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恐怖の在処


                   ☆



 〈ヴィスカ〉という少女のキャラクターは慣れてしまえばこの上ないほどに快適だった。

 【スレイプニーラビット】は初速こそ爆発的な推進力を誇る。

 しかし、その速度についていけず、スラスターの力を弱めようとしてはならない。

 あくまで初速だけである。そこからは次世代アーマーとしては標準クラスの巡航速度になる。


 古崎徹は〈ヴィスカ〉の身体を用いて、起立する【ジェネシス・アーサー】を駆けあがっていく。

 元よりリザルターアーマーは空中戦ができるように作られてはいない。

 だが、ほぼ垂直の角度をウサギのような跳躍で駆け抜け、より高所へと上昇していく。

 その腰部まで到達すると、ジェネシス・アーサーはヴィスカの跳躍に合わせて、右の手のひらを開いて足場を作った。

 それを利用して更に大空へと跳び上がったヴィスカは、ジェネシス・アーサーの頭上へと着地する。


 徹がスティングライフルによって狙撃したNPCは、今も【キャリバー・タウン】に全て潜伏させてあった。

 彼らは古崎徹の目であり耳であり、あらゆる感覚受容器の代役となってくれる。


 ”第三勢力”が撒いた偵察兵はジェネシス・アーサーからおよそ200mほど離れた地点にてこちらを覗いているが、まさかその隠れ蓑にしている家屋からNPCによって覗き返されていることは分かっていないだろう。 


 ……オレに恨みつらみを抱いている湯本紗矢に、もう一人の戸鐘路久。

 なるほど、この世界は本当に退屈させない。

 どちらの”ロク”も屈服させてやりたいものだ。


 しかし。



「……バトルロイヤルモードか。」


 


 浄化作戦(Dust To Dust)と称されたこの殺し合いでは、プレイヤーはライフゲージが絶えても死なない。

 バトルフィールドである【キャリバー・タウン】から追い出されるだけであり、そこから強制ログアウトすれば、プレイヤーはV.B.W.(バーチャル・ブレイン・ウーンズ)の消失もなく、【キャリバータウン】外であればオレに支配されることもない。


 加えて、強制ログアウトした者が再度ログインする場合、【キャリバー・タウン】外――クリーチャーに襲われる可能性のある月面露出地区からのスタートとなるため、キャラロストの恐れがある。

 そうなれば〈学院会〉のプレイヤーはロストを恐れてゲームにログインしなくなるだろう。



 ……戸鐘波留。

 こんな手を残していたにも関わらず、初手は【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】にある星間弾道ミサイルによって【キャリバー・タウン】を破壊しようとしていたのは何故だろうか。


 楽観的に考えれば、こちらの【スティングライフル・オルフェウス】の効果を甘く見ていたが故の作戦変更と捉えることができる。

 しかし、何かが引っかかる。


 ――奴ら、NPCのいない路地裏へ逃げているな。

 あの〈プシ猫〉とかいうプレイヤーは厄介だ。 隠れているNPCの存在には気づいていないようだが、何者かに監視されていることには気づいているらしい。

 路地裏とメインストリートを塞ぐように携行式のバリケードを複数張って防衛網を築いている。

 

 あの”第三勢力”の連中が下手にちょっかいを出すから彼女らの警戒が強くなったのだ。

  

 だが、戸鐘波留たちの目的はオレを含めた全プレイヤーを『スターダスト・オンライン』から追い出すことだ。

 ということは、クリーチャーに変化しないNPCでは、彼らの興味を引くことはできない。

 プレイヤーの”撒き餌”をつくる必要があるな。



「……いいぞ。 

 そちらがプレイヤーの殺害競争を行うのであれば、こちらもある程度は付き合うことにしよう。」



 町中に隠れているNPCの目が複数人の”クリーチャー”を捉えた。

 ジェネシス・アーサーやモルドレッド以外で街を闊歩してしまう化物なんて、〈学院会〉の間抜けしかいない。


 対象は3体おり、全てが【フォビドゥン・マン】と称されたクリーチャーの姿に変化していた。

 極端に長い首に、頭部には生い茂る葉が固まっているような体毛。

 嫌が応でもA状のシルエットになる肥大化した脚部。


 肌は外敵から身を守るために、多少、粗目の硬質で出来ているようだったが、【モルドレッド】や【ジェネシス・アーサー】の岩肌のような厚皮を見てきた古崎徹には、それほど脅威に思えない。


