もう一度、言ってください
ブルーギースの遺体は元から酷い有様だったが、今度は”酷い”という感想が抱けないほど細かな肉片となって飛び散る。
しかし15ミリは超えるであろう湯本の放った弾丸の勢いは衰えず、そのまま柔らかなソフトスキンを貫いてその向こうにいる敵――【ランスロット・トレーサー】へと着弾する。
鋼鉄並みの密度を誇る奴の肋骨は、奴自身の身体を離れて僕への攻撃にあてがわれている。
そのため、大口径弾による一撃は難なくトレーサーの身体へと食い込み、後に弾丸は炸裂した。
わずかに身体を膨らませた【ランスロット・トレーサー】は不可思議な暗色の液体と黒煙を口から吐き出して腹ばいに床へと転がって暴れ回る。
「あたった……?」
茫然自失の様子で呟く湯本。
僕も内心でかなり安堵している。
自動照準が人間を狙ったものだと気づいて近くにあった屍をターゲットにさせたのはいいが、結局のところ、僕が湯本のキャノン砲に狙われないことにはならない。
ほぼ二分の一、一か八かの賭けで僕はブルーギースの元傭兵を放り投げたのだ。
自動照準が僕を優先して狙えば再度撃たれてトレーサーの追撃を許すことになっていただろう。
……それに気づいたのが死体を投げた直後だったわけで。
撃たれるリスクがあると分かっていたら、思い切った行動はできたなかったかもしれない。向こう見ずもたまには役に立つ。
【ランスロット・トレーサー】の消滅を確認して地べたへ尻もちをついた。
「……先輩。」
申し訳なさそうに声を弱めた湯本が歩み寄ってくる。
彼女らしいとも思うし、彼女らしくないとも思う。
湯本紗矢という女の子が見せる多面性は、どちらかが嘘だと断じていいものじゃないのだと思う。
ガサツだったり思慮深かったり、……あるいは、復讐に取りつかれていたり。
「……先輩、無事ッスか?」
「ダメージ描写は派手だけど、そこまで被害は大きくない。
大丈夫。」
「足手まといになって申し訳ないッス。 もっと、上手くできるって思ってたんスけど、やっぱり、現実とゲームじゃ違いますね」
「湯本の場合、現実で出来ることがゲームだとできないって意味になりそうでビビるよ。」
「流石のあたしでも大砲撃ったことなんて今までの人生で一度もないッスよ。」
「湯本だったら銃は撃ったことありそうだけどね」
「――。」
……。なぜそこで会話が途切れる?
いや普通に「ハーフだから外国で銃でも撃ったことあるんじゃない?」
って雑談の話題提供でしかなかったんだけど……。
あぁ。そうか、深読みすると諸さんの疑いと合わせて僕が湯本の裏の顔に気づいている感が出てしまっているかも。
古崎グループに反旗を翻すのが彼女なら…………現実でも銃を撃った可能性がある。
「それはそうと、そっちの背部キャノン砲についてなんだけど」
話の流れをぶった切るために、僕は湯本に彼女の持つ背部キャノン砲の自動照準について説明する。
彼女は幾度か相槌こそうってくれるものの、口数は少ない。
「自動で人間を撃ち殺す砲塔なんてシャレにならないし、そもそも存在意義がなかなか読めない兵装だ」
「存在意義っスか?」
「うん。
このスターダスト・オンラインってゲームは本来、クリーチャーと戦うバトルアクションモノだから、今みたいにクリーチャーとの戦闘で使えないとかなり攻略に手間取ってしまう。
だから、人間にしか対応しない自動照準ってのもおかしな話だなって思って。」
「……そうっスね。 ――まったく! どうしてこの兵装ってば、人間ばかり狙うんスかね!?」
お、ちょっとだけ元気出てきたみたいだな。
……にしても、さっきまでスターダスト・オンラインの疑問には即座に答えてくれていた諸さんの声がまったく聞こえない。
死んでなきゃいいけど……、湯本に諸さんの具合を聞こうものなら、僕のほうがボロを出してしまいそうだ。
「とりあえず障害はなくなったし、アーマーを取りに急ごう。」
…………。
………。
……。
…。
何かもうひと悶着ありそうな気がしたが、別段特に何か起こるわけでもなく、僕と湯本は諸さんに教わったルートを辿って目的地である脱線した車両が転がる【ブルーエンドリニアライン】の最奥までやってきた。
ここまで来るのに敵クリーチャーはほとんどおらず、いたとしても全て瀕死だったり、ルート外でそもそも敵からターゲットされない距離だったりと至って平和なロケーション攻略となっていた。
それもこれも、〈リヴェンサー〉ら一行が敵を倒しつくしてくれたおかげだろう。
程なくして目当ての次世代アーマーは見つかった。
横転する車両の全てには、戦前の軍が規定したであろう機密ランクが貨物車両に小さくディスプレイされている。
そのうちの”Sランク”と記された車両を無理やりこじ開けて開くと、それは強化ガラスに囲われながら起立していた。
パール塗装じみた装甲が白銀に輝くリザルターアーマー。
……綺麗ではあるけど、それ以外何の特徴もない。
「【Ver.シグルド】。 見た目だけなら初期型とそう変わらないけど……湯本。
オマエ的にはこれってどうなんだ?」
声をかけるための話題を見つけるたびに湯本へと話を振ってきたが、相変わらず彼女からの返事は芳しくない。
今だってすぐ後ろにいるのに、僕の言葉は完全に無視されたようだった。
ん、後ろ?
HUDのミニマップを見ると、彼女は本当に僕の真後ろに立っていた。
「どうし――」
そう問う前に無機質なシステムメッセージが流れた。
≪プレイヤー〈サヤ〉がパーティから抜けました≫
「あたしの正体に気づいてた上で先輩はあんなことを言ってくれたの”ですか”?」
ふいに背中へと密着するなにかを感じた。
おそらくは湯本のアーマーだろう。彼女が僕に抱き着いているのだろうけど……別にいかがわしい意味ではない。
こうされることで、僕は彼女の持つ背部キャノン砲を避けられない。
「〈Ver.シグルド〉は古崎徹を倒すために使うのか?」
「……古崎徹は倒さない。”アレ”は牙一郎を傷つけるために使うだけ。」
牙一郎。
古崎徹の祖父であり、古崎グループの名を世界にまで轟かせた張本人。
湯本の狙いは牙一郎ってことか?
でもそれならどうしてスターダスト・オンラインに入ってきたんだ?
「あと数分で彼らもここにやってきます。」
抑揚のない平坦な口調で湯本は答える。
彼ら……?
「一体誰の事を差している?」
「……亡霊です。
――先輩、彼らの姿をみてもう一度言ってください。
”僕は湯本紗矢の言葉を全部信じる”って、あるいは”好きだ”って。」




