切り捨てる覚悟
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「――はい、といわけでバトルロイヤルモードはじまりましたけども、件の巨大クリーチャー【ジェネシス・アーサー】は確認できるッスかね。スカウト隊諸君?」
『現在も【キャリバー・タウン】・南方面、ジャンク置き場付近にて直立状態のままです。
命令通り、ある程度の距離をとって偵察していますので情報は限られますが、武装等は破損状態。 四肢には裂傷と火傷の痕があり、ダメージ量は大きいと思われます』
紗矢の快活な声と通信による電子音声から聞こえる無機質なソレ。
対照的な二つの響きに耳を澄ませながら、僕のほうでは着々と【キャリバー・タウン】の中央区、つまり、巨大人型兵器【キャリバーNX09】の腹上へと陣取って砲兵陣地を組み上げていた。
僕の目の前にいる砲兵タイプの亡霊プレイヤーは虚ろな眼差しで淡々と言葉を連ねる。
「――中央区からジャンク置き場までを有効射程に捉えている砲兵は一人もおりません。
かといって、中央区から離れて接近しても高低差によりそれほど射程は伸びません。」
ダメ元でアーティラリー隊に聞いてみるも、答えはやはりNOだ。
この長距離から【ジェネシス・アーサー】に一方的な砲撃を喰らわせられたら、敵をけん制しつつ、スカウト隊をもう少し接近させることができるのに。
「そちらもダメっスかー。 ……見たところ、バトルロイヤルモードに入ってNPCは消え、ショップ等の施設は使用不可になりましたが……”アレ”が消えてないってことは……」
紗矢は頬を強張らせながら、弱々しく遠景の怪物を指さす。
「プレイヤーがクリーチャー化するって銘打ったアップデートコンテンツだからね。
中身がプレイヤーでも不思議じゃないな」
僕も苦笑いで返す。
ただ、ジェネシス・アーサーは、僕らが亡霊部隊を引き連れて街に帰還する前からあの場所に存在していた。
坂城諸が解説してくれた『Dust To Dust』やAZ血液対策本部の〈アルフォード・ロメロ〉が話す浄化作戦によれば、バトルロイヤルモードの起動によってプレイヤーはクリーチャー化される手はずになっていた。
そうなると前後関係がおかしい。
確定した情報がないと動き出す際のリスクは高まる。
だが、こちらが動いているというだけで、敵側は動いている可能性だってある。
この街のどこかに古崎徹はいる。
彼が狙うのはおそらく、プレイヤーだ。
……そのために即応隊をパトロールとして泳がせてあるが、……今のところ頭を悩ませるヒットが1件だけ。
まさか真っ先にラピッド隊チャーリー2が襲撃したのは、僕の姉である”戸鐘波留”のプレイアブルキャラクター〈HALⅡ〉だった。
でもチャーリー2を殺ったのはもう一人いた女性型のプレイヤーだったらしい。
釧路七重か、瀬川遊丹か、どちらかの手によって遣られたのだろう。
「……どうでもいい。 僕は紗矢に付き合うって決めてるのだから。」
一人でそんなことを呟くと、突如ラピッド隊用のボイスチャット回線が開いた。
まるで僕の決意を試すかのように、キルされたチャーリー2に持たせてあったスカウト用の消費アイテム【ドロップビーコン】がよく見知った声を拾った。
《――――波留さん、【Ver.エインヘリヤル】の――――は――します?》
「チャーリー2が残した置き土産だな。
この声は――笹川(キョロ充)か。」
エインヘリヤルは七重や遊丹が新しく手に入れたっていう次世代アーマーのことだ。
僕はその姿や性能がどんなものか把握していない。
戦うことになるなら、調べる必要がある……けど。
ドロップビーコンの通信はノイズが酷く、何をしゃべっているか完全には理解できない。
しかし、声は複数ある。
おそらくチャーリー2のキル後、HALⅡたちは仲間と合流できたらしい。
いっそ砲撃隊の火力支援で終わらせるか、そう考えた矢先にHALⅡの声が口走ったある情報が気に留まった。
《”バックパックの中身――【Ver.シグルド】専用の――だからね。
ロクが敵になった以上、――――用心のため、街の外でパージして。》
バックパックにジグルド専用の……?
ノイズで聞き取れない。
今度はこちらもよく耳を澄ませてビーコンから得られる情報に集中するが、HALⅡと誰かが二言ほど言葉を交わしてそのまま静かになってしまった。
何かの風切り音とともに、ドロップビーコンの近くでモノが落下したようだ。
しばらくするとまた一人、淡々とした女の声音が聞こえてくる。
《では、私のほうも――敵の手に渡るのであれば――バックパックは破壊――軽量化にも――。》
これは七重のものだ。
バックパック。 笹川との会話でも出てきたワード。
彼女も同じ【Ver.エインヘリヤル】を装着しているなら、バックパックにはおそらくシグルド専用の兵装か何かが保管してあるのだろう。
考えてみれば確かに、姉さんや諸さんが太鼓判を押す【Ver.シグルド】は少々物足りなさがあった。
アーマーに内臓された《ショック・ゲイン》機能は敵の攻撃を威力そのままで返す強力なものである。
けど、これだけでは兵装等もないまま、アーマーの手甲や脚部による殴打でダメージを稼がざるを得ない。
だからこそ亡霊部隊の一人から【試作型オーバーロード・ソルディ】というはんだごてブレードの上位版を借り受けて装備している有様だ。
希望的な観測だが、姉さんが古崎徹との決戦前に、あらかじめ【Ver.エインヘリヤル】を笹川、七重、遊丹へ託したのは、【Ver.シグルド】を装着した〈リヴェンサー〉のサポートをさせるつもりだったからではないか。
……まぁ、ぼっち隊ことラピッド隊を編成してみて、薄々気づいてはいたんだけども。
当初、姉さんが僕ではなく〈リヴェンサー〉に【シグルド】を託そうとしていた理由は、僕を危険な目に合わせたくないというだけでなく、僕自身がソロプレイに慣れ過ぎてしまって、仲間と連携が取れないと判断したのかもしれない、。
……。 ただ、裏を返せばそれは、【Ver.シグルド】が一種のチームプレイを強みにしているアーマーだということ。
そしてそのチームプレイの要になる何かが、【エインヘリヤル】のバックパックに入っている――。
その場から立ち上がり、唯一所持している近接兵装【試作型オーバーロード・ソルディ】の刀身を、冷却ケースからわずかに抜く。
超高熱が大気すら焼いて蒸気を発生させる。
刀身が熔解してしまうデッドラインを見定めながら、居合の要領で使っていくしかない。
「――どこに行くんスか?」
「姉さんたちのところに。」
歯にモノ着せぬように、軽々と言ってみせる。
心配げにこちらの背を見守る紗矢に対して、一番誠意のある態度に思えた。
なにせ僕は、彼女を裏切るどころか、かつての友人を切り捨てて、さも普段通り湯本紗矢の元に帰ろうとしているのだから。
「ッスか。 じゃああたしはここで待ってるッスから、早めに帰ってきてくださいね」
紗矢もまたいつもと同じように返事をした。
その信頼に、重圧よりも誇らしさを感じながら、僕は【Ver.シグルド】の《ショック・ゲイン》機能を”リザーブ”から”バースト”に切り替える。
足場となっている【キャリバーNX09】の装甲を足跡型にへこませ、溜め込んでいた運動エネルギーを一斉に開放して天上へと跳躍した。




