表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
218/328

”ワンマン”ショー


「……」



『……中二病』



 ビクッ。

 戸鐘路久ことプレイヤー名〈ロク〉が身に余る紅の鎧を一瞬だけ震わせた。



『フェイスガードは絶対解除するなよ。

 顔が地味すぎるからアーマーが廃る。』



 ガクリッ。

 

 今度は膝から崩れ落ちた。

 別段、攻撃はしていない。精神的なダメージがあるらしいが、たかが誹謗中傷にここまで戸鐘路久は弱かっただろうか?

 いや、弱いんだ。

 所詮、彼の正体は陰キャラぼっちの冴えない奴なのだ。

 


『役不足はとっととログアウトしろー!

 ログアウトしたあと鏡見直せっ!!』



 溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、僕は罵詈雑言をぶつけまくる。


 果てには頭を垂れて戦意消失ともとれるほどに〈ロク〉は打ちのめされたようだった。


 けれども…………言ってて僕まで心が痛くなってくる。

 そりゃそうだ。僕は”元”戸鐘路久。ほとんど自虐しているのと変わらない。



 ――っ、こちらまで落ち込んでどうする。

 ほぼ目の前まで迫った〈ロク〉が無様にも膝をついて隙を晒してくれている。

 このチャンスを逃さないでいつ攻撃するというのか。


 既に”火球”を確実に命中させることができる射程に〈ロク〉は脚を踏み入れている。


 いくら敵がアーマーを新調したところで、【モルドレッド】の放つ火炎球にはゲーム内オブジェクトを消滅させる効果がある。

 その効果故に、プレイヤーやNPC、クリーチャーにすら使うことを躊躇っていたが、目の前の人物に対してはその存在自体が我慢ならなかった。


 一瞬だけ〈ヴィスカ〉の思いつめる表情が脳裏をかすめる。

 彼女はこちらに何かを訴えている。

 その意味は瞬時に理解できたが、僕は小さく首を振って否定する。


 今目の前にいる〈ロク〉をヴィスカは大切に思っていた。

 ”ロク”と”イチモツしゃぶしゃぶ”が分かれることになった件は、自分自身に責任がある。

 だから、自分への苦痛は当然のことだ。享受すべきことだ……と、古崎徹の非道な行いにも耐え忍んだ。

 その結果、ヴィスカは【ジェネシス・アーサー】という化物に憎悪の感情を知らぬ間に芽生えさせてしまった。


 彼女には古崎徹やベータテスターに引けを取らない操縦技術があったのだから、苦痛から逃げる術はあったはずだ。

 でもそれをさせなかったのは、全部、戸鐘路久に対する罪悪感。



 あちらにはああ言いつつも、僕はフェイスガード解除して流れ込む汚染された大気に肌を晒す。

 こうしなければ”口腔から火球が吐き出せない”。


 こちらが顔を晒したことに気づいた〈ロク〉は顔をあげるとそのままこちらを舐めるように見回す。



「本当に〈ヴィスカ〉か……?

 でも言動が違い過ぎる。


 ――いやいやいや、確かに僕は殺そうとしたけども、一応ゲームのルールには則ってるし、紗矢や〈プシ猫〉と違って〈ヴィスカ〉は他人を言葉責めしようとはしないだろ?

 ん、”他の女と並べて名前を呼ばないで?”

 え。なんか今のスゴク彼女っぽ……嘘です嘘です。通信切らないで。

 はい。

 はい……。

 はい、そうです。女子から罵詈雑言受けてボロボロになったメンタルを回復するために戦闘中でありながら紗矢さんと連絡を取った情けない男です。ごめんなさい。

 あの一応僕、先輩なんだけど。

 ”その前にあたしの彼氏ッスよね”って……え、なにその飴と鞭!?」



 何言ってんだコイツ……?

 我ながら独り言のオンパレードは不気味極まりないんだが。


 ……あぁ。どうやら誰かと通信をとっているらしい。

 〈ロク〉は指先でコメカミ付近を抑えていた。

 

 ”紗矢”という名前に聞き覚えはあったが、誰かまでは思い出せなかった。

 

 それよりも目の前で暢気に会話するロクに腹が立った。

 ”彼氏”だの”彼女”だの、”幸せそうな言葉”の往来のせいで憤りは有頂天に達しそうになる。



 その紗矢とかいう人物が言うことは正しい。

 〈ロク〉はあまりにも軽々しく〈ヴィスカ〉の名前を口にした。

 それもどうでもいいような会話で、他の女の名前と同列に扱った。


 当たり前だ。

 最初からこいつは何も知らない。ヴィスカがどれほど彼に対して申し訳なく思っていたのか、その罪をどうすれば贖えるか。

 必死に考えあぐねていたことを一切知らぬ存ぜぬの有様だ。

  


『――。』

 


 ”いつもどおり”の手順を踏んで火球を発射する態勢に入る。


 ついさっき告げられたグリムの言葉は頭からすっかり抜け落ちていた。


 火球発射の際にバイポッド代わりにしていた尻尾が、機械化されたスタビライザーに変更されていることにも気づかず、僕は小さな口を広げて発射態勢を完了する。


 【モルドレッド】と比べれば開いた口はあまりにも小さすぎる。

 少し冷静になればわかるはずなのに、僕は体内にためた空気を一度に噴き出した。



 出たのは誕生日ケーキのロウソクを吹き消すかのような、子供のか細い吐息だけだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