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第三勢力の正体


 ……この子は本当に〈ヴィスカ〉なの?


 再び横たわり、微動だにしなくなった彼女を、HALⅡは訝った視線で眺めた。

 通常の初期型アーマーでは……いや、たとえどんなアーマーに、パワーアシスト性能上昇のカスタムパーツを盛りに盛ったところで、【フォトンアーム・クラレント】を振り回すにはスラスターやバーニアの推進力を借りて一気に振り切るようにしなければならない。


 けれど、さっきヴィスカは推進剤の光・大気の揺れなどまったく見せずに【クラレント】を振り上げてみせた。

 振り下ろすならまだしも、あの小さな体躯あたしほどじゃないけどでそれをこなすとなると、スキルポイントカンスト状態で”強化屋”による運動神経系をフルに上昇させ、身体を最効率で動かせるようにならなければ無理だ。

 


 少なくとも、”人間”に実現することは難しい。

 

 だけど……。



 HALⅡは無防備な彼女の首元へと指をかける。

 通常、同じプレイヤーに対してはHUD表示にハラスメント警告が現れるはず。

 だが、ヴィスカの首元を指でなぞろうとも何一つ警告は表示されない。


 指先をフェイスと胴体装甲部の隙間へと潜り込ませようとしたところでHALⅡは「やっぱり」と声をあげた。



「これ、リザルターアーマーじゃない。よく似せて作られているけど……。」



 ヴィスカのアーマーの下に潜り込ませようとした指先が、硬い感触に阻まれて止まった。

 アーマーが彼女の皮膚と合体しているからだ。

 というよりも、アーマーと皮膚の隙間がまったくないところを見るに、このアーマー自身が彼女の厚皮なのかもしれない。


 HALⅡは既に彼女が自分の知る〈ヴィスカ〉でないことを確信していた。

 


 けれど、どうして彼女とうり二つの身体を持つ”クリーチャー”がいるのか。

 そもそも、こんな特殊な状態変化ができるクリーチャーなんて用意しただろうか。


 はて、と首を傾げる。

 

 真っ先に考えられる答えは、やはりバグだ。

 アップデートコンテンツ『Dust To Dust』はまだテストプレイすらまともにやっていない。

 元をたどれば、一開発者である戸鐘波留が趣味で用意したコンテンツともいえる。

 『スターダスト・オンライン』のゲームシステムとのバランス調整すら出来ていない中で、本編ゲームに加えられてしまったのだ。

 バグがないことのほうがおかしい。



「だからといって、人型クリーチャーが登場しちゃうのって、本末転倒じゃない?

 あたしはクリーチャー化して未知の体験に臨むプレイヤーが見たかったんだけどなぁ。」



 指先を輪郭線に沿ってそのまま頬まで滑らせると、そこだけはフニフニと柔らかな感触があった。

 人間のそれみたいに頬骨を形成していないのか、シリコンの塊っぽくて触れてて楽しい。



「……他人にセクハラしながら何を唱えているです?」



 いつの間にか釧路七重ことプレイヤー名〈プシ猫〉が首を傾げていた。

 猫目のようなパチリと開いた瞳を若干細めて、呆れたような視線をHALⅡへと向けている。



「ご、誤解だよー。

 ちょっと確かめたかったことがあったから触ってただけで。

 疚しいことなんてないし、お、女同士だし」



「……私は遊丹をそういう目で見ていたことありますよ?」



 細めた視線が急に丸くなって無垢なものに切り替わる。

 呆れていた時のそれよりも底が知れない感じがあって怖い。 



「あ……あぁ、そうなの。……ごめんなさい。」



「彼女が話に聞いてた〈名無し〉さんですか?

 ちんしゃぶ、じゃなくて……路久が命がけで守ったっていう。」



「そっか。ナナちゃんはちゃんと会ったことなかったもんね。

 でも、違うみたい。 彼女は――」



 HALⅡがこれまでの経緯を話す。

 プシ猫は一度だけ目を見開いたが、そのまま黙って聞き手に回った。



「このヴィスカさんの姿をした子がクリーチャー、ですか。

 私は、ゲームのシステムとかそういうのはよく分からないです。

 けど、話を聞く限り、状況はこちらが少しだけ劣勢かもしれません。」



「波留さんの言ってた【AZ血液・対策本部】を見てきたです。」



「え、本当に見にいっちゃったの? 危険じゃなかった?」



「本当にって……。

 行くって言ったですから、見に行ったに決まってます。

 そこで”湯本紗矢”らしきプレイヤーと路久らしきプレイヤーを視認しました。

 しかも、その周りには正体不明のプレイヤーも沢山。

 もう少し偵察を続けたかったのですが、パトロール隊らしきプレイヤーの他にも、キャリバータウン各地に斥候の影も確認したので、用心のために早めに切り上げたです。」



「そっか。……うん、十分すぎる情報、ありがとう。」



 言葉でお礼を言いつつtも、HALⅡの内心は弟である路久のことでいっぱいだった。


 ――諸の言う通りだった。

 紗矢ちゃんと一緒にいるってことは、彼女の古崎への復讐に協力しているのかもしれない。



「それと……さっき波留さんは襲われたんですよね?

 外見の特徴――初期型にカスタマイズが施されているアーマー――は私が【AZ血液・対策本部】付近で見かけたプレイヤーと一致してます。

 つまり……その、襲ってきたのは湯本紗矢が率いるチームである可能性が高い……」



 HALⅡを慮ってか、プシ猫は視線を外しながら遠慮がちに答えた。

 〈古崎徹〉の思惑を阻止するためにこれまで試行錯誤してきたっていうのに、恩人と弟の率いる第三勢力まで敵として現れるなんて、悪い冗談だ。



 悩むHALⅡを見かねて、彼女の背後に位置取っていた”〈笹川宗次〉”がポンと手を叩く。



「でも、あっちの目的が徹への復讐なら、俺たちは秘密裏に動いて、漁夫の利を得る方針でいけるんじゃないすかね?

 少なくとも、俺たちは『スターダスト・オンライン』を遊べなくするのが目的なんだから、その湯本紗矢たちの目的とは直接干渉しないわけだし」



 ……!? 



「うわぁ!!?? びっくりしたぁ!? いつからそこにいたの?」



「え……? いや居ましたよ、ずっとぉ! 釧路と一緒に来てたでしょうが!?」



「うそっ。全然話に入ってきてなかったじゃん!」



「えぇぇ!! めっちゃ相槌打ってましたし、時々ナイスな意見言ってたんすけど、……え、マジで気づいてなかったの?」



「…………ご、ごめん。 宗次くん。」



「――――――。」



 笹川宗次がその場で脱力して地面へへたりこむ。

 その肩をプシ猫は笑いをこらえながら二度三度叩いた。 


 


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