早くしろ、ぼーっとするな!!』


 

 こちらの怒声に〈リヴェンサー〉は我に帰ったようだったが、その間にも〈ロク〉は踵を返して彼にトドメをさそうと迫っていた。


 リヴェンサーの周辺にはプレイヤー名〈プシ猫〉も腹部の破損したアーマーで身じろぎしていたが、あちらは修理や回復アイテムの使用すら困難なようだった。


 〈プシ猫〉――釧路七重も〈リヴェンサー〉たちと同じようにロクにやられたのか……。

 だめだ。考えれば考えるほど彼らの関係性が見えてこない。


 ――でも。


 揃っている名前から察して、今しがた僕を庇おうとしてくれた〈HALⅡ〉というプレイヤーが誰なのかわかってしまった。

 背後を振り向いて出し抜けに告げる。


『庇ってくれてありがとう、姉さん』



 唐突に告げて相手に察せられることなく言い逃げしようと思ったが……流石は戸鐘波留だ。

 僕の一言だけでこちらが何者なのか理解したようだった。


 彼女は咄嗟に何かを告げようと口を広げたが、何を言っていいのかわからないといった様子で真っすぐ僕の表情を見ていた。



「……ロク……?」



 その名前で呼ばれるのは僕からすれば甚だ遺憾だが、……そっか。

 戸鐘波留にとっては僕も”ロク”だったのか。


 戸鐘波留に対する記憶はそのほとんどが”戸鐘路久”からの受け売りだった。

 けれど、いつも自分のやりたいコトに夢中で、他人を見ようとしなかった彼女が、今真っすぐにこちらを心配げに見つめているのは、少しだけ嬉しかった。



 それ以上話す暇はない。

 とりあえず僕は敵味方云々よりも自分の目的を優先することにした。

 つまるところ、それは〈ヴィスカ〉を助けることにある。

 戸鐘波留やリヴェンサーは確実に彼女の味方になってくれるはずだ。



 というわけで、〈ロク〉をぶっ倒すことは確定事項なわけだけど、リヴェンサーに向かっていくヤツを止める手段がほしい。

 【モルドレッド】の”火球”スキルは消えたらしいけど、他の機能はどうだろうか。


 例えば……。



『”開眼”!!』



 モルドレッドの両肩部には360度パノラマ視界を実現する瞳が備わっていた。

 前は音声コマンドによって発動するようになっていたが、どうやら今回も同じらしい。


 僕の宣言と同時に、頭部上方に備わっていた宝玉があしらわれたバイザーがフェイスガードとともに降りてきて、視界の全てを覆ってしまう。

 だが数秒と経たずにコントラストが鮮やかな全周囲視界が眼前に広がった。


 ――うわ、なんだこれ。

 モルドレッドの時よりも断然見やすい。凝視したところは自動的にズームしてくれるし、いつもなら視覚情報の氾濫で吐き気催すのに、ピント調節のおかげである程度情報量が制限できる。

 なによりコントラストが明確になった分、物と物の境界がわかりやすく、これなら多少の目くらまし効果にすら対応できそうだ。



 って勢いで”開眼”使ったけど、”よく見える”ようになっただけでロクを足止めすることができない。

 


《対象のロックオンを開始。

 左腕部【モルドレッド・アサルト】と照準器の同調を開始します。》



 あたふたする僕の願いに呼応するかのように、アーマー【ベルンシュタイン】はこちらに機械的なメッセージを告げる。

 同時に左腕がこちらの意思を無視してもちあがり、僕の身体ごと捻らせて、前方を往く〈ロク〉へと狙いをつけようとする。



『なっ、ちょ、やめろ!!』



 急に腕が動くものだからこちらも焦って、ついつい自動照準機能に逆らってしまった。


 それが良くなかった。



《――可動域数値および摩擦係数の限界を検知。

 有視界上に敵を確認中。

 リミッター”ヒューマン状態”を解除します。》



 機械的な電子音――というより多分これはグリムが録ったものだろう――が矢継ぎ早にメッセージをつづけたかと思った瞬間。

 ガコンッ!

 ブチッ!!


 無機質な音と肉が弾ける音が聞こえ、刹那、僕の左腕はぐにゃりと軟体生物のように折れ曲がり、パノラマ視界にとらえていた〈ロク〉をロックオンした。



《中距離火力兵装【モルドレッド・アサルト】の射撃を開始します。》



 




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