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ジェル・ラット奔走


 〈HALⅡ〉は〈笹川宗次〉と〈プシ猫〉へ向けて、口元だけの笑みを浮かべる。



「……宗次くんの言うことは正しい。でも、いざ目の前でロクと古崎徹の争いを見たら、あたしは割って入ろうとするかもしれない。

 それで状況が悪くなりそうならナナちゃん、キャラロストしない程度に撃って構わないから」



「願わくばそうならないことを祈りま――ッ。」



 プシ猫は会話の途中にも関わらず、アーマーのフェイスガードを装着して戦闘態勢に入った。

 長銃【アンチハードスキンライフル・ゲルリッヒ】を兵装として出現させると、その1m超えの銃身を路地裏の壁へと平行になるよう接近させる。

 すると、バレル下部のフォアグリップが変形して横づけのバイポッドとなって壁へとスパイクを立てて固定され、ライフルがそのまま銃座じみた状態になった。



「スモッグです! メインストリート側から流れてきてます。

 スモーク系のグレネードかも。 アーマーと中身パイロットの状態異常に警戒してください」



 そこまで言われてようやくHALⅡも笹川宗次も、わずかに緑色っぽい煙がかった視界に気づいた。

 ましてそれが市場区域から流れているなんて目を凝らしてもわからない。



「大丈夫。これは敵の攻撃じゃないよ。

 バトルロイヤルモード【Dust To Dust】が起動する演出なんだ。」



 HALⅡは殺気立つプシ猫に言うが、彼女は警戒を解こうとはしなかった。

 彼女の代わりに〈笹川宗次〉がスモッグを浴びた自分の身体を見回している。



「ってことは、こいつが例の人間をクリーチャー化させるガスってことですか?」



「そういうこと。 多分、そろそろ……あ、来たみたい。

 宗次くんのほうにもシステムメッセージがきたと思うよ。」



 HALⅡの視界にはゲーム側からプレイヤーにあてたメッセージが表示された。

 

≪”バトルロイヤルモード【Dust To Dust】作戦が開始されます。参加しますか?(しない場合はバトルゾーン外に強制退出させられます)≫



 調達員を間引くためのバトルロイヤルゲーム・浄化作戦(Dust To Dust)への招待だ。

 HALⅡは躊躇うことなく参加を選択した。

 それに倣って〈笹川宗次〉も同じように参加を選択する。



「……はぁぁ、よかったぁ。 本当になんともない。 もしこれで”強化屋”によるステータスアップを受けてたら怪物になったんですよね?」



「んぇ、なりたくないの? 四足歩行とか壁面ダッシュが当たり前の身体になれるのに。」



 HALⅡが本気で驚いたような表情をみせて、笹川宗次は小さく呻き声をあげた。



「そりゃあ楽しそうですけど……。俺はまだこの【Ver.エインヘリヤル】アーマーでいいです。」



 艶消しされた濃いグレー色のアーマーは、前回の戦闘で若干の塗装剥げがあるものの、完全に修復されている。

 こちらに合流する前に消費アイテムを使って直したようだった。

 どうやら彼自身、【エインヘリヤル】を相当気に入ってくれているみたいだ。


 ”エインヘリヤル”とは戦乙女ヴァルキリーに導かれた勇敢なる戦士の意味である。

 そのアーマーのコンセプトは”最強の量産型”。

 クリーチャーとの最終戦争に向けて人類側が最後の交戦に挑もうとした際、主力機として活躍したのが【エインヘリヤル】だった。

 決してエース機というわけではないけど、どんなパイロットが使っても使いこなせるという高性能機であり、ともすれば初心者向きでもある。


 

 ――……口には言わないけど、これといって戦闘スタイルに特徴がない宗次くんには一番適したアーマーかもしれない。



「ナナちゃんはどう?」



「しっ。黙って。 やっぱり何か近づいてきます。

 ミニマップには映ってないですが、徐々に近づく不規則な足音が聞こえる……」



 耳を澄ますが、HALⅡも笹川宗次も首を傾げるほかなかった。


 だが一方で、笹川はすぐにプシ猫の言葉に応え、彼女の射線を塞がない位置に移動すると、路地裏の隅へと身をかがめて近接兵装【はんだごてナイフ】のスイッチを入れる。

 刀身に熱が渡り、彼のアーマーがオレンジ色に柔い光を反射させた。


 やがてHALⅡにも聞こえるほどに、その”不規則な足音”が接近してくる。

 明らかに一歩の間隔が狭く、頻りに足踏みをしているような響きだ。

 HALⅡはすぐさまクリーチャー化したプレイヤーを疑う。


 あるいは、さっき襲ってきた連中がクリーチャー化してもなお、戸惑うことなくこちらへ向かってきているのか。


 HALⅡもまともに使えない【ビゾン・マキシマムレーザーガン】を気休めに地面へ銃床を固定して構えた。


 だが入れ替わるようにして、一番警戒していたであろう〈プシ猫〉が長銃の固定を解除して、フェイスガードも解除して引きつった笑みを露わにした。



「……ゆ、ユニ……」


 

 彼女がそう呟くと同時に、他二人の通信にも電子音声として瀬川遊丹こと〈ニアンニャンEU〉の悲痛な叫びがとどろいた。



『どうして……どうしてこうなるのー!!??』



 そこには【キャリバータウン】からまだまともに旅出てもいない二人のプレイヤーですら知ってるほどの小柄なクリーチャーがいた。

 その正体は、液状化した皮膚に身体を包み込み、芋虫じみた短い四足で引っ切り無しに駆けるモグラとネズミを折衷したかのような生物――【ジェル・ラット】だった。



「……忘れてたです。

 ユニは、キャラロスト直前に古崎とオフィサーによって監禁されましたから、キャラクターは〈学院会〉として”強化屋”を使ってたときのままでした……。」



 〈プシ猫〉は若干呆れ気味に首を振ると、ダッシュしてくる【ジェル・ラット】を抱き上げて頭を撫でた。





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