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〈ロク〉VS〈プシ猫〉Ⅱ


 不意を突かれたのは確かだ。

 けれど、彼女が向ける【ビームコーティングナイフ】の切っ先は、対象を突き刺すことだけに意識が集中しすぎている気配があった。

 敵意・殺気・霊感・未来予知。

 僕は第六感じみた感覚にはまったく縁がない普通の高校生だが、〈プシ猫〉がこちらに一撃を食らわせようと急ぐ気持ちがヒシヒシと伝わってきた。



 ナイフを使った対人戦において、刺突は素人にとって最も避けにくい。

 フェンシングのように大げさなフォームを取る必要はないが、身体を敵に対して横方向に構え、敵に近いほうの腕でナイフによる刺突を行えば、こちらは体面積を小さく見せることができる。

 故に回避の面でも有利に働く。

 しかも、斬撃より刺突は距離感が掴みにくく、捌くことも受け止めることも、まともな訓練をしていない素人にはほぼ不可能……だそうだ。


 ……『サルでもわかる殺人術』って本の受け売りだけども。


 でも、彼女の刺突を受け止めるのが困難であることはその通りだ。

 

 ――もし、”生身の身体のままであれば”怖気ついて後退していたかもしれない。

 けれどこれは『スターダスト・オンライン』というゲームの世界であり、僕には頼れる次世代アーマーがある。


 次は野球の話だ。

 

 たとえば超高速で迫るボールを、バットの先端で突き出せと言われたら、それは曲芸に他ならない。

 それが途中で軌道を変更する変化球だとしたら尚更不可能だ。

 今の僕もまた、超高速と言えないかもしれないが、近いスピードで彼女に迫っている。


 しかも――。



「(【result OS】解除――。)」



 スラスター及びバーニアの推進力が急激に落ち込み、姿勢制御装置の機能がオフになった僕の身体は四肢のバランスが崩れ、進行方向はそのままで錐もみ状に回転する。


 地面に不時着しようとした瞬間に、腕部バーニアへ推進力を過集中させてまたしても不規則な機動で〈プシ猫〉の突き出す閃光の刃を避け、彼女の横へと抜ける。



「嘘――」



 すれ違い様に【オーバーロード・ソルディ】を片手に持ち替え、その燃える剣先で彼女の腹部を切り裂いた。


 プシ猫の【Ver.エインヘリヤル】アーマーが煙と稲妻を走らせて小爆破が起こった。


 ……上手く動力部だけを切り裂けた……?


