招かれた者、招かれざる者
アキ……、確かヴィスカはその”アキ”という人物に誘われてこのゲームを始めたといっていた。
困惑するヴィスカを継いで、僕が笹川へ質問する。
「”リヴェンサー”風紀隊のリーダーだろ?
学院会の連中がそろって委員長殿って呼んでいる。 どうして古崎が奴を殺そうとするんだ?」
「俺は知らないよ。
元をいえば、俺が風紀隊に入った理由は委員長殿の姿がカッコいいと思ったのもあるから、人に恨まれているなんて微塵も感じたことはない。」
笹川にとっても、古崎の発言は相当不可解なものらしい。
彼に同調するようにヴィスカも言った。
「そうです。アキが他人から恨まれるなんて……ましてや、殺意を抱かれるなんてありえません。
月谷芥が……私の兄が恨まれる理由なんて一つもありません!」
「月谷芥、鳴無学院元生徒会長? ――ごめん、すごく今更なんだけど、ヴィスカの本名って?」
「え、あ……唯花・ロジクス(ゆいか・ろじくす)と申します。 理由があってイギリス人の母の性を名乗っていますが、月島唯花でもあります。
あの、私もイチモツさんの本名を知りたいです」
「戸鐘路久だ。 ってことは元生徒会長の妹が、ヴィスカなのか?」
「はい。アキ――兄が好んで使う別名です。昨夜、スターダストオンラインで私とアキが戦ったとき、話したんです。
もう誰もスターダスト・オンラインで傷つけさせたりしないって。
そのために俺はネームレスと戦うんだって。」
ああ、僕が彼女にリヴェンサーの陽動を頼んだ際に、そんな会話があったのか。
そりゃあリヴェンサーに協力したのも頷ける。
スターダスト・オンラインで誰も傷つけさせない、出来るもんなら僕だってやってるさ。
けど傷つけようとする輩がいる以上、『スターダスト・オンライン』から追い出すためには攻撃しなくちゃならない。
「私、古崎さんという方に聞いてみます!」
ヴィスカの言葉に笹川が噴き出す。
「いやいやいや、そ、それはダメだろう? 古崎にシラを切られたあと、秘密を守るために嫌がらせ受けるのがオチだって。 ……それに、下手すれば俺だって何されるか分からない。」
多分後半が本音だろうなぁ。
「だから、まずは俺かヴィスカさんがリヴェンサー……君の兄さんに警戒するよう言うべきだと思う。
幸いにも俺はまだ学院会の風紀隊として認知されているはずだから、古崎を見張ることだってできるし。
……自分の命が狙われていると知れば、委員長殿も妹さんを巻き込みたくないと言い出すかもしれない。」
「……『マズイ時にきた』。アキもそう言ってました。」
「ともかく、委員長殿の考えを聞いてみよう。 それから動き出しても遅くはないさ。」
話がとんとん拍子に進んでいっている気がする。
ヴィスカも笹川もまだ学院会の一員として動ける余地が残っている。
それを鑑みれば仕方ないことだとは思う反面、この蚊帳の外感は自分がやはりぼっち気質なことを証明している気がする。
「えーと、僕は何を……」
「とりあえず、これまで通り学院会に対しての嫌がらせをすればいいさ。ネームレスくん」
僕の内心を知ってか知らずか、笹川は勝ち誇った顔で僕を見やっていた。
☆
3年前。
「戸鐘路久くんの脳波正常、神経系へのアクセス・リンク完了。
副交感神経への信号発信、プレイヤーパーソナルデータのアップロード、現在79%滞りなく進行中。
インターフェースのメモリ使用量も50%以内に収まっています。
オールグリーンってやつですね」
諸がそう告げると、開発部門担当の戸鐘波留は満足げに頷いた。
「出だしが上々なのは当たり前。 あたしたちが見なきゃならないのは『スターダスト・オンライン』がプレイヤーにもたらす影響。 口は動かしてもいいけど、油断はしないように。 細心の注意を払って」
「流石の変態主任でも家族は大事に思ってるんすね?」
「人命の前に家族も赤の他人もないよ。……まぁ、ゲームクリエイターとしての矜持でいえば、多少の差別は厭わないけどね」
「ほうほう、その心は?」
諸の問いに波留は満面の笑みで答えた。
「つまるところ、あたしのゲームに惚れたファンは何が何でも特別扱いしちゃうわけだ」
「弟さんがそれだということですか? ブラコンすぎません~?」
「それもあるけどー、でもあたしのつくった『エンシェントライフ』に3000時間よ?
