表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/328

発症した木馬太一は尻尾を振る?


 体格は細身。しかし、170cmは裕に超える身長のせいで私は彼女が女性だとは思っていなかった。

 佇まいは意図的に男性らしくしているのだろうか、こちらの前方を歩く彼女はやや大股にタイルの剥がれている廊下を進んでいく。


 今までオフィスチェアに固定されていた腿を両手でよくマッサージして血流を促す。

 足がしびれるような感覚があったが、サイトー殿に命令されてはついていかないわけにもいかなかった。

 こちらが猫背の態勢故か、私こと木馬太一の身長173cmよりも遥かに高く思えてくる。



「……も、持ち場を離れてよかったのですか?

 いつ湯本紗矢から連絡が入るかわからないのでは……?」



 「カランッ」と彼女が持つ金属バットが音を鳴らす。

 反射的に悲鳴をあげて後ずさるが、どうやら故意でやったわけではないだようだった。

 たまたま足元にあった工具にバットが当たってしまったらしい。 


 アンチ古崎グループは廃ビルを貸し切ってアジトの代わりにしている。

 隠れ蓑としても、廃墟という体裁を外見のみならず内装も保っておきたいのかもしれない。



「詳細は知っている。 無駄な解説はしなくていい。

 3年前、戸鐘波留がその弟・戸鐘路久を救うために行なったあの方法は、M.N.C.を操るオマエなら可能なことか?」



「……あの方法とは、ゲーム内での体験を現実の肉体にフィードバックされる前に、ゲーム内の戸鐘路久と現実の戸鐘路久のリンクを切ったことを差しているのでしょうか?」



「そうだ。

 戸鐘波留はそれを窮地の中こなしたと言っていた。

 マス・ナーブ・コンバータの操作もロクに知らないままで、だ。

 ならその筋の専門家であるオマエなら容易く行えるのだろ?」



「本社のエンジニアに比べれば、私なぞは専門家と呼べるものではなく、単なるルートセールスマン兼サポーターというだけで……。」



 またしてもバットがけたたましい音を鳴らした。

 今度は故意だ。 彼女はしっかりとこちらを睨んでいた。



「手早く話せといっただろう。 できるのか、できないのか」



「出来ますが、今度は一体全体誰にやれと?

 いいですか? あれはつまり、ゲームのVR空間とこの現実に人を複製するって意味になるのです。

 そんな業を背負い込みたくはありません。

 これだけは、いくらサイトー殿の頼みであってもできません。」



「既に亡霊部隊で同じことをやった後だろう?

 今更何をいう」



「それは……その……」



 そう、その通り。

 ”亡霊部隊”はM.N.C.治療に係ったことがある患者の神経系情報のログを基に、ダミーをゲーム内キャラクターとして作成した者の集団だ。


 

 ――”アンチグループにはそういうことだと信じ込ませている”。

 


 亡霊部隊の正体は”BOT”――ゲームマスターの指示に従うAI(人工知能)をそのまま使っただけだ。

 AIは『スターダスト・オンライン』のものではなく、M.N.C.のリハビリテーションプログラムにあるサポートAIを使わせてもらった。


 もしバレれば、すぐさまあのバットが私の脳天をかち割るかもしれない。


 だが、湯本紗矢がM.N.C.のログデータを用いて、古崎グループに恨みつらみを持つ患者をゲーム内に”複製”しようとした時点で、私は心底うんざりしていたのだ。


 復讐劇なんぞはバカげている。そんな非生産的なことに私を巻き込むな、と。

 こういう刹那的憤情に駆られる連中は、後先をまったく考えていないのだ。

 単純に「古崎グループへ一矢報いることができれば本望」としか考えていない。



 たとえ復讐劇が成功しても、古崎グループは報復行為に及ぶ。

 その際に、私は彼らの味方側についていなければならない。


 なればこそ、ここで情状酌量の余地をつくるべきだ。

 脅される仲で、機転を利かせて被害を食い止めた英雄になる必要がある。



「迷うな。

 わたしが用意する代価は、オマエの語っていた未来ヴィジョンだ。」



「……なんですと?」



 サイトーは私の心持ちを見透かしたようにクスリと笑った。



「復讐して終わりってわけにもいかないのさ。

 わたしはね、リーダー……紗矢を逃がしてあげたいと思っている。

 だが彼女は、今回の古崎邸襲撃の計画自体は練っていても、その後はほとんど考えていない。紗矢にとって、復讐は必要なことなんだ。

 

 だがそのような捨て身の考えを抱くに、彼女はあまりにも若い。

 わかっているだろうが、古崎グループは古崎牙一郎の”実働部隊”による報復に及ぶかもしれない。

 その際に逃亡できる金が必要。」



「考えはわかりました。

 つまり、サイトー殿の考えはこうだ。

 ”古崎徹”をVR内と現実世界で複製する。

 次に、古崎徹を開放するという名目で牙一郎に身代金を要求し、一方でVR内の古崎徹は湯本紗矢の復讐の道具になってもらう。

 有り得ないでしょうけど、最愛の孫が無事に戻ってくるなら、牙一郎側も本腰を入れて報復はしないかもしれません。


 私は身代金の一部を受け取って、金にもの言わせて再出発、というわけですか。


 サイトー殿の思惑は果たされるでしょうが、湯本紗矢やアンチ古崎グループの面々は納得しないのでは?

 というより、サイトー殿はそれでいいのですか?

 貴方にも憎悪の念はあるのでしょう?」



「……ある。

 だが、不思議と身を削って復讐を果たそうとする紗矢を見ていたら、悲しくなったのさ。

 わたしらがどうにかなるのはいい、けど、こんな娘まで巻き添えにしていいのかってね。

 ――協力してくれないか。」



「時がくるまで待って欲しい。

 まだ時間はあるはずです。

 ……サイトー殿は真正面から協力を求めてきた。

 では私もそれ相応に考える時間を設けて決断すべきでしょう。」



 時間稼ぎの方便と思われるだろうか?

 いや、これは私の本心だ。本心だ。誠意にたる選択には時間がかかる。そういうものだ…。



 必死になって自分自身に言い聞かせつつ、できうる限りの真剣なまなざしをサイトーに送る。

 彼女は一度頷いたあと、「話はそれだけだ」と踵を返して元の部屋へ戻った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