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亡霊部隊


 湯本の表情に影が差したように見えた。

 だがそれは一瞬の出来事で、照明の点滅が挟んだあと、すぐに彼女は笑みを浮かべていた。

 いつもの快活なそれではなく、どこか艶美でやるせない。

 

 やがて彼女の合図とともに、脱線した車両は眩い灯りに照らされた。

 

 車両の外から放たれている明かりが湯本のシルエットを浮かび上がらせる。

 彼女と対面する形となった僕だけがその光に曝されていた。



「……キャラクターのストレージとログデータの一致には成功した?」



「遺憾ながら、脅迫されてやむを得ず、全て滞りなく完了しました。」



 湯本の問いに、車両の内部へ入ってきた人物が答えた。

 僕と同じ初期型のリザルターアーマーだが、湯本のと同じくらいにカスタムパーツがいくつも積まれているようだ。

 その人物と湯本が並ぶとベテランプレイヤーじみた雰囲気がある。



「……戸鐘路久。 以前敵対していたとはいえ、私は貴方をまともな人物だと思っていたのですがね。」



 フェイスガードの向こう。装甲を纏った眼光が僕を一瞬だけ睨んだ。

 変声機能を使っているのか、不自然な低音の声でその人物が誰なのか特定できない。



「――これでは証人にはならない。 湯本紗矢。

 音声は録音させていただきます。」



「どーぞ。 あたし、湯本紗矢の計画に”木馬太一”さんは一切関係ございません。」



「結構。 わたしは脅迫されてやむを得ず、倫理に背く行いをした。

 決して貴方方の復讐劇に賛同したことは一度もない。

 ……大体、復讐なんてものは非生産的極まりない。

 古崎が司法で裁けないなら、泣き寝入りするほかない。

 泣き寝入りするのが嫌なら、感情を押し殺して別のこと考えるほうがよっぽどいい。

 それが実存的といえる……。」



「……今この場でそれが言える性根は誉めてあげます。

 あるいはゲームの中に入って脅しから解放されて気が大きくなってるの?

 次に被害に遭われた皆を冒涜するようなことを言ったら、ゲームログイン中で寝ている貴方の首を”斉藤”に切り裂くよう言います。

 ――現実世界なら既にあばらの一つでも折ってます。

 それだけで許してましたが、ゲームの中では”中間”はない。

 警告は一度きり。

 現実世界に帰る肉体を失ってこのゲームに一生を捧げるか?」



「……ほら、聞きましたか? 戸鐘路久。

 脅しだ。 古崎徹と彼女は何も変わらない。

 むしろ”復讐”という全体主義の思想に憑りつかれていて余計に質が悪い。

 これが最後のチャンスだ。ログアウトしてしまえ。

 彼女にとって、君も”古崎の被害者”だ。

 殺されることはないだろう」



「……口数が減りませんね。」



「私の能力が必要なのはわかってますからね。


 それも、計画がほぼ実行可能だとわかった今となっては、私を載せた天秤は大きくこちらに傾げているはず。

 ……そうさ。

 そうだ、そうなんだ!

 古崎徹に対しても、私は強気に出てよかったはずだ!

 弱かったのは自分という商品価値を見定められなかった社畜根性剥きだしな私だ!

 オマエのかわりはいくらでもいる? 否、今私はこんなにも求められているではないか。

 戸鐘路久!

 ”この場にいる連中”を全員ロストさせてしまえ!

 そうすれば計画の実行は難しくなる。

 なぁに、私を倒したキミのことだ。

 こんな亡霊ごときに負けることは――」



「斉藤。」



『はい。こちらにお任せを』



 さきほどまで諸さんと通信が繋がっていたはずの回線に、知らぬ男の声で聞こえた。



「な――」


 

 声高に語っていた木馬太一が突如消える。

 一瞬、本当にあちらの世界で殺されたのではないかと勘繰ったが、どうやら外部機器干渉による強制ログアウトをさせられたらしい。

 少しだけ安堵する。

 

 敵対していたはずの木馬太一がこちらの保身を考えてくれたのは意外だった。

 もっとも、敵対していたのは主に”ダミー”のほうだが。


 ……。

 多少興奮気味ではあったが、この場でマトモなのは〈オフィサー〉、木馬太一であったことは理解できていた。

 それでも僕の意識は、外のライトで表情が半分ほど見え隠れしている湯本紗矢に向いていた。


 あぁ、僕はまだ試されているらしい。


 彼女は眉間にしわを寄せて頬と口元だけで笑みをつくっていた。

 


「早くその亡霊を紹介してくれないか?」



 たまらず彼女にそう告げる。

 オフィサーの熱心な説得を、まるで気に留めなかった体裁を保って、軽い声音を出すよう努めた。



「わかったッスよ。

 ここは狭いッスから、一度外へ出ましょうか。」



「……。これが全員?」



 彼女の後を追って車両から出ると、明かりが次々に消されて光を発していたであろう何者かの姿が伺えるようになった。

 

 ……数十人はいる。

 そのどれもが新品のリザルターアーマーを装着している〈学院会〉の連中とは異なっていた。

 もちろん例にもれず、やはりどれも初期型のアーマーではあったが、カスタムパーツも兵装も全然違って見えた。

 まるで全員が手探りでカスタマイズしたかのような印象を受ける。



「兵装、というよりリザルターアーマーは全部ベータテスターからの借り物ッス。」



「借り物……。ゲーム内のセーブデータを転用できたのか?」



「木馬太一に内部ログを改変させました。 おかげで比較的まともな装備ができてるでしょう?」



 なるほど。 『スターダスト・オンライン』のベータテストに参加したプレイヤーは兵装を一部引き継ぐことができると公式ページに書いてあった。

 そのベータテスターのデータはキャラロストで消えるわけもなく、ずっと保存されていたってわけか。

 歴戦の強者っぽいパーツなのに、初期型アーマーなのはベータテストだと初期型アーマーしか使えなかったから。

 それぞれがカスタムパーツを積みまくっているのは、各々のプレイヤーが攻略情報もない中、手探りで強いパーツセッティングを考えていたせい。


 湯本の兵装もその一部か。



 確かに、それならベータテスターの亡霊と称せるかもしれない。

 ……が、木馬太一の様子を見る限り”亡霊”とはこのことではない。



「で、亡霊ってどういういみ?」



「ここにいる全員、先輩でいうところの”ダミー”ッス。」



 湯本もまた努めて軽く言ったのかもしれない。

 あまりにも呆気なく告げてしまうものだから、僕は首を傾げてしまった。



「詳しく言いますね。

 古崎グループのM.N.C.治療で亡くなった、あるいは脳や神経系に深刻なダメージを受けた方々を……M.N.C.のログデータに残っていた神経系情報を基に複製した、被害者の方々です。

 先輩とおんなじ、あたしらの仲間ッスよ」


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