長く遊べるものを作った自負はあるけど……中学生活ぼっち貫いてプレイするって相当じゃない? もちろん本人の性格にもよるけどさ」
「3000!? それは、確かに。 いや単純な時間換算って大事ですよ。
一日が24時間、一年間で8760時間。その約3分の一を我が息子に費やしてくれた――なんて、冥利に尽きますって……」
「だよねぇ。 ――それで、プレイヤーデータのサーバーアップロードは済んだ?」
波留がそう聞いた時だった。
「主任! テストサーバーに何者かが侵入しました!」
「な、なんだって!? たかが未公開サーバーの一つをクラッキングするバカがどこにいる!?」
諸が頭をかきむしりながらPCへと向き直る。
スタジオ内は一変して慌ただしくなり、雑談は一切聞こえずに他者への指示が飛び交った。
だが、諸が冷や汗をかくその横で、至って平静を保っている波留はモニターのある部分を諸に示した。
「これ、正攻法のログインだ。
多少勝手は違うけど。 セキュリティが解析された痕跡はないし、なにより侵入者側に自身を隠蔽する気がない。つまり――」
何かに気づき、波留が渋い表情をつくってコーヒーをすする。
その視線はモニターではなく、今度はデスク上にあったスマートフォンに注がれた。
波留が手に持った瞬間、着信音が鳴り響いた。
「こちら開発部門。 あぁ古崎会長、いつも大変お世話になっております。」
猫なで声なのに対し、波留の笑顔は引きつっていた。
「はい、はい、はい」適当な相槌をうつ間に、波留はスタジオ内の皆に聞こえるよう、スマホをスピーカーモードに切り替えた。
『どうしても孫がやってみたいと聞かなくてね。 ついさきほど、そちらの『スターダストオンライン』に遊びに行かせてしまったよ。 今日一日ほど面倒をみてもらっていいかい?』
スタジオ内の誰もがげんなりとした表情を浮かべた。
返事も聞かずそのまま通話が切れてしまうあたり、電話主である波留たちのスポンサー様は断られることを想定していないようだった。
「な、なにを当たり前みたいに! 一体どうやってテストサーバーにログインしたっていうんだ!?」
諸が叫ぶ。その声に呼応して「勝手なことしやがって老いぼれが!」「一日おもりしろって、オレたちゃベビーシッターじゃねえぞ」と雑言が飛び交う。
「大方、株主総会用に提出したパイロット版でアクセスしたんだろうねー……。
ログインのタイミングが絶妙すぎるあたり、このスタジオに隠しカメラでもあるかもしれないよ?」
波留の言葉に皆が押し黙った。
「でもぱ、パイロット版って、あんなのステータスMAX、最強アーマー装着のゴリゴリ接待プレイ用に設定した別名チキンプレイヤー版でしょう?」
「改造ツール使ってイキった装備つけてるキッズ、ってイメージでつくらせたプレイヤーデータだったしね。
株主の方々には好評だったけど。」
「じゃあ会長のお孫さんとやらは、そんなバカみたいな無双アーマーでこのテストサーバーにアクセスするってことですよね?
このままだと主任の弟さんと一緒になっちゃいますよ? いいんですか?」
「良いも悪いも、あたしだって不本意だけど、そうなっちゃったんだから仕方ないじゃんっ。 ああ、あたしの矜持が……」
波留ががっくりと項垂れるが、一方で諸は別の懸念を抱いていた。
「たしか、路久くんの装備やステータスって」
「うん、ロクはチュートリアル終わり時点の真っ新な初期兵装……」
「弟さんが会長のお孫さんとパーティ組んだら、ゲームにならないじゃあないですか! チュートリアル終了時点の装備ってことは、出現するクリーチャーが【ジェルラッド】あたりのロケーションにしたんでしょう?」
諸の言葉に一瞬だけ波留は身体をビクつかせた。
露骨に「何か隠している」と言わんばかりに波留は指先で頬をかいた。
「え、なんですその反応? ……まさか――」
「『サウスオーバー地区 ロケーション・軍事サイロ基地』に設定しちゃったお♪」
「”しちゃったお”って……そこ、高難度どころか裏ボス用のダンジョン。」
てへぺろ♪
ネタが若干古いが、可愛く誤魔化そうとする上司に向けて、諸は今一度大きく深呼吸した。
「 ――あんた弟さんにゲーム楽しませる気ィーないだろぉぉ!!
この鬼畜便器女ぁぁぁあぁぁ!!!!」
「ぎゃぁあぁあああぁぁぁあぁ!!」




