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あまりにもあんまり


「いいか?早まるなよ。俺も学院会に反旗を翻すのには賛成だと言ったんだ。

 ――おい、棚にある包丁を見るのはやめろ。」



「流石に刺し殺す気はないって……」



「本当だろうね……?」



 笹川が構えていたファイティングポーズファイティングポーズを解く。

 彼はもういい。

 どちらかといえば彼女――ヴィスカに僕の正体がばれてしまったのは痛手だ。

 『スターダストオンライン』内ですらあのような操作技術と機転を魅せつけられたわけだから、そのうえ現実でも彼女の妨害が始まれば出し抜ける自信がない。

 今は彼女の純真さがそうさせていないようだが、それも時間の問題だろう。


 彼女に視線を向ける。

 微笑みを絶やさない彼女の表情は、僕の正体をきいてもまるで動じていないようだった。


 僕に握られた片腕をこちらの手ごとヴィスカは包むようにして握り返した。



「他の方には言わないことは約束します。私はイチモツさんに傷ついてほしいわけじゃありません。

 ……けど」



 包まれた手に力が入る。



「誰かが傷つくところを黙ってみていることはできません。」


 

 異なる虹彩を持つ瞳が僕の姿を映す。

 何度見てもこの瞳には慣れず、思わず目を背けてしまった。

 まったく、男が生涯で一度くらい言ってみたいセリフをこうも堂々と言ってのける女子がいるなんて……。

 しかも、彼女にはそれができる力がある。

 正真正銘、ナチュラルボーン、ナチュラルパワーで僕の研鑚したプレイテクを追い越してしまったのだから。



「それに、イチモツさんなら尚更、止めたいって思うんです」


 彼女が顔を俯かせてそうつぶやいた。

 僕がその反応にどんな言葉を返そうか考えあぐねていると、笹川が横から口を出してきた。



「戸鐘が相手しているのはクズだよ。暴力に訴えたって問題ないと思えるくらいの輩だ」



 助け船とは思わないが、ありがたく笹川の話に乗っかる。



「帰宅したってことは、出かけていたんだよな? 古崎たちのグループに会ったのか?」



 重々しく頷いてからこちらに一度目を向けると、再び笹川は僕のVRゲーム用インターフェースを弄り始めた。



「もし今日、登校していなかったら、俺は真っ先にお前がネームレスだって、古崎くん……古崎に伝えていたと思う。」



 そしてしばらくした後に、今日の放課後起こった出来事を話し始めた。



「今朝、目覚めた瞬間から俺は自分の中で何かが崩れているのを直感で理解していた。

 起き上がった際の身体の倦怠感、頭の中でモヤがかかったように思考は錆びついて、ロクなことが考えられなくなっていた。

 ”V.B.W.”(ヴァーチャルブレインウーンズ)の影響を確かめるには、須崎が出す数学の課題がわかりやすいから、起きてすぐその問題を解こうとしたんだ。

 でも無理だった。

 明らかに数式を判別する能力が落ちていた。もちろん何から何まで分からないわけじゃない。ただ、前日までは楽に解けていたという記憶が邪魔をして、問題文が読めなくなる。

 それから夕暮れまでずっと別教科の課題を解いていた。

 今日やるはずだった試験の過去問にも手をつけて、結局3割も解けなかった。

 けど誓って、俺はこの時までは誰も憎もうとは思ってなかった。

 むしろネームレス、お前から学院会の皆を守れて誇らしい気持ちがあった。

 けど、夕方になったと気づくや否や、急に皆に会いたくて仕方なくなった。

 放課後だし、きっと古崎や渡木さん、松岡や水戸、……北見さんが俺のこと心配してくれてんじゃないかって思って。」


 粛々と語る笹川に一つだけ尋ねたいことがあった。



「……Rhineチャットに連絡はなかったのか?」



 瞬間、笹川が頬を歪めて笑いをこらえるみたいに涙を流した。


 あぁ……これ多分、朝の時点から裏切られたことを察していたんだな……。



「キャラロストした俺にどんな言葉送っていいか迷ってた可能性も考えられるじゃないか!

 ……って信じたかったんだよ!

