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誰かの復讐心

 

 信じていられるか、好きでいられるか。


 

 湯本紗矢は【Ver.シグルド】があるロケーションの最奥まで、僕を道案内に使った。

 護衛するなんて言った手前、彼女を護衛していたのは僕のほうだったわけか。


 それは、まぁ、”光栄”だ。


 でもそれだとつじつまが合わないところがある。

 今こうやって彼女が自身の素性を明かしたのはなぜだろう?

 今こうやって僕を試すような発言をしたのはなぜだろう?


 シグルドが欲しいなら構わず僕の背中を撃てばよかったのに、そうしなかったのは僕にまだ利用価値があるからってことじゃないか。


 ……なんかすげーポジティブシンキングだな。

 どうも彼女のこととなると諦めが悪くなる。ストーカー気質なのかもしれない。


 でも少なくとも、今こうやって悠長に考える余裕があるのは、その偏った気質のおかげでもあるな。



「多分そのまま好きでいられる自信はある。

 ……というか、そっちこそどうなんだ?

 僕はわりとはっきり言ってるつもりだけど、湯本からは明確に好きとも嫌いともって言われてない。」



「普通、気になるところってそこじゃなくないッスか?」



 呆れたような声音で背後の湯本は囁く。



「そりゃあ湯本の目的とか、これから来るっていう連中のこととか、気になることはあるけど、……この流れだと僕は撃たれるだろう?

 どうせ撃たれるなら、一番気になる疑問の答えを聞きたい。」



「変なところで合理的と言いますか……。

 まぁ、いいでしょう。 はっきり言って、嫌いではありません。」



「それは、微妙にはっきり言ってなくないか?」



「うっさいッスね。

 理由も知りたいですか? 多分、聞いたら先輩ショック受けるッスよ。」



 鋼鉄同士がこすれあって金属音を立てる。

 湯本がことさらこちらを強く抱いているようだった。

 


「嫌いじゃない理由を聞いてショック受ける人間なんていないよ」



「そっスか……じゃあ。

 あたしが先輩を嫌いになれない理由は二つあります。


 まず一つ目は、先輩もまた古崎グループに反旗を翻す方だったからです。

 もちろんあたしのように恨みつらみで動いてたわけじゃありませんでしたけど、ゲーム内で何度も立ち上がる姿をあたしは波留さんを通じて知ってました。」



 ……ん?


 言われた手前、彼女の言葉に身構えてみたが、わりと想定内の答えが返ってきた。

 確かに僕は古崎徹が嫌いで、彼に言いようにされる『スターダスト・オンライン』を取り返したいと願っていた。


 それはつまり、湯本が掲げるアンチ古崎の活動とも被る箇所はあっただろう。

 故に、”敵の敵は味方”の理屈でいえば、彼女が僕を評価するのもおかしくはない。


 ……まぁ、僕の性格やら何やらを好きなわけじゃないのは、ほんのちょっとショックだけども、むしろ嬉しさがある。



「別にショックなんて受けない。」



「――。先輩、それは”本当に先輩のことだと思いますか”?」



 急激に鼓動の高鳴りが早くなる。

 湯本から発せられた言葉は、まるで遅効性の毒のように知らぬ間に僕を蝕んでいたらしい。身体を巡り巡ったそれは、今になって僕に寒気を感じさせた。


 けれど僕には理解できなかった。いや、理解することを避けている。



「……? 

 それってどういう――」 



「『スターダスト・オンライン』を取り戻そうと何度もキャラロストの不快感に曝されながら都度立ち上がって〈学院会〉――古崎徹に抵抗し続けた”彼”は」



 頭の中で警鐘が鳴り響く。

 鼓動か幻聴か、どちらにせよVR空間のそれはマヤカシなのだと自分に言い聞かせたが、すぐに歯止めはきかなくなった。



「本当に先輩ですか?」



 あぁ、――もちろん違うよ。

 誰もが皆、こういう目で僕を見てくるんだ。


 〈プシ猫〉・釧路七重はオフィサーの追撃から身を呈して守った”彼”を信頼していた。

 〈リヴェンサー〉月谷芥は圧倒的な戦力差に立ち向かう勇敢な”彼”を評価した。

 〈笹川宗次〉はスターダスト・オンラインに対する”彼”の情熱にあてられた。

 姉さん・戸鐘波留は自分の創ったスターダスト・オンラインをいの一番に楽しんでくれる”彼”を助けた。


 湯本紗矢もそうだ。


 全部僕じゃない。

 過去の記憶自体は残っているけれど、その過去に沿った感情が湧いてこない。

 スターダスト・オンラインを僕はトラウマじみたものに感じてるし、中学時代疎遠だった笹川宗次と仲良くなっているのは違和感がある。

 

 それらを感じるたびに、”彼”の影がチラつく。



「前にも話したとおり、M.N.C.のリハビリには細心の注意が必要ッス。

 大抵の方はVR世界の自分と現実世界の自分のギャップで心を疲弊するから。

 アフターケアが必須なんス。

 だから、あたしの所属する患者会が不可欠な存在になってました」



 憐憫の含まれた泣きそうな声で湯本は告げた。

 自分から僕に”現実”を突き付けておいて、自らも泣くってのはおかしな話だ。



「そして、もう一つの理由は」



「……惨めだったから、か。」



 背後にいる彼女の姿は見えなかったけど、多分頷いていると思う。


 今に始まったことじゃないけど、改めて考えさせられるとやるせなさがこの上ない。

 湯本だけは僕の”有様”に気づいていたんだ。

 だから、何度も僕と話を聞く機会をつくってくれていた。



「――全部古崎グループが原因です。

 先輩の抱えるもの全部、古崎グループがずさんな医療知識のままでM.N.C.(マスナーブコンバータ)を利用しはじめたのが事の発端です。

 それさえなければ、スターダスト・オンラインは生まれず、患者会に所属する皆も、誰も悲しまずにいられた。」



「……。」



「”〈ヴィスカ〉”には断られましたが、先輩は……?

 奴に復讐しましょう。 ただ止めるだけじゃあたしたちは終われない。

 あたしたちには古崎グループを断罪する権利があります。

 ……義務も。」



 そうか。

 湯本の目的はこれか。

 ……たった今、オマエには何もないと言われた人間は、居場所を欲しがる。

 その心理を突く上手いやり方だ。



「……わかった。復讐に協力するよ。」



 元々、彼女に協力する気持ちはあった。

 けど今は少しだけ、自分のためにそれを選んだ気持ちもある。



「ありがと…ッス。

 ――先輩に、あたしの同志を紹介します。」



 彼女の抱擁から解放される。

 振り向くと、彼女の背後には数名の人影があった。



「亡霊です。」


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