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非合理化の獣


                  ☆



 【モルドレッド】の3mに届きそうな巨躯では案の定、良い砲撃の的になってしまった。

 巨腕から繰り出される岩をも切り裂く腕力は、身体の小さなプレイヤーにはあまりにもオーバーキルすぎる。


 かといって主人が敵意を剥き出しにした【ジェネシス・アーサー】という上位クリーチャーは武装しており、装甲はモルドレッドの物理攻撃を全て防いでしまう。


 つまり、どちらを相手取ろうとも主人の身体は非効率的なのだ。


 ……もっとも、どちらも相手せずにこのままクリーチャーとして生きるのであれば、【モルドレッド】という種族は申し分ない優良物件なのは事実。

 私としては〈ヴィスカ〉という少女を放っておいて、そのまま主人に逃げ抜いてほしいと思う。


 だが、主人の価値は生きることに重きを置いていない。

 生きるための目的が必要らしい。

 主人自身は口外しないが、彼は”未来”を恐れている。

 同時に、孤独も。


 主人が”現実”と称していた一つの世界から、彼と〈ヴィスカ〉は弾き出されてしまった。

 自分たちが生きているのか、死んでいるのか、定かでない状態のまま、今もこの【アイランド2】の荒廃した月面で存在している。

 その曖昧な実感と不安を共有できる相手が互いに一人しかいないからこそ、主人は必死になるのだ。

 

 なるほど、それなら合点がいく。

 クリーチャー的かと問われれば、心や精神を重視する分、まだまだ答えは”NO”といえる。

 だが、”人間”という枠組みから合理的にみれば、自身の心を癒すためにつがいを求めるのは確かに必要なことだ。



 ”――なら、私を求めればいいのに。”

 

 ……?


 過った思考に理解が追いつかない。所詮、私はクリーチャー【グリム・キメラ】であり、その実態はただ本能のままに生きることを宿命づけられている。

 今は、主人に取り憑いたことで芽生えた意識のようなもので下手くそな思考をおこなっているが、非合理的な事物が多くなればなるほど、足元を掬われそうな気分になる。



 話を戻そう。

 主人の身体は、今現在、どちらの天敵に対しても対応できていない。

 なればこそ肉体改造は必須だと考える。



 【モルドレッド】の体液は粘着性と硬化後の剛性に優れているし、二足歩行および、四足歩行、どちらにも適応しているため、筋繊維も非常に柔軟。

 そのおかげで元々人間の姿をしていたという主人は、容易くモルドレッドの巨躯を人間と同じように動かすことができた。


 それでも攻撃スタイルをクリーチャーである【モルドレッド】に近づけることは難しかったと見える。

 モルドレッドにとっては敵への有効打足りえる【噛みつき】を彼は一度キリしか使っていないし、人間だった頃のクセか、モルドレッドの厚皮なら耐えられる攻撃を避けようとすることもあった。


