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発症した木馬太一は尻尾を振る


                   ☆


「あぁ、また”これ”を使用するハメになるなんて。

 私はいつになったらまともなキャリアデザインを描けるのか。」



 木馬太一は自身の右側から差すような殺気を感じながらも、そんな独り言を呟いた。

 それが気に食わないのか、彼――”サイトー”は木馬太一の右肩をへこんだ金属バットで小突いてくる。


 太一は薄ら笑みを返して、再びPC操作へと戻る。


 M.N.C.の設定を弄って、空しく独り言を呟いて、仲間からサイトーと呼ばれているスカーフを顔に巻いた人物に金属バットで脅され、言い訳じみたごまかし笑いをする。


 この一連の流れを既に5回は繰り返している。

 はっきり言ってもう慣れてしまっていた。


 不思議とこのサイトーとは言い知れぬ絆のようなものを感じ始めている自分がいた。


 昨夜から今日に至るまで、何かとこのサイトーという人物には衣食住の世話をしてもらっている。

 今着ているのは、コンビニで買えるメーカー表示なしの下着やシャツだが、全てこのサイトーに履かせてもらった。

 なにせ四肢のどれかは、壁から生えている鉄パイプに繋がれた手錠で拘束されていたので、自分でやると大変御見苦しい痴態ばかり曝してしまうのだ。


 故に、湯本紗矢の薦めでサイトーがパンツまで履かせてくれた。




 ――ええ、もう、そりゃあ、中年に差し掛かる大人が人の手を借りて下着を交換するんです。

 最早何もかも投げ出したい気持ちになったのは言うまでもありません。

 というより筆舌するために思い出すことすら、今の私には出来そうもないのです。



 ……だが、サイトーは私の痴態を見ても眉根一つ動かすことなく粛々と行ってくれた。

 すね毛もアレも全部見られ、汗が滲んだ体も別段気持ち悪がらない。


 不意に私は、これまでのことを打ち明けて見せた。

 湯本紗矢は言っていた。

 アンチに所属する人々は皆、古崎グループに恨みを抱いている者ばかりだと。

 ならば、私が古崎徹に受けた仕打ちにも耳を傾けてくれるはずだ、と。


 私は古崎徹に脅されて、『スターダスト・オンライン』で見知らぬプレイヤーたちを危険な目に合わせたことを話した。

 功を奏したのかはわからない。

 サイトーは黙っていたが、時たま、気づいたように私の口数を減らすためにバットで小突いてくる。

 

 それでも、私はしばらく黙ったあとにまた自分語りをつづけた。

 自分の未来ヴィジョンも話した。


 一戸建てのバルコニーがある自宅でのんびりと海を眺めながら、為替と株の値動きをタブレットでチェックする私だ。

 それを茶化すように、愛する我が子が顔を覗かせてくる。

 私よりも妻に似ている無邪気な眼差しに応え、私は彼を肩車してウッドデッキを駆けまわる。

 

 最高だ。


 語っているうちに私は、聞いてくれているサイトーと言い知れぬ絆を抱いていた。

 この時初めて気づいたことがある。



「――つまり、私はキミに信頼を抱くことで、監禁される者と監禁する者の枠組みを超えた仲を感じることができた。

 私の人生に必要だったのはこれだ。

 木馬太一は他人に愛してもらおうと必死だったが、これは間違いなのです。


 人とは、愛した対象をより深く愛するものだ!!」



 ゴツン。

 ほどほどのスイングスピードで後頭部を殴打され、あえなく私の顔面はPCのキーボードへ叩きつけられる。



『――彼は大丈夫なの?

 少し前まで反抗的だったと思うのだけど』



 『スターダスト・オンライン』の内部と繋がっているボイスチャットアプリが湯本紗矢の声を届けてくる。



「作業の効率は格段に上がっております。

 もうじきに、〈古崎徹〉が支配するプレイヤー、NPC、クリーチャーの洗い出しが終了します。」



 サイトーが中性的なハスキーボイスで湯本紗矢の問いに答える。

 長身でもガタイはそれほど良くはなかったが、私が何か抵抗すればすぐにバットと万力にモノ言わせて制圧してくるのだ。

 顔をスカーフで隠しているのは何かのコンプレックスがあるせいか?

 あるいは私という部外者から素性を隠すため……。 

 しかし、他のアンチグループの面々は素顔を晒している。

 

 ではやはり……。



『〈古崎徹〉の神経系情報を辿っているそうだけど……

 NPCってノンプレイヤーキャラクターの略よね?

 あれも古崎徹にとっては操り人形にできるの?』



「可能だ。

 そもそもプレイヤーキャラクターとノンプレイヤーキャラクターは――否、クリーチャーであっても、構造自体は同一。

 神経系情報さえ送り込む方法があれば、ゲームシステムに不備はあれど、どのキャラクターもプレイヤーが操作できる。」



 サイトーの視線が”ヤツ”に向く前に私は湯本紗矢の問いに答える。



「古崎徹はその虚をつくために、あの【ジェネシス・アーサー】とかいうデカブツに乗り換えたんでしょうな」



『随分と協力的になったのね。』



「サイトー殿のお気遣いが花開いた、と言っておきましょう。

 亡霊部隊にも異常はない。 そのままそちらの命令通りに動くことだろう。」



『……さ、サイトー。 木馬太一の変わりようは何故?』



「監禁と拷問のショックで軽いストックホルム症候群でも起こしているのかもしれません。


 ――ひと昔前のとある監禁事件において、監禁状態の被害者は同じ境遇の被害者と同じ空間で過ごすことで競争心を抱き、加害者に気に入られようと妄執に憑りつかれることがあるそうです」



『競争の相手は……あそこで倒れているアレ?』



「えぇ。 ゲーム内の世界観自体はこちらが嫌というほど語ってくるのですが、戦闘に役立つ攻略情報は今のところ話そうとしません。

 こちらがM.N.C.によって〈古崎徹〉に危害を加えようとするのが気に入らない様子です。」



『いいわ。そのまま捨ておきなさい。』



 サイトーは湯本の言葉を聞いて一度、不機嫌に眉根を潜めた。



「それはつまり、湯本紗矢が”王子様”を信じるので?」



『…………。信じます。アタシは良き後輩ッスからね』



 そこで湯本紗矢との通信が切れた。

 サイトーは眼差しだけでもわかるほどの憤りを露わにしていた。



「お気持ち、痛いほどわかります。

 パッと出のクソガキにいつの間にか湯本紗矢の心が奪われていた、なんて相棒の貴方には大変お辛いことだ」



 サイトーがこちらを睨んでくる。

 その殺意に私は思わず悲鳴をあげてしまった。

 

 ど、どうして睨まれたのか、私には見当もつかなかった。

 きっとまたバットで殴られると思ったが直後、私の背後10mほどで”ヤツ”が喉をひゅーひゅー言わせて笑い声をあげた。



「そりゃあそうだ。 自分たちが計画してきた復讐劇が学生同士の恋愛に成り下がろうとしてるんだもんな。」



 幸いにも、私に向けられたサイトーの殺意は、同じく私とともに監禁状態にあった”坂城諸”へと向いていた。



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