発症した木馬太一は尻尾を振るⅡ
この”坂城諸”という人物ははっきり言ってよろしくない。
サイトー殿の機嫌ばかりを損なって私まで巻き込もうとしてくる。
もっとも、賢明なサイトー殿は私の成果というものをしっかりと理解してくれている。
”亡霊部隊”の神経系情報を『スターダスト・オンライン』に送り込んだのは誰か、私だ。
M.N.C.によって〈古崎徹〉の神経系情報を追跡しているのは誰か、それも私だ。
そしてこれから、M.N.C.の痛覚設定を用いて〈古崎徹〉のみに苦痛を味合わせるのは誰か、それももちろん私である!
つまり、あそこでほくそ笑んでいる役立たずな”坂城諸”という男の存在価値はほぼ皆無と言わざるを得ない。
空気を読んでそのまま突っ伏していればいいものを、余計な口を開いて自分で自分の立場を危うくしている。
それは何故か、何が気に食わないんだと問うてみれば、やれ「『スターダスト・オンライン』をこれ以上穢すな」という主旨の言葉しか返ってこない。
後はサイトー殿の言った通り、スターダスト・オンラインの雑多なネタをテキトーに挟んでくるのみ。
「いくら痛めつけても、奴には語れることがないのです。
所詮は〈戸鐘波留〉の腰ぎんちゃくだった男なのでしょう?」
庇うつもりは微塵もなかったが、サイトー殿の関心があちらに奪われてしまうというのも気が引けてくる。
「随分な言い草だね。
そっちは高校2年生の腰ぎんちゃくだった中年男性(笑)だろ。」
喉に瑞瑞しい響きを伴いながらそれでも坂城諸は生意気な言葉を吐いた。
庇うつもりはない。だがその選択を選ぶ理由が理解できない。
『スターダスト・オンライン』を穢されたくない。
わかるとも。態度を見ていればこいつとゲーム開発者である”戸鐘波留”が恋人関係であることはすぐにわかった。
だからこそ、そんな恋人がつくったゲームを復讐の道具にされたくない。
だがしかし、今ここで命の危機に瀕してまでサイトーに逆らう必要はどこにある?
この場に戸鐘波留はいないし、もし……もし私が彼女の立場なら、坂城諸には身の安全を第一に考えてほしいと願う。
「バカなプライドは捨てろ。大丈夫だ。
私はオマエがスターダスト・オンラインの攻略情報をサイトー殿に話したところで、戸鐘波留にその裏切りを公言したりはしない。
それに、たとえオマエが攻略情報を言わずとも、私がいればサイトー殿らの目的はある程度遂行できる。
文字通りの骨折り損になりたいのか? ん?」
――潔白だったと証言してやる、そうすればプライドは何も傷つかない。
いつもならサイトー殿はこちらの二言目でバットを取り出すのだが今は静観している。
「そっちのクズな酌量でモノ語ってくれるな。
そんなのはカッコ悪いって知ってるからやらないんだよ。」
かっこ悪い?
そんな小学校低学年のような理由で命とか立場とかを危機にさらすのか?
「――。
オマエたちみたいな連中がプライドとか矜持とか語るから、”普通に生きたい”と願う私のような一般人が泣きを見る!
当人はいいだろう。 一人で納得して勝手に死ねるんだからな。
だが私たちはどうなる? サイトー殿が少しでも考えを変えれば、私まで巻き添えになるかもしれない。
……坂城諸、オマエがどこまで考えているかは分からないが、我々の匙加減一つで、”古崎邸”の人々まで危険になる可能だってある。」
はっ、しまった。
売り言葉に買い言葉でついつい、サイトー殿をも侮辱してしまったかもしれない。
目線だけで彼のほうを覗くと、サイトー殿は一度だけ私へ向けて頷いた。
「そうだ。
従わなければ、自分とは関係のない人たちが犠牲になるかもしれない。
……応えるのは目下、重要な一つの問いだけでいい。
【ジェネシス・アーサー】の弱点はどこだ?」
サイトー殿は私と坂城諸の間に入ると、彼にそう告げた。
「襲撃に用意したのはモデルガンだけだろ?
アジト(ここ)に外包があったのを見たことがある。
こいつらは最初から人死になんて出そうとは思っていないんだ。」
「一丁は実銃。 貴方が信じる信じないはどうでもいい。
答えれば使わないことを約束する。」
「ッ。 それでも、あんたらの計画に銃弾は必要ない。
不用意に撃つものか。」
「…………そうか。」
サイトー殿は一度、溜息をつくとそのまま坂城諸の腹部に蹴りを入れた。
手足を拘束されたまま芋虫のように呻く彼だったが、しばらくすると気を失って静かになった。
私は止む無く作業に戻ろうとしたが、サイトー殿は私の肩を掴む。
「オマエには少し、協力してほしいことがある。
――わたし個人のお願いだ。」
耳元までサイトー殿は顔を近づけると、スカーフを外してルージュの塗られた唇でそう囁いてきた。
……まさか”彼”ではなく”彼女”だったとは。