 話を戻す。もうこちとら恥じを忍んで聞いてもらおうってスタンスなんだ。

 口だすなよ、もう!」



「すまん」「ごめんなさい。私も少し気になってたもので……」



「ヴィスカさんまで……くそ。

 2-C教室についたら皆――古崎、松岡、渡木、水戸、北見さんが揃って教室にいた。何か話し込んでいて、もしかしたら俺の話をしてるのかもしれないと思って、思わず廊下で盗み聞きしてしまった。

 けど話題は、古崎が先生を説得して別クラスの男女の仲を取り持ったって話だった。」



 今日の放課後、七重や僕が参加する予定だった補講がなくなった理由でもある。

 古崎は須崎が担当する補講をやめさせ、告白の場をつくった。

 


「まぁ、俺だって一日中、俺の心配をされてもらっても逆に心が痛むというか……どっちかといえば、皆が元気なほうがよかったし、明るいムードから更に元気な俺が登場してもっと場を明るくさせるのも悪くはないと思って、教室の扉を引こうとしたんだ。

 でもその瞬間だ。水戸亜夢が北見さんに話題をふった。


『告白といえば~北見先輩はー、命を賭して守ってくれた笹川宗次にどう返すつもりでーすか? 残念ながら、今日はあの人来てませんでしたけど』


『ヤなこと思い出させないでよ。 つか、亜夢も応援してたじゃん。徹も、渡木さんも』


『えー無理無理ぃ。その通りですけどー最後の一押しは確実に北見先輩でしたよー? ですよねー先輩方?』


 水戸亜夢の言葉に渡木も松岡も古崎も頷いていた。

 北見は思いっきり項垂れて、古崎はそれをフォローするみたいに言うんだ。


『さっきの告白みてさ、人に好かれるってオレは良いことだと思ったよ。』


『ひど……。応援してやれって言ったの、徹じゃん。 私が笹川に付きまとわれたら徹のせいだからね』


『その時はオレが守るから、安心して』


『……じゃあ、いい』


 ……。 」



 …………。

 一人芝居を涙ながら演じる笹川を、僕は既に痛々しくてみていられなかった。

 ヒューマンシールドにされた挙句、北見と古崎の恋路の肥やしにされるなんて。

 そんなの、あまりにあんまりだと思う。

 僕が頭を横に振るのに対して、ヴィスカは何やら興味深そうに笹川を見ていた。


 こういう色恋沙って聞いてると背中がかゆくなるものだけど、やっぱり女子は考え方が違うのかもしれない。



「そこまで言われて、俺はようやく、裏切られたのだと理解した。

 いや古崎が裏切ったのは、機関銃座で撃たれたときから分かっていたが……北見さんや水戸亜夢まで俺のことをそういう風に思ってたなんて知らなかった」



 せ、せつねぇ……。



「水戸亜夢や北見さんに『スターダストオンライン』の存在を教えたのは俺だし、そのおかげで水戸亜夢は演劇部のエースに、北見さんは勉強苦から解放されて演劇部に戻ることができた。

 なのに、さぁ……」



 まぁ、単に紹介された程度じゃ靡かんよな。

 というか、『スターダストオンライン』の存在を知ったら、笹川の優秀な成績はそのゲームのおかげってことになって、好感度合いは下がりそうだ。

 ……それを涙で顔をくしゃくしゃにした本人に言う気にはなれないが。


 そこでふとヴィスカが制服のスカートを翻して笹川へと向き直る。

 そして一息に彼の両肩を抱いていた。



「「――!?」」



 デスクに向かって座っている笹川を、後ろから包み込むような抱き方をするヴィスカ。

 


「頑張りましたね……つらかったですね、よしよーし……。」



 子供をあやすような声音で言いながら、彼女は笹川の肩を軽くポンポンと叩く。

 何かの少女漫画でこんなシーンがあった気がする。


 丁度ヴィスカからは見えない方向、僕のいるベッドの方へと笹川が首だけ向ける。


 ――コノコ、ナニヤッテンノ?


 油が切れたロボットがごとく、カクカクと口だけ動かして彼は僕へと訴えているようだった。

 

 いや僕が知るわけがないでしょうが……。


 しばらく抱擁を続けて笹川の表情が真っ赤に染まり切ったところで、彼は「もう、だいじょぶ、です」とカタコトで告げた。



 抱擁をやめて、小休止を挟んだ後、笹川は涙をぬぐって付け足すように話した。



「でもそれがいけなかったんだ。

 古崎はこうも言っていた。

『宗次は人が好いから、スターダストオンラインを紹介しちゃうんだろうな。

 でも、そろそろ自重してもらわなくちゃ、困るのはオレたちのほうだ。

 ……スターダストオンラインは、誰にも渡さない。そうだろ、皆?』」


 

 スターダストオンラインを渡さない……。

 ネームレスから? いや、僕自身が言うのもなんだが、学院会にとって僕はそこまで脅威になり得ていたのだろうか?

 ゲリラ的に嫌がらせはしてきたが、その実感はない。

 けど、学院会にとって目下の抵抗勢力はネームレスだけだ。


 それとも……外部勢力がいる?


 こちらの思考が追いつく間もなく、笹川は続けざまに言った。



「最後に囁くように古崎はいった。


『そのためにも、邪魔なリヴェンサーをロストさせる』って」



「り、リヴェンサー? どうしてそいつの名前が出てく――」

「アキが、どうしてそこでアキの名前が出てくるんですか!?」



 笹川の発言へ僕より強く迫ったのはヴィスカだった。



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