 あれは岩肌というよりも樹皮だった。 


 まるで地上に根を張ろうとする細木じみた【フォビドゥン・マン】×3体が、辺りを見回しながら歩いていた。



「”林”が歩いているのと同じだな。」



 徹は思わず〈ヴィスカ〉の姿で噴き出してしまった。


 ――なるほど、〈学院会〉のプレイヤーが【強化屋】で上昇させた能力はどれも似通っている。


 強化屋にてどのような種類の【AZ血液】を体内に注入されたかで、変化するクリーチャーの種類が変わるなら、〈学院会〉のプレイヤーは”知能”に関する強化しかしていないため、殆どがあの【フォビドゥン・マン】に変身してしまうだろう。



 ――……ということは〈北見灯子〉を、街の外へ置いてきたのは正解だったな。



『あら? あんな見た目のお嫁さんは嫌ってこと?』



 不意に見知らぬ声から通信が入る。

 調べると、つい先ほど【スレイプニーラビット】で制圧した際にコントロール下においたNPC〈リス・ミストレイ〉が勝手に口を開いて〈ヴィスカ〉のキャラに通信回線を繋いでいたのだ。


 こんなことができるのは、オレと同一人物とゲーム側に誤認されている北見灯子にしかできない。



「…………っ。 灯子、オマエに使用を許可したのはぼろ雑巾の〈北見灯子〉というキャラだけだ。

 『スターダスト・オンライン』の全てはオレの所有物であり、オマエに扱う権限はない。」



『ふぅん。 あのモルドレッドは支配せずに殺しちゃったくせに、よくいえるね。』

 


「奴は抵抗した。 故に排除した。」



『嘘。 抵抗する人間を屈服させるのが徹でしょ?

 そんなに〈ロク〉に負けたのが悔しいの?』



「馬鹿馬鹿しい。オレは敗北した覚えはないし、大局をみれば誰もが古崎徹に軍配が上がっていると思うだろうさ」



『じゃあどうして〈ヴィスカ〉のキャラクターは殺せないの?

 モルドレッドになったダミーの〈ロク〉は徹の画策で砲撃に曝され、キャラロストした。

 なら、〈ヴィスカ〉を生かす動機はないよね?

 だって、彼女を痛ぶって悔しがる彼はもう死んじゃったんだから。』



 ……くそ。 この女、こっちの心持を知った上で、嬲るような聞き方をしてくる。


 オレが〈ヴィスカ〉のキャラを殺さない理由は、【スレイプニーラビット】の使い勝手がいいからだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 そう彼女に告げようとしたが、すぐに罠だと気づく。

 分かっている。北見はオレの返事に対する答えを用意しているのだろう。



「――用件だけ聞く。」



『怖くなったんだよね?

 あのモルドレッドを弄ぶことよりも、早々に始末して自分の安寧を選んだ。

 徹らしくない臆病なものの考え方ね。

 そのうえ、〈ヴィスカ〉までキャラロストさせてしまったら、二人が怖かったと自白するようなものだもん。』



 本当に嫌な女だ。

 こいつは一体何がしたい?

 オレに何をさせたい?


 好きだといった手前、今度はこちらを精神的に揺さぶろうとしてくる。


 

「下らない話は止せ。 〈リス・ミストレイ〉を返してもらうぞ?」



『はいはい。 ボロ雑巾の〈北見灯子〉は今、キャリバー・タウンの外で〈笹川宗次〉を発見しました。

 バトルロイヤルモードの脱落者を保護するためだと思う。』



「……ご苦労。」


 

 リスのコントロールを奪って、すぐさま〈ヴィスカ〉との通信を切らせる。

 それ以降、北見の言葉がこちらに伝わってくることはなかったが、徹は十二分にイラついていた。


 その憤りは【フォビドゥン・マン】と化した事情を知らない〈学院会〉のプレイヤーへと向けられた。



 【ジェネシス・アーサー】が巨躯を捻って〈ヴィスカ〉を収めた右の掌を振り上げ、一斉に上投げで振り下ろす。

 〈ヴィスカ〉はその投擲に合わせ、【スレイプニーラビット】の各部推進器を起動させる。

 タイミングはアーサーもヴィスカも支配している古崎徹によって自在にコントロールできた。


 やがて【スレイプニーラビット】アーマーは、巨大クリーチャーの腕力による”カタパルト”で【フォビドゥン・マン】のいる地点まで射出された。




 

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