クリーチャー・カスタム
☆
――[Stardust Online Ver.1.2 ”Dust To Dust.”]。
スターダスト・オンラインがアップデートされたのか?
いや、アップデートされたからって、今この状況に説明はつかない。
けど、この一人称の視界に表示された電子的フレームやフォントが広がるディスプレイは紛れもなく、リザルターアーマー装着時に現れるHUDだ。
いくらかアーマー管理用の計器が足りていないが、真っ先に目に入った人体簡略図はしっかりと【モルドレッド】の形をしていた。
けどその図によるとこの身体は既にどこかしこもダメージが酷いらしく、重傷を表す真っ赤な点滅がこちらを更に急かしてくる。
背中に伝わる【ジェネシス・アーサー】の巨腕の重みは徐々に力を増していて、このままだとじきに上半身と下半身が離別することになるだろう。
そうだ。【設置型16mm大口径機関銃QM640】……。
目の前に転がる兵装にはしっかりと説明書きがなされている。
ということは――。
こちらの意思に沿うようにメニュー画面が開き、兵装のセッティング画面に移った。
【ジェネシス・アーサー】はこちらの身じろぎすら目敏く察知して、もう一方の巨腕を地面に押し当て、砲塔を使うための予備動作に入った。
自爆の恐れも顧みず、この至近距離で確実に僕を仕留める気だ。
一心不乱に手を伸ばして機関銃を装備せんとひたすら這って身体を伸ばす。
痛みはなくとも、身体がずるりと引きちぎれるかのような気持ち悪い感覚があった。
まるで自分がゾンビにでもなったかのようだ。
それほどまでに身体が”火球”の帯熱によって熔け始めているのだ。
けど、このまま抵抗もなしに終わるのは絶対に嫌だ。
『届い――!!』
伸ばした腕が機関銃にかかりそうになった。
だがその瞬間、目の前の大地が爆破によって抉られ、機関銃はあっけなく四散してガラクタ同然となった。
【ジェネシス・アーサー】が砲塔を使ったのだ。
しかも、僕に命中させるわけでもなくただ【16mm大口径機関銃QM640】を破壊するためだけに。
ただ惨めに藻掻くこちらの希望を絶つように。
『……それが望みか!!』
吐き捨てる。
この【ジェネシス・アーサー】にはヴィスカの切り捨てた神経系情報が宿っている。
それはつまり、この化物は彼女の恨みつらみを果たすためだけにプレイヤーを嬲り殺そうとしている。
……逆を問えば、ヴィスカ――〈名無し〉という少女の願いは、この怪物が願うプレイヤー殺しでもあるということになる。
この【モルドレッド】の身体になって、僕が彼女に望んだことは身勝手にこのスターダスト・オンラインの世界を荒らすプレイヤー・〈学院会〉の抹殺だった。
眼前の化物は、僕の願った通りの彼女の願いを実行に移そうとしている。
でも、これは〈ヴィスカ〉自身の願いじゃない。
彼女はただ平和なスターダスト・オンラインを欲した。
誰も悪意を向けることなくゲームそのものを楽しめる世界がいい、と。
目の前の武装がなくなったくらいで絶望なんてするものか。
開いたままになっていたメニュー画面から所持アイテム欄を開く。
そこで装着・あるいはカスタマイズが可能なものを片っ端から選択して、自分の身体へと適用させる。
いくつかアイテムが表示されたが、内容を確認する暇はなかった。
腕に何かを物体が転送されるのを感じ取ったと同時に、背を踏みつける【ジェネシス・アーサー】の巨腕めがけて叩きつけた。
「■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
相手が怯んだ隙に腕の力だけでその場から退避する。
相当なダメージを与えたらしい、【ジェネシス・アーサー】は大きく仰け反って僕から距離を取った。
しかしこの状況で一番驚いているのは僕だ。
一体何がここまで奴を”噛んだ”のか?
苦しむジェネシス・アーサーを余所に、僕は自分の手に持っていた兵装を確認した。
『【フォトンアーム・クラレント】……。』
HUDに現れた名称をそのまま読み上げる。
歪な剣だった。
殊、無機質な鉄の武器に囲まれた世界において、その剣はまだ生物としての息を感じさせるような野性味に満ちていた。
粗削りされた不格好な刃は、宝石のオパールが発する遊色を輝かせ、その輝きが【ジェネシス・アーサー】の血痕とまじりあってペールブルーに染まっていく。
クラレントって名前はたしか、円卓の騎士・”モルドレッド”の所持していた剣で有名だ。
ってことは……なるほど。
この身体の爪やら胸部やらが欠けるたびにその破片をクラフトアイテムとして拾っていたのが功を奏したらしい。
さっき適当にアイテムを装着した際にクラフト機能で【フォトンアーム・クラレント】をつくってしまった。
これって要は、僕を素材にしてつくる兵装を、素材元である僕自身が使ってるってことなんだよな。
……なんか複雑だ。
ともかく、レアなクラフト素材を集める癖のおかげで目の前の窮地は脱した――わけじゃないな。
結局、身体が動かないんじゃ、至近距離で使う剣の兵装なんてあっても意味はない。
「ア”ァ”ア”ア”ア”ァアアァァア”ア”ア”ァァァアアアア!!」
体勢を立て直したアーサーは離れた距離のままでまた射撃姿勢に入る。
そりゃあそうだ。
あっちにとっては単に嬲り殺すためだけに僕に接近していたのだから、近接戦が危険だと分かれば遠距離での撃ち合いに持ち込むのは当然。
『……あれ、撃ってこない……?』
【ジェネシス・アーサー】の回転式レンズフィルターが頻りに回転を繰り返している。
オマケに砲塔まで回転させて、ついさきほどまで僕に向けられていた銃口が明後日の方向へ逸れていく。
……僕の姿が見えていない?
何かの隠蔽機能が働いた? それとも敵のミスか?
いや、……そうだ。そうだよ。
恐る恐る自分の肉体を省みる。
今まで溶解した身体をみるのが怖くて目を背けていたが、実物を見て思わず笑みがこぼれそうになった。
そこには機械らしい電子回線とアタッチメントによって鳩尾部分に接続された【アンチグラムシステム用放熱フィン】の金色結晶体が埋め込まれ、夥しい量の蒸気を発していた。
蒸気には微細な粒子も放出され、それらが【ジェネシス・アーサー】の視界へ干渉しているらしい。
おかげで奴ははっきりとこちらの姿を確認できていない。
しかも恩恵はそれだけではない。
”火球”によって灼熱を宿していた身体の熱も抜けはじめていた。




