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同じ苦しみを。


「それって――」



 不意によぎったのは、喉を幾度も溜飲させ震えていた姉・戸鐘波留の姿だった。


 姉さんは言った。

 ”ロクを助けるために、現実世界のロクとゲームの中のロクを切り離さなければならなかった”と。

 〈トール〉――古崎徹によって与えられたゲーム内での苦痛を、現実世界の生身に反映させたら最後、僕は下手すれば死んでいたかもしれない。


 そんな切羽詰まった状況だったからこそ、姉さんは3年前のテストプレイで僕とダミーを分けた。

 姉さんはそのことを凄く気に病んでいたようだった。

 自分がおこなったことは人間の複製だと、それは禁じられた行いなのだという自責の念が姉さんを苛んだ。

 自由奔放で台風の目じみた存在の彼女がそこまで身を縮こませて話すのを僕はあの時まで見たことがなかった。



 多分、それほど僕の目の前に広がる光景はタブーなのだと思う。


 ようやく状況を飲み込んで、僕は思わず口元に手を当てていた。



「……既に亡くなった方も……いるのか?

 …………今も現実世界で生きている方も、いるのか?」



「そッスよ。

 もちろん、”承諾はうけています”。」



 湯本は列を成した”亡霊”の元へと歩を進める。



「承諾……? 承諾って? 

 い、一体どうやって――」



「復讐の機会があれば、ぜひそうしたい、と。

 ここにいる方々は全員、あたしの同志ッス。」



「復讐の機会だって? そんな曖昧な承諾……。

 じゃあ、『スターダスト・オンライン』の存在は?

 知らぬ間に自分が複製されていることを、彼らは知らないってこと?」



「方法は、問題じゃないッスから。」



 話を打ち切るかのように湯本は列へと入っていく。



「方法が問題なんだろうが。

 ちょっと待てって。」



 亡霊と呼ばれた人々をかき分けながら、湯本を追いかける。

 押し出した人の波はまったく抵抗しようとせず、中には倒れこむものもいた。

 別段呻き声も聞こえず、それでいて文句すら聞こえてこない。



「こんな形で復讐のために複製されて、そんなの望んでいるんですか?」



 唐突で無礼だとも承知の上で、ついさきほど押し倒した人物に声をかける。

 引き起こそうと差し伸べた手を彼は掴まずに立ち上がる。

 身体に付着したコンクリート片を払おうともせず、元の列に戻る。



「先輩、複製っていっても、完全なものじゃないッス。

 ”木馬太一”が成功と称したのは間違いありません。

 彼は偏桃体内の神経系、および伝達物質の起伏に異常があった一部のみを神経系情報としてキャラクターに賦与させました。

 あんなことができるM.N.C.技術者は国内で木馬太一くらいなものでしょう。

 ……起伏というのが、古崎グループに対するものだということは、確認済みです。

 こちらが一声、命令を出せば彼らは動いてくださるでしょう。

 皆、望んでいるんスよ。

 古崎グループへの復讐を。」



「ッ、それじゃ操り人形じゃないか。

 ……他の方法は、別に彼らを使う必要なんてない。 

 アンチグループなら、人員はいくらでもいるだろう?

 人員がいないなら僕がその分やれば」 



「彼らじゃなきゃダメ」



 湯本はぴしゃりと言い放った。



「それに人員は足りてないッス。

 実働部隊は既に”古崎邸”へ踏み込む準備が整いつつあります。」



「踏み込む?」



「古崎牙一郎のホームヘルパーとして入り込んだ味方が、牙一郎の容態が急変したという誤った情報を流しています。

 それにかこつけて、救急隊に偽装した味方が古崎邸を制圧する手はずとなっています。」



 ……。

 冗談ではないらしい。いや、こうなることを予想することは可能だった。

 彼女の復讐がもはや冗談で済まされることではないと、存在を複製された僕自身がよくわかっているじゃないか。


 湯本紗矢がアンチグループのリーダーであることを改めて思い知らされる。



「じゃあ湯本がスターダスト・オンラインにいる理由は?

 復讐なら、それこそ古崎牙一郎本人にするべきじゃないか。」



 彼女は首を横に振った。



「古崎牙一郎は既に死に態です。

 そんな身体にナイフの一つでも突き刺せば、それだけで奴を解放することになります。


 ……アンチグループに所属する方々には、大切な人を奪われた方がたくさんいます。

 ――では、復讐とはどうあるべきだと思いますか、先輩。」



 目には目を歯には歯をってやつか。



「古崎徹を狙うのはそういう理由か。」



「はい。 同時にスターダスト・オンラインならヴィスカと同じように幽霊が現実の人間に影響を与えることができます。

 M.N.C.を使って痛覚機能をオンにして、被害者の痛みを古崎徹に植え付けます。

 坂城諸のおかげでゲーム内を中継できる機材も入手できました。

 これで古崎邸へ映像を届けることができます。」



 湯本紗矢は笑みを浮かべると、振り返って僕の手を握った。

 


 「笑っちゃいますよねぇ。

 古崎牙一郎は、何百と誰かの家庭を壊してきたのに、孫である古崎徹への愛情は成立すると思ってるンスよ。

 そういう思い込みって駄目だと思うんです。

 

 その資格は貴方にはないよってちゃんと言ってあげるために、古崎徹を痛めつけるべき何スよ。

 自分が愛せていると勘違いしている孫が、己の犯した罪でしっかり追い詰められるところを、しっかり見てもらってから死んでもらわないと。」



 嬉々として湯本は告げる。

 握られた手は表情にあわず硬くしめつけてくる。



「もう、戻れませんよ。 でも代わりにあたしは先輩を好きになりますから。

 だから、協力してください。

 あの【Ver.シグルド】を装着して古崎徹を捕縛してください。」

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