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プレイヤーキラーの手記


                ☆


 …………。

 オレは何の変哲もない〈学院会〉の一員だった者だ。


 およそ半年前のこと。


 それなりの学院生活、それなりの友人関係、それなりの時給があるバイト先、軒並み中庸な選択を選び、当たり障りなく鳴無学院でのスクールカースト中の上クラスに並び立った。

 登校ルートから外れた箇所にあるスーパーでアルバイトし、そこで他校の女子生徒に告白されたのを機に、付き合うことになった。


 彼女と遊ぶ金欲しさにバイトを増やしたせいで勉学はおろそかになった。

 だが、見かねた友人から勧められた『スターダスト・オンライン』をプレイすることでそれは解決した。


 ゲームの中で”強化屋”と呼ばれる施設を使えば、現実世界におけるプレイヤー自身の知能まで高めることができたのだ。

 そのためにスキルポイントと呼ばれるものが必要だった。

 〈オフィサー〉と呼ばれた学院会のリーダーらしき人物についていくと、そこで女の子の姿をしたクリーチャーと遭遇した。

 彼はその怪物を殺せと銃を渡してくる。

 別段感慨はなかったため、オレはいうとおりにした。


 殺したことで得たスキルポイントを用い、病院の廃墟じみた”強化屋”の一室へいき、券売機っぽい機器から上昇させたいステータスを選択した。


 主に記憶力や認識力の強化を選択し、オレは手術台で横になる。

 機械の腕がいくつも伸びてきて、痛覚のないゲーム世界のオレに注射を差す。

 四肢はもちろん、頭にもパニックホラー映画にありそうな骨組みが剥き出しのヘルメットをかぶって注射を差された。


 ドクドクと血が流れる感覚が全身を駆け巡り、次に目を開く頃には、視界に映る全ての物体がコントラスト増し増しな絶景にみえた。

 廃墟に病院で跳び上がりたくなるような高揚感に見舞われる。


 彼女に見られたら赤面ものだが、それもどうでもいいと思えるくらいに頭がすっきりしていた。


 しかし、そんな最高の気分はゲームからログアウトすると霧散する。

 代わりにプレイヤーが手にするのは、V.B.W.(バーチャルブレインウーンズ)である。

 ゲーム内にて上昇させた能力は現実世界でもある程度まで反映される。



 簡単な予習くらいでそれなりの成績を出すことができた。


 ……けれど、オレは別に天才になりたいわけでも、誰かにちやほやされたいわけでも、これといって成し遂げたいことがあるわけでもなかった。


 もしスターダスト・オンラインがなくなって強化された能力が消失しようが、そこまで危機だとは思わない。

 他の〈学院会〉の連中は、スターダスト・オンラインを使ってそれぞれの目標を成し遂げようと必死になっている。

 脆い連中だと思った。


 案外、〈オフィサー〉という学院会のリーダーはそういう輩ばかりを選んで、このスターダスト・オンラインをプレイさせているのかもしれない。

 そう考えた矢先に、一人のプレイヤーから専用のメッセージが入った。


 ”他言無用。

 プレイヤー名〈ニアンニャンEU〉を殺すこと。

 前金は振り込み済み。

 倍の額を報酬として支払う。”


 翌日、およそ高校生が持つべきではない額の金がバイト先用の口座に振り込まれていた。


 そしてゲーム内では、街を出ないことで意味を為していなかったリザルターアーマーの上位互換品が所持品に追加されている。

 依頼者の贈り物らしい。

 兵装として予め装着されていた【クローズ・ティルフィング】と呼ばれるロングバレルハンドガンだった。

 北欧神話の呪いの剣が由来であるそれは、バレルの先に伝導コイルのようなものが括りつけられている。

 拳銃の引き金に指をかけることでコイルは熱を帯び、オレンジ色の煌めきを伴って、触れるもの全てを消し炭にしてしまう効果があった。


 遠目からみれば聖火ランナーの持つトーチのように見えるかもしれない。


 【クローズ・ティルフィング】は更に愉快な効果を持っている。

 この銃は接射することが前提でつくられており、発射される弾丸には対ソフトスキン用の炸裂銃弾が装填されていた。


 つまり、伝導コイルの先で銃口を打っ刺したあと、引き金をひいて内部から対象を殺してしまえ、という意味らしい。



 〈ニアンニャンEU〉と呼ばれる女性プレイヤーは、同じく〈学院会〉に所属する仲間だった。

 本名が”瀬川遊丹”であることも把握済みだ。

 どうして依頼主が彼女を殺させようとするのか、オレには詳細がわからなかった。

 現実世界でも同じクラスだった彼女の印象は、明るく天真爛漫、他人から恨みを買うような性格には見えず、あと気になるとすれば”釧路七重”という女子生徒と異様に仲がいいことくらいである。


