血塗の騎士は語った
☆
「『スターダスト・オンライン』……。」
圭吾の呟きが勝見にまで聞こえてくる。
スマホでソーシャルゲームを弄る程度の知識しかない勝見であっても、その”問題作”のことは知っていた。
たしか、3年前に発売中止で騒がれていたヴァーチャルリアリティのゲームだ。
ゲーム発表当時、VRと略されるそのジャンルは、まるでもう一つの現実を生きるかのような体験をさせてくれる革新的な娯楽だとテレビのワイドショーでも取り上げられていた。
試遊するリポーターがプレイした余りの興奮で語彙力皆無な解説をしていたのを思い出す。
中年男性だった名物リポーターは、その世界だと長身やせ型の王子様チックな見た目で「わぁ! 目線が高い!腰が軽い!」だの騒いでいた。
しかし、その感想だけ聞いて、当時出産後のプチダイエット中だった自分はかなり羨ましく思った。
けれど、そういったリポートの後、画面がスタジオに切り替わって開始されるのは専門家やコメンテーターによるVRゲームの批判だった。
――バーチャル・ブレイン・ウーンズ。
仮想現実が現実世界の肉体や精神にギャップを生み出し、生活に支障を与える影響を差すとか何とか。
勝見からすれば、あまりにも自分から遠い先進技術だったこともあって、ゲームを開発している一人の女の子(?)がコメンテーターから失礼な物言いをされているのを見て気の毒に思ったことが何度もある。
その女の子はやがてメディアへの露出をしなくなり、それすらもマスコミは批判して「後ろめたいことがあるから」だのなんだの言いふらしていた。
――「そりゃあ自分が情熱注いでるものが批判されるんじゃインタビューもされたくなくなるわ。そうよね?」
勝見が近所の奥さん方へとその疑問を告げたまさにその時、事件は起こった。
テレビの上部、緊急ニュース速報のテロップで
”『スターダスト・オンライン』テストプレイ中に3人が昏睡状態に陥り、内一人は救急搬送後に死亡。”
そう表示された。
マスコミは水を得た魚のように毎日”ゲームの悪影響”を放送する。
矢面には散々、開発者である女の子――戸鐘波留の名前が現れ、報道クルーの強引なインタビュアーから無言で去っていく彼女の姿が報道された。
彼女は一言も弁解しようとはしなかった。
……見ていて痛々しく思って、勝見は一時ワイドショーを見ることが嫌になり、特に興味もないメジャーリーグの放送を見て、単身アメリカに渡った大仁田投手のファンになった。
そんなスターダスト・オンラインと古崎グループに何の関係があるのだろう?
首を傾げる勝見の問いにモニターに映った騎士が答えた。
『その表情を見る限り、ゲームのことは忘れていないようですね。
まぁ、多大なる出資から、多大なる被害損失、古崎グループの経営が一時でも傾きそうになった原因でもあるこのゲームを忘れていては今頃グループは存続すらしていないでしょうが。
外資系企業の国内進出を斡旋してきた古崎グループは、あろうことか、自身がお膳立てした企業の一つに吸収される危機にあった。
その危機に立ち向かうために打ち出された事業が、”スターダスト・オンライン”。
……そこのご婦人は古崎グループとスターダスト・オンラインに関係があると知らなかったようですが、意図的に古崎グループは自身が出資する企業であることをダミー会社を利用して隠蔽したのです。
外敵からその存在がバレぬように。』
古崎グループはスターダスト・オンラインのスポンサーだった。
外敵、つまり古崎グループを吸収しようとする別企業に古崎が過剰出資していることを知られたくなかったから、メディアにも公表されることはなかった……と。
……って言われてもやっぱりわからない。
結局スターダスト・オンラインは発売中止となり、もう世間じゃ話題にもなってない。
『発売中止となったスターダスト・オンラインは、古崎牙一郎の権限により、一人の少年の遊び場として解放されていました。
その少年が、古崎徹です。
……さて、ここからはお二方も知り得ないことかもしれませんね。
――彼はスターダスト・オンラインというVR空間にご学友を集めて遊んでおられました。
それはとても危険な遊び――、単刀直入にいえば人間の心を使った実験です。
V.B.W.をご存知でしょう?
スターダスト・オンラインにて上昇したゲームキャラの能力は、一部、現実世界のプレイヤーにも影響を与える。
これを使って古崎徹は、一般生徒を疑似的な”天才”に作り替え、彼の通う進学校・鳴無学院の名声を更に高めていました。
けれど、それだけにとどまらず、彼は裏で一つの事件も起こしていた。』
「事件……?」
声をあげたのは古崎牙一郎だった。
今にも意識を失いそうな眼光の弱い眼を薄く開き、モニターへと目を凝らしている。
一方で古崎圭吾は眉間にしわを寄せて、口を開閉させたが、息を飲み込むときつく口を結んだ。
『とある生徒数人のV.B.W.を、彼は意図的に消失させたのです。』
「…………え、消失? 消失ならいいんじゃないの? 傷跡がなくなるってことでしょう?」
……あ、しまった。
おしゃべり好きな性分がこんなところで出てしまった。
慌てて口を閉じ、抵抗する気がないことを首を振って伝える。
でも、あまりに衝撃的な事柄が出てきて少し話に追いつけていない。
あの名門・鳴無学院の優秀な生徒たちがゲームによって生まれた、そうモニターに映る騎士は告げている。
『ご婦人、字面だけならその認識で合っています。それに、解釈次第では”元に戻る”ということも正しい行為だ。
けれど、鳴無学院の”天才”たちにとってV.B.W.とは財産のようなものです。
思考力、記憶力、運動神経、精神の安定、およそ平均的な能力を上回るには、VRゲーム内に存在する”強化された仮想世界の自分”に、脳の状態を近づける必要がある。
だからこそ、彼らは自ら望んで脳に傷をつけるのです。
それを、古崎徹は意図的に消失させた。』
「……。」
そこまで説明されてようやくわかった。
つまり、V.B.W.が無くなった生徒は、天才じゃなくなる。
けど、それだけじゃないんだってわかる。
天才として築き上げてきた人間関係や環境、地位、あるいは自分のアイデンティティすらも彼らは奪われることになる。
……柊木さんの息子さんは、数日前から学校を欠席しているそうだ。
”野球部の大会を控えた大事な時期に、キャプテンである息子さんが無暗に休むとは思えない。理由を知らないか?”
柊木さんの奥さんは、昨夜、ノイローゼ気味にあたしへ相談してきていた。
……そんなのあたしには見当もつかない。奥さんもわかっているはずなのに、おそらくどうしようもなかったから、誰かに話を聞いてもらいたかったのだろう。
関係があるのかはわからないが、息子さんが鳴無学院で野球部の”天才捕手”と呼ばれていた以上、関わりがまったくないとも言い切れない。
『彼は、それを見せしめとして、鳴無学院の生徒を脅迫しようとした。
……ねぇ?
やはり”古崎”の手口は、どの場合であっても同じ。
――外道のやり口だ』
モニターに映った真っ赤な騎士は、突如眩い白光に包まれる。
次の瞬間、画面に映り込んだのはモニター越しでも伝わってくるほどの熱量が込められた刀剣だった。
そして突如画面は切り替わり、……勝見は流れた動画に言葉を失った。
それは編集された一部を切り出された動画であり、何もない暗室に閉じ込められた無抵抗な少女が銃器に撃たれ絶叫する殺害ビデオだった。
『古崎徹の罪を、古崎牙一郎の罪を。』




