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スクリーム


 【Ver.シグルド】は不思議と自分の身体に馴染んでいるように思えた。

 手のひらの指先から足裏の母指球筋まで、全ての可動域に動きのラグがない。

 微細な駆動音が身体を通して伝わってくるのに、感覚としては肌着を着込んだだけのように思えてくる。

 肉体とアーマーが一体化したサイボーグになった気分だ。


 もちろん機動力は申し分ない。

 【Result OS】なしによるマニピュレート操作などせずとも、スラスターやバーニアの推進力は微細に調整が可能。

 

 その場でバク宙することだってできる。

 上空から片足のみでの着地。

 初期型アーマーなら脚部への負荷でアラームが鳴るところだが、サスペンションシリンダーがよほど優秀なのか、一瞬のかしゃりとした軽快な機械音が響いただけで、衝撃はまったく伝わってこない。


 アラーム代わりにガイド音声がHUDに表示された簡易人体図の脚部と腕部を青白く点滅させた。



≪”ショックゲイン機能”が有効になりました。

 兵装【エルダリウム・フィート】及び【エルダリウム・フィスト】にエネルギー変換可能です。≫



 驚いたことにこの【Ver.シグルド】には各々のアーマーにある象徴的な外見が一つもない。

 初期型の中世風甲冑のデザインが採用されている上、ついさきほどまで僕が使っていた初期型アーマーには装着されていた【脚部2連小型ミサイルポッド】が取り外されて余計に中世騎士っぽさに磨きがかかっている。

 オマケに青っぽい銀色塗装が輝きすぎて、この荒廃した世界観には異彩を放ちまくっているときている。

 初期型はほどほどに汚れていたから、それでも様にはなっていたのに。


 まぁ、外見なんてこの際どうでもいい。

 

 問題は……今の機能って何?



 僕の抱いた疑問の答えはすぐに返された。



『特殊緩衝材と複合されたショックアブソーバの機能だ。

 磁気によって緩衝材が吸収した力学的エネルギーを確保・維持し、アーマー装着者の任意でエネルギーを開放することができる。』



「えっと、それはつまり?」



『受けた衝撃を吸収して拳や蹴りを通して敵へぶつけることができる。

 さいっこうにカッコいい機能さ。

 ……今のキミが使うべきものじゃない。』



 諸さんは説明の最後にそう呟いた。

 そのまま通信を切ってしまいそうに思えて慌てて呼び止める。



『後ろで”サイトー”っていう怖いオッサンが見ているんだ。

 また腹でも蹴られたら今度こそ肋骨が逝くだろうな。

 おい、……ヤクザやいじめっ子が腹蹴るのって目立った外傷をつくらないようにするためだぞ。

 骨折れたらミイラ並みに包帯撒いてけが人アピールしてやるからな。

 当てつけだからな!』



 こういうときでも饒舌にしゃべれる坂城諸という人物を素直に尊敬する。

 だが一方で彼が抱く僕の評価は底まで落ち込んでいるらしい。

 

 理由はもちろん――。



『なぁ、路久君。今からでも。』



 諸が続けようとした言葉の答えを、首を横に振って伝える。

 


『キミは波留が作ったゲームを復讐に使おうとしている輩に協力するのか?

 いや、復讐だなんて大それた言葉で濁すものか。

 これじゃあただの暴力だ。 M.N.C.を利用しているってだけで違いなんてあるものか。』



「別に関係ないですよ。

 それに、諸さんや姉さんが言えることですか?

 諸さんの言う”暴力”に使われる道具を作ったのは紛れもなく姉さんたちだ。」



『なんてことをいうんだ!

 …………離せ、俺はこの子と喋る必要がある! 殴りたければ殴ればいい!

 ッ……本当に殴るなよ!?』



 諸さん用の回線から彼の呻き声や怒声が聞こえる。

 ここから聞いていると諸さんが一人芝居しているようにしか聞こえないんだよな。


 いや本当に殴られてるんだろうけども、あの飄々とした口調が原因なんだと思う。



「斉藤。 今はいい。それよりも現実そっちのほうの算段を整えたい。

 目立った動きがない限りは放っておいていい。」



 湯本が虚空へ向かって言い放つ。

 そのサイトーとかいう人物がこちらをモニターでチェックしているのだろう。



 一方で、湯本紗矢の口調は僕以外だと基本的に命令口調であることに今更気づいた。

 ……どちらが本当の彼女のソレなのか、なんてのは些細な問題だし、多分……どちらでもない気がする。

 彼女はアーマーを装着した僕を見るとニコリと微笑んだ。



「先輩、似合ってるッスよ。 

 ――やはり先輩は特徴がないのが特徴ッスから、初期型に似たそのアーマーはベストチョイスと言わざるを得ませんッスね」



「い、今更そんなことでショックを受ける僕じゃないぞ。

 これまで受け取った通信簿のコメントは全部『やればできる子です。』だったからな。」



「やらずに生きてきた結果が無個性ッスね」



「ホントね(泣)」



「それはそうと、坂城諸の言ったとおり【サウスオーバー地区】へ続く不可思議な穴を地下道の天井に発見したッス」



 彼女の案内に従って、瓦礫に埋もれた車両を通り抜けるとちょっとした空洞があった。

 そして空洞の天井には、ゲーム上のバグを思わせるビビット色が発光した切断面の穴が存在した。



「なるほど、あの穴を通って【ランスロット・トレーサー】なんていう環境違いのクリーチャーが現れたってことか。」



「あの穴、リザルターアーマーがあれば届きそうッスね。

 サウスオーバー地区ってところを抜けるとより早く【キャリバータウン】へ帰還できるらしいッスけど」



「いや、それは諸さんの罠だと思うよ。 多分【Ver.シグルド】があれば余裕だとか言ったんだと思うけど、【サウスオーバー地区】じゃここにいる亡霊をロストさせてしまうかもしれない。

 ですよね?」



 こちらの問いかけに諸さんは答えなかったが、通信には応じてくれた。

 小さなノイズ音が走ったあと、彼は再び喋り始める。



『――キミに見せてやりたかったよ。

 度々弟の名前を出して早くプレイさせたいだの困らせたいだの嬉々として話していた波留の姿を。

 ……見せてやりたかったさ。

 スターダスト・オンラインのテストプレイでキミを傷つけ、生活すらままならないくらい絶望した波留の姿を……。

 波留はキミを自分の作るゲームの一番のファンだと認めていた。

 それを裏切るのか?』



「だから、それは僕じゃないんですよ。ダミーの抱いた感情だ。

 本当の僕は、……このゲームにトラウマすら感じている。 姉さんは都合が良く考えすぎなんだ。

 姉さんのゲームなら、どんなゲーマーでもプレイしたいって願うでしょうよ。

 当時の僕だってその程度だ。たまたま姉さんの近くにいたから、姉さんにはそう見えたんですよ、きっと。」



『そんなわけないだろ。 波留が見ていたのはテストプレイ以前の戸鐘路久だ。

 ダミーなんて関係ない。

 主任は、身勝手極まりなくて自己中心的だが、キミのことだけは認めていた。

 キミがあまりにも自分のゲームを熱心にやっていたからだ。』



「じゃあ…………なら、全部そのダミーに取られたんですよ。

 ”僕の3年間”とスターダスト・オンラインへの熱意とやらも〈イチモツしゃぶしゃぶ〉とかいうふざけた名前のダミーが持ってたんですよ!

 ――僕は湯本に協力する。

 それだけです。」



『……そうやって喚いていればいいさ、クソ』



 喚いたときにいてくれたのは湯本だけだろうが。


 


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