 依頼はもちろん引き受けた。


 たかがゲームの中での殺人で大金が手に入るなら、美味しすぎるアルバイトである。

 ……瀬川遊丹を殺すまで、オレはそう思っていた。



 彼女を”釧路七重”の名前を出してキャリバータウンの居住区へ呼び出し、NPCの群れに紛れながら親友の姿を探している彼女の背中へと【クローズ・ティルフィング】を突き立てた。

 ゲームシステムのことは良く分からない。

 だが、〈学院会〉のほぼ全員が装着しているリザルターアーマーは、ゲーム開始時のそれとまったく同じである。

 故に、”エピック”クラスのレア兵装である【クローズ・ティルフィング】は、容易く彼女の装甲を突き破った。

 


「……あれ? 何これ。 画面が真っ赤」



 襲撃をうけた瀬川遊丹の第一声がそれだった。


 今にして思えば、彼女の反応は当然だといえる。

 街を出ないが故、〈学院会〉に所属するプレイヤーは戦闘によってダメージをうける機会がまったくないのだから、ダメージを受けたときの演出さえわからない。


 だがその時のオレは、彼女の間の抜けた声に安心感を覚えていた。

 やはりゲームの中での出来事だ。

 それを再確認して引き金をひいた。


 鈍い爆発音とともに瀬川の身体がひしゃげて地面に転がる。

 ゴア表現が必要な箇所はシステム上、光によって遮られているが、事情をよくわかっていない瀬川遊丹の動揺が生々しく視界に映る。



「な、なんで倒れてるの? 気持ち悪っ、……えと、いやライフゲージなくなるって言われても何もできない、し……。」



 何かと話している様子だった彼女は、腹部の一部が崩壊して仰向けのままくの字に身体が曲がっていた。

 ここにいるのがNPCでなかったらプレイヤーの悲鳴が上がっていたかもしれない。



「ちょっと、やめてよ! ナナの仕業? あたし暗いのはそこそこ苦手って言ってるじゃん! 

 あーもう、ライフがないとかわかんないってば! 静かにしてよ。」



 アーマーの音声ガイドに対して文句を言ってる彼女に噴き出してしまいそうになった。

 けど、ずっとその場にいるとオレがやったと気づかれる可能性がある。


 適当なNPCの群れへ紛れて行方をくらます。

 その最中に想定外の人物が目に入った。



「遊丹!!!!」



 瀬川遊丹の名前を叫びながら”月谷芥”のプレイヤーキャラクターが走ってくる姿が見えた。

 月谷芥は彼女を抱きかかえて、必死の形相で何かのアイテムを使おうとする。

 だが、瀬川遊丹の無残な姿が変化することはなく、数秒と経たずに彼女は”キャラロスト”の状態に入ってしまう。


 何をそんなに慌てている? 

 鳴無学院の生徒会長である月谷芥が、ゲームごときに執心しすぎじゃないか。


 そう思った瞬間、月谷芥は言葉にならない叫び声をあげていた。

 脱力している彼女の身体を何度も抱きしめて「必ず助ける。」と連呼する。



 まさか会長と瀬川遊丹がそういう関係とは、思わなんだ。

 話題のタネをチップ代わりにいただいてそのままオレは逃げ遂せ、ログアウトを果たした。

 所謂、ゲームの中での暗殺は良い暇つぶしに思えた。

 緊張感があるし、殺し方を練るのもなかなか楽しい。

 何より、学院内一の有名人である月谷芥の、意外な一面を見れたのが溜まらない。


 興奮冷めやらぬ気持ちを抱いて夜を明かした翌日。


 瀬川遊丹の不登校が始まった。

 月谷芥は、すぐさま生徒会長を辞任して別の生徒に任せると、彼もまた学院に登校しないことが多くなった。


 数日後に〈学院会〉内で立った噂はこうだ。

 瀬川遊丹はV.B.W.と呼ばれる脳のダメージによって意識不明に陥った、らしい。


 『スターダスト・オンライン』のベータテストで起きた事件を知っていれば、誰もが瀬川遊丹昏睡の原因がそこにあると思い至る。

 オレもそうだ。

 彼女の背中を刺した両手が震えて止まらなくなった。


 だが、同時に心の底から噴き出してしまいそうになった。

 彼女はあんなに間抜けな顔を晒して、意識不明の重体に陥った。

 月谷芥はいつもの毅然とした態度を崩して涙目になりながら彼女を抱きしめていた。

 