 胴体の中心部狙いだと、彼女のバックパックまで真っ二つにしてしまう恐れがあって、深く切り込められなかった。

 けれど、幸いにも今起こった小爆破は、リザルターアーマーの動力系を壊したという証でもあった。


 人の力を何十倍にも膨れ上がらせるリザルターアーマーでも、エネルギーの供給がなくなればそれは”鉄の棺桶”に成り下がる。


 〈プシ猫〉は両手で伏せる身体の受け身も取ることができず、その場へと倒れこんだ

 あの調子なら、アーマーが使用できない上に自害してキャラロストの心配もない。


 これで次の相手に集中できる……………。


 しかし、〈プシ猫〉の攻撃はこれで終わりではなかった。


 すぅーっ。


 かすかな深呼吸の音。

 その直後、彼女は叫んだ。



「私を殺して!! ――月谷芥!!」



 彼女の選択は、今も昔も変わらない。

 たとえ殺される側が自分になったとしても、下す決断は変わらない。

 かつて僕の素顔が〈学院会〉にバレそうになったとき、彼女はおそらく躊躇うことなく僕を撃った。

 そして今も、敵にバックパックが奪われそうだと判断するや否や、自分を殺せと仲間に命令する。



 ほぼ反射的に〈プシ猫〉の身体を抱いてスラスターを解放し、一緒になってその場から離れる。

 数秒と経たずに元居た地点は、ビームとは違う光の筋が幾線と流れた。

 いくつかの光の筋は路地裏の壁に激突すると、無数の小さな穴をあけてハチの巣をつくりあげる。

 驚くべきことに、〈プシ猫〉を狙った光の筋は、別の家屋の壁から放たれていた。



「家屋を貫通してそのまま彼女を狙った……?」



 ビーム系の兵装でもなく、かといって実弾系でもない。

 しいていうなら、あれは無数の可視レーザー光のように見えた。



「また守ってくれますか、〈ちんしゃぶ〉さん。」



 フェイスガードの外れて露わになった〈プシ猫〉の眼差しは、僕を真っすぐにとらえていた。

 誰かからのプレゼントだろうか、彼女の頭部には猫耳がついており、それが時たまピクピクとお辞儀を繰り返している。



「守らないよ。 守っているのはそのバックパックだけだ。」



「ううん、違うよね? 路久が守っているのは。」



 プシ猫の問いかけに応えながらも、唯一まともに使える【試作型オーバーロード・ソルディ】の柄を構える。

 冷却ケースに入れたばかりの刀身はまだ熱を帯びているため、攻勢に出るにはしばらくインターバルが必要だった。



「……そうだよ。 僕が守っているのは湯本だ。

 分かり切ってる答えを聞こうとするのはやめてくれ。

 今も、〈リヴェンサー〉がキミを狙ってるんだろ?」



「分かり切ってないです。 だって湯本紗矢って答えも外れですよ。

 何を勘違いしているのです? 

 正解は〈ちんしゃぶ〉さん自身です。 路久は自分のことしか見えてない。

 結局童貞さんが自分に酔って理想像を湯本紗矢に押し付けてるんです。

 わかります?」



 ……。

 〈プシ猫〉の顔を覗くと、それはもう愉快な微笑みを浮かべていた。



「……性格ブス」



「図星つかれたからって個人批判はいかがなものでしょう?」



「キミも今やってるからねェ――ッ!?」



 こっちがツッコミを入れた瞬間、またしても別の壁からレーザー光が通過する。

 壁の焼け焦げる兆候と音を頼りに、僕は再度プシ猫を抱えて回避した。



「私が遊丹を助けるようお願いしたときも、〈ちんしゃぶ〉さんは親身になって協力を申し出てくれました。

 けど、本当は波留さんが作ったゲームをやる大義名分が欲しかっただけなんでしょう?

 〈ちんしゃぶ〉さんが一番怒ったのって、〈ヴィスカ〉さんが笹川宗次に絡まれて、彼がスターダスト・オンラインをクソゲーと罵ったときです。

 そりゃあそうですよね?

 自分の好きなものをバカにされたんですから。


 遊丹がスターダスト・オンラインで意識不明になっていても、クソゲーって言われたのが悔しかったから、〈学院会〉に正体がバレるリスクを負っても、笹川宗次を殴った。

 でしょ?」



「――今日は良く喋るな。

 でも残念ながら、今の僕は平気でこのゲームをクソゲーだと罵れるよ。

 スターダスト・オンラインへの”熱”は全部、このゲームの中にいるもう一人の僕に持っていかれた。」



 ……?

 プシ猫が喋るときも身構えていたが、レーザーによる攻撃がパタリと止んだ。

 そのわずかな暇の間に、僕はプシ猫へと言葉を返す。

 


「スターダスト・オンラインをプレイして培った交友もプレイ技術も体験も、僕には実感がわいてこないんだ。

 唯一、わかるのは古崎徹を憎むって気持ちだけ。

 だから湯本やその仲間の気持ちも伝わってくる。

 ……一番大切にしたいって思える感情も”これ”なんだ。」



 こちらを挑発するのが目的の〈プシ猫〉に、大真面目に答えた返事を弾き返す。

 正直、〈プシ猫〉とこういう話はしたくない。

 絶対に言い負かされるに決まっているからだ。

 まぁ、手酷く論破されたところで僕のやるべきことは変わらない。


 けれど、〈プシ猫〉から毒々しい言葉の羅列は聞こえてこなかった。

 代わりに彼女はぽつりと……。 


 

「大嫌い。」



 それだけ告げる。

 直後、アーマー内部のアラート音が敵の接近を知らせてきた。

 十分に警戒していたはずが、足元から現れたその”クリーチャー”に対しては、僕もまったくのノーマークだった。



『喰らえ!! 化物アタァァァック!!』



 瀬川遊丹の声が轟いたと思った瞬間、足元が一瞬にして水たまりに代わり、シンクロナイズドスイミングじみた浮上で【ジェル・ラット】が飛び出してきた。


 ジェル・ラットのぷるんとしたゼリー状の体液が腹部にあたり、直撃のダメージはなくとも衝撃だけでこちらの身体は大きく仰け反る。


「瀬川……クリーチャーになっていたのか……!?」



 その隙を両翼ユニットを広げて迫りくる〈リヴェンサー〉は逃してくれなかった。





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