 つまり、主人の戦闘スタイルは未だに、アーマーを着込んで華麗に敵襲を回避する型に引っ張られているのだ。

 ”リザルターアーマーさえあれば”。


 そういう主人の心の中での言い訳は聞き飽きた。

 なので、私自らリザルターアーマーに近しい厚皮をつくると決めた。



 幸いにも、近場には無害かつ参考になりそうなアーマーを着込んだプレイヤーが沢山いる。

 さっきも、〈HALⅡ〉という名前のプレイヤーに”ばーにあ”と呼ばれる部位を教えてもらえた。


 これは、移動速度を高めると同時に、不安定な態勢でも行動できるようにする姿勢制御としても使えるらしい。

 クリーチャーでいうところの”尻尾”のような機能に近いかもしれない。

 ならばいっそ、この”バーニア”と尻尾型のスタビライザーを併用してバランサーとするのも一つの手か。


 装甲はこれまでの戦闘ログを主人の記憶から辿り、最も致死性の高い攻撃に対する耐性を高められるように改造する。

 ――やはり大口径実弾兵装に対する致命傷が多い。

 よって装甲は避弾経始の概念を重視したものにする。

 要は、装甲に傾斜をつくって弾着により起こる運動エネルギーを軽減するという意味だ。


 更に被弾・裂傷が多い箇所を統計から導き、ピンポイントに一部の厚皮を三重に重ねる。


 無駄な筋繊維を削った分、肉体はシャープになり、被弾面積もかなり小さくなった。

 外見は主人が寂しくならないように〈ヴィスカ〉という少女を真似て作った。


 うむ、私はやはり有能なクリーチャーだ。

 自身が分からぬ”感情”面であっても主人への配慮は忘れない。


 だが〈ヴィスカ〉は口から火を噴いたりしない。


 私としては、口腔から火球を発射する従来の仕組みを変更したくはない。

 頭部は殆どの生物が弱点とする箇所であり、最も守らんと務める箇所でもある。

 故に最大の攻撃手段が頭部・口腔にあるのは理にかなっている。


 どこか別に放火できる機関を設けるべきか。



 エネルギー供給は火球を作り出していた体内の弾室チャンバーを参考に作ろう。

 排熱機関は、主人が所持していた【Ver.ファフニールの結晶型放熱ユニット】を背に組み込む。


 むむ。


 そういえば、この結晶型放熱ユニットには特殊な粒子を散布して敵の視認性を低下させる役割があった。

 けれど、火球の消失効果によって、放出するたびに粒子まで消滅させてしまうデメリットで、主人は素早く姿を隠蔽することが出来なかったのだ。


 やむを得ない。

 口腔を使った火球発射はあきらめよう。

 頭部付近からの放出では、背にある放熱ユニットの粒子散布範囲に火球の影響が及んでしまう。


 代わりに左腕へロングバレルを携えた銃身を形成し、これを火球の発射口に設定する。

 これにより、威力は落ちるがある程度の連射は可能。かつ、精度も口腔発射よりはあがるだろう。



 ……………。

 ………。

 ……。

 …。


 

 よし。 これで完成。

 主人とのリンクを切っていた視覚・聴覚・触覚の回線をつなごう。

 120%、主人の注文に沿った新たな肉体ができたと自負している。

 

 さぁ主人、喜ぶといい。




                  ☆



(”主人。視覚・聴覚・触覚等、全ての感覚器官が回復した。”)



 グリムは僕のボイスセットを利用して、こちらだけに聞こえるよう声を発している。

 その問いかけに気づいた僕は、今まで通り、普通に瞼を開いて、狭い空へと瞳を巡らせた。

 〈ヴィスカ〉を庇って砲撃の雨に曝されてから大体30分程度。


 どうやらグリムは路地裏に逃げ込んだらしい。

 空が狭いと思えた理由は、錆びついた掘っ立て小屋に四方が囲まれていたからだった。


 仰向けに寝転んでいた身体を捻って、上半身だけ起こした瞬間、すぐ背後に「ジュっ」と熱した油に水を撒いたような音がした。



「ヴィスカ。――逃げて!!」



 振り返ろうとした間際に懐かしい声が聴覚に響いた。


 ……あぁ、この声は……。


 しかし、過去を辿る余裕はなく、僕は背後に迫る熱源を察知した。

 上体を逸らして完全に交わしたかと思ったのに、巨大な灼熱の塊は容赦なく僕の身体を掠めた。


 二撃目がくると確信して、無我夢中で膂力のみを使い、地面を転がる。

 しかし敵の連撃はこない。

 かわりに「カチン」と何かをはめ込むような音だけが空しく響いた。 

 


「ごめん。

 〈ヴィスカ〉、キミがこの場で一番脅威だと感じたから、殺す気で斬りかかった。

 そっちも容赦しないでいい」



 その姿を見て思わず眩暈がした。


 対峙する深紅のアーマー使いがフェイスガードをあげていた。

 まるで自身が何者かを誇示するために。


 そしてそこにあったのは……曖昧な記憶の中にある僕自身の顔だった。




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