 それに、彼女の親友だった釧路七重が授業の途中で泣きだしてしまうのもおかしくって馬鹿馬鹿しい。

 それを全部オレがしてやったのだと思うと、罪悪感よりも誇らしい気持ちが勝ってしまう。


 キャラロストさせるのは楽しいことだ。



 その後も依頼は何件か来た。

 オレは金額も見ないまま、全て引き受けて何人かの〈学院会〉メンバーを秘密裏に殺して回った。

 瀬川遊丹のような意識不明者は出なかったが、キャラロストしたことによって天才でなくなったプレイヤーが現実世界で取り乱す姿が愉快だった。


 プレイヤーキルの責任は全て、〈学院会〉に反旗を翻す一人のプレイヤー〈ネームレス〉に押し付けることができたため、誰一人としてオレが犯人だと気づく者はいなかった。


 ……それから半年の月日が流れ、いよいよ殺害数が二桁の大台に乗る頃になって依頼はまったくこなくなってしまった。


 口座に振り込まれた大金は全て、付き合っていた彼女のために使っていたため、オレ自身はそこまで困らないが、プレイヤーキルができない状況はオレを苦しめた。


 それに、ここ数日間は〈ネームレス〉の動きが活発になり、やがて”戸鐘路久”が正体であるという噂が流れ始めた。

 オレにとっては今までの行いを全て彼に押し付けることができるため、好都合ではあった。 

 だが我慢の限界がきていた。

 

 今日の昼休み、月谷芥は〈学院会〉を多目的ホールに集めると、二度と『スターダスト・オンライン』へログインしないように警告してきたのだ。

 しかもその横には、殺したはずの瀬川遊丹まで立っている。


(本当に助けたのか……!?

 ってことは、オレはオマエら二人の間をより親密にするための端役になったってこと?)



 心底プライドが傷つき、オレは戸鐘路久が連れてきた元〈学院会〉の暴徒とともにひと暴れしてやろうかとも考えたが、グッと堪えて今夜のログイン時間まで耐え抜いた。


 そんな殊勝な自分へのご褒美として、今日は依頼抜きでプレイヤーをキルして回ろうと考えた。

 なにせ、このままではログインしない連中が現れてしまうかもしれないのだから。

 勿体なさすぎる。



「ゲームをやめてしまうならいっそ、オレが殺してやるべきだね。」



 設定しておいた時計のアラームが鳴って22時を廻ったこと知らせてくる。

 オレはすぐさま『スターダスト・オンライン』用の端末を頭にはめ込むと、ゲームへのログインを開始した。



「決めた。 誰彼構わず、視界に移った最初の一人を殺そう。

 【クローズ・ティルフィング】で足をもいで動けなくさせて、それからV.B.W.が無くなると脅したあと、殺さない約束をした瞬間、頭を爆発させよう。」



 さぁ。さぁ。さぁ!

 早くオレをキャリバー・タウンにおろしてくれ。


 そしてプレイヤーキルさせてくれ!


 ん、なんだこのテキストメッセージは?



 ≪”バトルロイヤルモード【Dust To Dust】作戦が開始されます。参加しますか?(しない場合はバトルゾーン外に強制退出させられます)≫



「バトル、ロイヤル!?

 殺し放題ってことか? 最高じゃないか。 もちろん参加するとも。」



 ”参加”のテキストメッセージを選択するとようやく、見慣れたキャリバー・タウンの街並みが視界に現れた。



「一人目の犠牲者は誰だ? お前の天才としての人生を終わらせて――――――」



 や、る?

 


 街並みが一瞬にして反転する。

 否、反転どころか幾度も幾度も回転してグルグルと天地が逆転した。

 身体のバランスをとる必要はなかった。

 

 なにせ、たまに見えるオレの身体はしっかりと地面に足をついていたからだ。



「……誰かは知らんがすまないな。 〈古崎徹〉にキミを操らされるわけにはいかないんだ」



 銀色の両翼ユニットが羽根を散らして小さな稲妻を走らせていた。

 こちらに問いかけた男は大剣の汚れを払ったあと、手早くどこかへ消えていく。

 その姿はまさしく天の御使いと呼べるもので……オレはそいつが誰だかよく知っていた。

 



 り、〈リヴェンサー〉……。


 

 声すら出せないまま、オレはキャラクターをロストさせられていた。


                 ☆

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