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〈ロク〉は知らぬ間に人々を震え上がらせた。


               ☆



「えーと、僕はこうやって突っ立っているだけでいいのか?」



 物言わぬ亡霊プレイヤーへと確認を取るも、彼らは頷きもしない。

 ただ無表情のままで僕をじっと見つめている。


 これならアーマーのフェイスガードを取らずに顔を隠しておいて欲しい。

 スターダスト・オンラインでプレイヤーの分身となるキャラクターは、それなりに感情表現が豊かだ。

 どこかむず痒い感覚をプレイヤーが感じただけで、キャラの表情は微細に変化する。

 だから、現実世界よりも人は素直な顔で人と接しているかもしれないとさえ思う。


 けれど目の前のプレイヤーは頬肉を1mmも動かそうとしない。

 瞳は虚ろだが眉間は強張って怪訝そうな眼差しを向けている。


 ……仮に本物の幽霊がいるなら、終始こんな顔しか向けられないのかもしれない。

 心霊系の特番を思い出して背筋がゾクリとする。



 一方ですこぶる感情豊かな湯本紗矢がサムズアップして答える。



「イイッスよ~最高に決まってるッスよ、ぱいせーん。

 じゃあキミ、ちょっと脱いでみよっかー♪」



 なんだその如何わしいカメラマンみたいなノリは。

 ついさっき復讐する云々真面目なテンションで言ってたヤツとは思えないぞ。



 約10分前。


 僕らは結局、【ブルーエンドリニアライン】を逆戻りする形で【キャリバー・タウン】へ帰還しようとしている。

 そんな道中、湯本は「あっ」と声を上げた。


 雑魚クリーチャー除けとして部隊の先頭に立っていた僕が振り向くと、彼女は丁度仲間の所持アイテムをチェックしている真っ最中だった。


 数えると30人ほどいた亡霊戦闘員(仮名)の兵装はあらかじめ僕が確認済みである。


 元テストプレイヤーのログデータを流用した彼らの装備は、同じ初期型アーマーでありながら豊富なカスタムパーツによってどれも個性的な性能に作り込んであった。


 大型マシンガンやライフル、及びロケットランチャー類をメイン兵装にセットしているプレイヤーなら、火力を活かし、重装備による機動力不足を補うために支援機として後方へ就かせられる。

 逆にカービン型、PDW、小型ミサイルポッドを詰んでいるプレイヤーなら中距離から後衛の間に入るインターセプターとして運用が可能。


 

 難しいのは特化していない”ソロ”プレイヤーの装備をした者の配役だ。


 なんだか自分のことを言ってるみたいで心苦しいが、ソロプレイヤーだと全部自分で賄わなきゃいけない分、兵装やカスタムパーツが全てオールラウンダー気味に作られているのだ。


 近接戦闘もできます。

 中距離射撃もできます。

 遠距離に対応する術もあります。


 でも戦闘中にサポートしてくれる味方がいないので、回復する暇がありません。

 一撃喰らったら複数のクリーチャーからタコ殴りに遭います。

 だから全ての攻撃を避けます。

 避けるのが前提なので装甲は薄く、重量を下げて機動力重視にします。”



 とまぁこんな感じだ。

 一言でいえば、布の服を着た器用貧乏職。


 どうしてわかるかって聞かれたら、きっと僕だって同じようなカスタムにしたからだ。

 

 仮に、僕が期間限定のベータテストを遊んだとして、独りでもなんだかんだ攻略可能なゲームなら、絶対にソロプレイを選ぶ。

 複数人でパーティを組むための待ち合わせ時間はもちろん、ゲーム内で知り合ったフレンドが飯・学校・仕事の関係で一時的に遊べなくなって攻略が間に合わないって事態を避けられるからだ。


 パーティプレイ前提のカスタマイズをしたら、それはつまり、他人頼りなプレイにならざるを得ないってこと。


 そんなことになってみろ?

 ミスって自分の役割が果たせなかったときとか、パーティ内がギスギスするわけだ。

 挙句には、もうソロプレイヤーとして引き返せないくらい味方サポート用に育成したキャラがパーティ追放されて惨めな想いをする。

 そうなるに決まっているっ。


 うん、だから最初からソロプレイヤー用にアーマーをカスタマイズする気持ちはよくわかるのだ。

 

 ……けどやっぱ、複数人で部隊組むとどこに配置すればいいか、すっごい悩むんだよなぁ……。



 閑話休題。


 そんなことを思案していたら、湯本は僕の横について何かアイテムを取り出す。



≪プレイヤー名〈サヤ〉が【デザインアイテム・レッドスプレー缶】を貴方に使おうとしています。 許可しますか?≫



 HUDに表示されたメッセージに、意味もわからないままYESを選択すると、湯本の手には大き目のエアブラシっぽい道具が出現し、真っ赤な塗料を僕の顔面目掛けて吹き込む。



「な、何するんだよ」



「塗装ッスよ。

 ここにいる皆、似たようなアーマー使ってるから判別しづらいんス。

 我ら亡霊部隊のエース機にはそれなりに目立つ姿をしてもらわなきゃ困るッス。

 なにせ亡霊っすからね~、おどろおどろしいデザインにしなければなるめぇよ。」



「なんで最後だけ江戸っ子? 口調ぶれすぎだろ、オマエ」



「そんなこと言ったって、もうパイセンにはどっちのあたしも見せちゃってますし、どういう風に接すればいいか分かんねぇんスよ~……」



「あぁ。そういうことか、すまん。

 後輩口調も真面目な毅然とした口調も、どっちの湯本も好きだから、話しやすいほうにしてくれ。」



「あいや承知仕った。」



「江戸っ子通り過ぎて歌舞伎っぽいなっ?」



「……っとこれで終わりッス。

 なかなか”アベンジャー”っぽくできたんじゃないッスかね?」



 話す間にこちらのアーマーの塗装が終了したらしい。


 ≪エディチタニウム塗装が終了しました。 

 ボーナス付与:近接兵装に対する耐性+1≫



 僕の視点からでは全形を見ることはできなかったが、湯本のフェイスガードに反射した自分の姿をみて一瞬だけビクつく。


 塗装が下手なのか、それとも狙ってやったのか、フェイスガード付近に濃い赤色がべったりと厚塗りされ夥しい量の血痕が跳ねたようになっていた。



「じゃあ記念撮影するんで、そこに座って兵装のチェックとかしといてください」



 ………………。

 ……………。

 ………。

 ……。


 そう言われて今にいたるわけだ。

 湯本は一人の亡霊プレイヤーのにSSスクリーンショットを撮るように命令したため、僕はそいつとこうして向かい合ってる。


 一体何枚撮っているのだろう?


 ひょっとして動画で残しているのだろうか?

 


 湯本に言われた通り、亡霊プレイヤーから預かった近接兵装【試作型オーバーロード・ソルディ】を取り出して眺める。

 一応、レアの部類に入る剣型の兵装だ。

 名称こそカッコいいが、無理やり和訳すると”色々超越したはんだごてブレード”という意味になる。


 この兵装の面白いところは、セットに冷却水が内臓されたの鞘が付くところだ。

 なんとこのはんだごてブレード、抜き身のままだと自動的に出力がオーバーフロウしてしまい、刀身が溶け出すらしい。

 過剰出力のため威力は申し分ないが、居合術がごとく使用したらすぐさま刃を鞘に納めて刀身を冷却する必要がある。



 ……なんか、こうやって兵装チェックしてると僕って塗装のデザインと相まって殺人鬼っぽく見えるかもしれない。

 熱されたアイロンを凶器に殺そうとしてくるパニック映画とかもあったし……。




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