『その”鼻”にはそういう意味があるのか』
「起きて! 起きてってば!」
〈HALⅡ〉がその身体を揺さぶるも、〈ヴィスカ〉はピクリとも動かない。
……というより、本当にピクリとも動かない。
まるで鉄の塊を押し込んでいるような気になってくる。
ヴィスカは初期型のリザルターアーマーを着こんでいた。
戸鐘波留が提供した【スレイプニーラビット】はどこにもない。
だがアーマーがどちらだったにせよ、同じくアーマーのパワーアシスト機能がONになっている〈HALⅡ〉がその体躯を揺さぶれないわけもなかった。
そういえばつい今しがた、彼女を抱き起そうとした際も持ち上げるはずが、ヴィスカと一緒になって倒れてしまいそうになったことを思い出す。
不審に思った〈HALⅡ〉はその横たわった身体を注意深く眺めた。
「……ん?」
中世――一六世紀に活躍した甲冑・プレートアーマーを基本にして各種推進器が施されたデザインのリザルターアーマー。
ゲームシステム上、プレイヤーが第一に手にする初期型だ。
駆動系のクセはなく、連続戦闘もこなせる持久力有り、兵装に対する汎用性はゲームでもトップクラス。
けど出力は低く、装甲自体も低レベルクリーチャーの攻撃を防ぐことしか想定されていないため心もとない一部二重装甲仕様。
「でもその分、重量も低くなるわけだから……こっちが動かせないほどの重さにはならない」
寝込んだ他人の身体をベタベタ触るのは多少気を咎める。
けれど、非常事態の可能性だって高い。
〈HALⅡ〉はヴィスカの腕をとって、彼女の重みの中心がどこにあるのか探ろうとした。
そしてすぐに違和感に気づいた。
――……全部重い。
腕の全体がズシリと重く、まるで彼女だけが特別な重力下にいるように思えた。
いや、そうじゃない。
HALⅡは考え直して、今度はアーマーの質感に意識を集中する。
そもそも材質が初期型のそれじゃない。
中身まで石で出来てるのかってくらいに叩いても反響が返ってこない。
「しかも、腕部のバーニア……可動しないどころか、中は空洞になってるだけでノズルが出力機関に繋がってない!
これじゃあハリボテ……というよりロボットのプラモデルだよ」
『そうか。その”鼻”にはそういう意味があるのか。
情報提供に感謝する。主人の要望には応えたい』
――え。
つい腕に夢中になっていた視線をあげる。
けれど誰もいないし、ヴィスカも瞳を閉じたままだった。
声は彼女のものに似ていたが、響きが妙に電子音じみていて、一瞬だけ通信が入ったのかと勘違いしてしまった。
――声は一体どこから?
行方を捜して付近を見渡す。
路地裏にはNPCも寄り付かず、誰の姿もみることはできな――・
「”即応隊”チャーリー、”強化屋”付近の路地裏にて会敵。」
路地裏から差す光にゆらりと細いシルエットが佇んでいた。
影は身構えたかと思うと、ポンと間抜けな音を発して一歩だけその身を後ずさりさせる。
『スターダスト・オンライン』内における兵装の殆どを熟知しているHALⅡはそれが何の音かすぐにわかった。
ヴィスカをやっとの思いで抱きかかえ、スラスターを全開にしてその場から離れる。
直後に小爆破の黒煙が二人を包み込んでいく。
――グレネードランチャー系の兵装!!
そんなものを街中で発射したら、NPCにだって被害が及ぶ。
NPCに攻撃が加えられた場合、少なからずペナルティが――……って今このゲームには運営なんていないんだからペナルティもクソもない。
「了解。アサルター隊の到着まで、迎撃を開始します。」
無機質な声音で襲撃者はそう告げた。
――襲撃。古崎徹が支配したプレイヤー? それとも単なる〈学院会〉?
いや、前者は通信機能を使った意思疎通なんてしてなかったし、後者なら少なくとも〈HALⅡ〉という初対面のキャラに確認もとらず攻撃を加えてくるとは考えにくい。
HALⅡは爆風に飲み込まれた兵装の行方を捜すが、黒煙が邪魔してどこに弾け飛んだかわからないでいた。
武器がなければ抵抗することすらままならない。
けれど逃げるという選択肢は、今もグッタリとHALⅡのひざ元に倒れ込んだヴィスカがいるため叶わないだろう。
じゃあ、選ぶべき選択は一つしかなかった。
HALⅡは敵がいるであろう黒煙の中へと突き進む。
瞬間、こちらのタイミングを見計らったかのように特徴的な破裂音が響く。
次のグレネードがどこに着弾するかは不明。
黒煙に紛れているのか、敵影も捉えることができていない。
走り抜けた先に、〈HALⅡ〉はかろうじて見つけた足元の【ウェザーマン・防護システム】へと手を伸ばす。煙の中で見つけられるとしたら、兵装のサイズが大きいこれしかない。
不格好なままでその兵装を身体に装着する。
この兵装の元々の兵器モデルは現実にある”トロフィー”と呼ばれる飛来物用迎撃装置である。
まさに、今使うべき兵装だ。
HALⅡのアーマーと接続が確認されたことで【ウェザーマン・防護システム】は即座に起動し、同時に微細な振動をHALⅡに与えた。
刹那、HALⅡか離れた付近で小爆破が起こった。
間髪いれずにウェザーマンを投げ捨てる。
小爆破によって一瞬だけ煙が晴れた一瞬のうちに見つけた【無反動キャノン砲】へと飛びつき、こちらも狙いを定めることなく、アーマーとの接続が確認された瞬間にぶっ放す。
無反動機能を搭載したキャノン砲であれば、砲撃によるマズルのガス噴射以外にも、カウンターリコイルによって銃身の背部付近から排出される推進剤の噴射もある。
それらの風圧は辺りの黒煙を一掃した。
敵の姿が現れる。
――初期型のアーマー、やっぱり〈学院会〉?
装備している兵装をグレネードランチャー――【ハイラウンド・グレネーダー】から近接兵装に切り替えていない。
こちらの接近に対応できていない。不意をついた証拠だった。
HALⅡは開かれた視界から【フォトンアーム・クラレント】を持ち上げると、そのまま投げ出す勢いで横ぶりに剣を相手へ叩きつけた。




