巨人。
古崎徹は【スティングライフル・オルフェウス】と命名されたライフルを片腕で構える。
照準器によって狙いを定め、あとは【ジェネシス・アーサー】へ引き金を引くだけの状態までいくが、突如それを下ろした。
さっきまで瀕死状態だったアーサーの体力が回復して、今にも立ち上がらんとしていたのだ。
彼は【ジェネシス・アーサー】の目の前まで歩み寄ると、あろうことかそこにしゃがみ込んだ。
アーサーの装着しているフェイスガードにヴィスカの顔が映り込む。
「【アリアドネ】。」
ぽつりと古崎が告げた一言に呼応して、古崎の背から伸びた八つの蜘蛛足の先から手のひらほどの大針が射出された。
飛翔する針群はアーサーから外れてその後方へ着弾し、地面に斜めから起立する。
「そのまま起動だ。」
瞬間、蜘蛛足と大針の間に稲妻が生まれ、その間にいた【ジェネシス・アーサー】までもその閃光に貫かれた。
稲妻が直撃した付近の武装が軒並み爆破して損壊する。
アーサーはまたしても地に顔を伏せるほかなかった。
大口径であっても弾速に乏しい【オルフェウス】と比べ、八つの蜘蛛足【アリアドネユニット】から放出された稲妻は、分厚いフェイスガードの装甲を黒く焦げさせて剥がれ落とす。
今度こそ再起不能に陥ったアーサーは最早ぴくりとも動かない。
「これから俺が使う身体なんだ。
できれば傷物にはしたくないんだけど、オルフェウスの弾が通用しないなら仕方がない。」
装甲の剥がれた箇所に銃口を突きつけ、古崎は再度引き金をひこうとした。
『どうして僕を撃たない?
お前のターゲットにはクリーチャーも含まれてるってことだろ?
ヴィスカのキャラを人質に取られれば、僕は避けることができない。
僕をその銃で撃てば抵抗する余地なんて生まれもしない。』
思い留まらせるために僕は古崎へ問う。
無意味な時間稼ぎだということは承知している。
けれど、ただ目の前で【ジェネシス・アーサー】が古崎徹の手に落ちるのも許せない。
……ヴィスカを人質取られたら何もできないが。
「さっき言ったろ?
楽しめると思ったからさ。
彼女のためにキミはどこまでやれるのか、俺は一番安全な位置で見物できるからね。
――そうだ。 キミが撃つといい。」
古崎がこちらに【オルフェウス】を投げつけてくる。
本来なら人間用の兵装をクリーチャーである僕が装備することはできない。
だが、アップデートコンテンツによって、それは可能になった。
僕の手に、サイズが二回りほど足りていないライフル銃が出現する。
だが引き金自体は引けるように、銃器は若干デザインが変更されていた。
「もちろん、撃たなければ彼女をロストさせる。」
『……ゲス野郎が。』
「それくらい反抗的な目を向けてくれたほうが心地いいな。」
古崎は空の手に鉤爪を装着すると自身の喉元にそれを押し当てた。
ヤツがわずかに力をこめれば、その喉笛は簡単に引き裂かれるだろう。
……冷静になれ。
【ジェネシス・アーサー】の中にいる〈名無し〉はこれに撃たれたところで消滅するわけじゃない。
〈ヴィスカ〉が人質に取られているように、〈名無し〉もその一人に加わる。
……少なくともヴィスカも名無しも、どちらも助けられる可能性は残されるってことだ。
僕は【ジェネシス・アーサー】へとオルフェウスを向けると、そのまま引き金を引いた。
〈名無し〉がどんな目で僕を見ていたか、目を背けた僕にはわからなかった。
【スティングライフル・オルフェウス】の弾丸はアーサーの眉間へと確実に突き刺さり、そのまま巨躯は腹ばいではなく、完全に脱力して横たわった。
一瞬だけロストを疑ったが、僕の背後で古崎が歓喜の声をあげる。
「あぁあぁぁ、広がる! 広がるぞ、見える世界が広がっていく……!!
――思った通りだ!!
やはり人間って生き物は現実世界の脳みそじゃ賄えないほどの思考能力を秘めている!!
ジェネシス・アーサーの器のおかげでそれが実感できる!!」
ヴィスカの身体で目をひん剥きながら、古崎徹は歓声を奇声に替える。
そして次の瞬間、僕の身体に影が差した。
振り向くと、さきほどまで四足で走行していたジェネシス・アーサーが後ろ脚の2つで直立していた。
巨躯は更に天に近づいてこちらを見下ろしている。
アーマーに身を包んでいるせいか、最初からその姿が本来のものだったかのような佇まいだ。
最早、獣というよりも巨人と称したほうが適しているかもしれない。
「まぁ気に止むなよ、〈ロク〉のダミー。
今俺が〈名無し〉の記憶を確認した。
はっきりいってこれはお前らと同じダミーと呼べるものじゃない。
記憶じゃなくて”壊れたビデオテープのようなもの”だ。
俺たち〈学院会〉に殺されて、〈名無し〉は何度も助けを乞うて、プレイヤーを憎悪し、絶え間ない苦痛の日々に絶望した。
その繰り返しが【ジェネシス・アーサー】に残っていただけ。」
上機嫌に戯言を吐くその口を、今すぐにでも火球で塞いでやりたかった。
どうしてこいつは、平気で人の苦痛を些事だということができる?
まして、その苦痛を与えた張本人が……!!
「フフ、今すぐにでも俺を殺したいって感じだな。
ジェネシス・アーサーの身体ってのは便利だ。
周囲にいる生体の鼓動までも細かく観察できる。
だが、喜ぶべきだ。
俺がジェネシス・アーサーを支配したことで”NPC”を守るという目的は達成されたんだろう?
――さぁ、キャリバータウンに凱旋といこうじゃないか。」




