先輩命令
勝手に狙い撃っただって?
自動照準に対応した兵装なんて〈オフィサー〉戦で見たレーザー誘導くらいだぞ。
あれだって、ミサイル着弾までずっとレーザー照射をしなければならないあたり、使い勝手はよくない。
確かに、リコイル制御や照準”アシスト”のサポート機能があるライフルやマシンガン系兵装は確かに存在するが、自動で狙いをつけられる兵装はありえない。
湯本が照準アシストを自動照準と勘違いした……って可能性もおそらく低い。
僕が回避するために取った【ランスロット・トレーサー】との距離は少なくとも4mは離れていた。
湯本が敵を狙い撃とうとして、何かの機能が働いて急激に僕へとターゲットが移ったなら、それは背部キャノン砲の角度や砲塔旋回の変更をされてしまったということだ。
そこまでくると、兵装単体のみの動きでは賄えない。
リザルターアーマーごと疑似的な自動照準機能を搭載するカスタムがなされていると考えたほうが無難だ。
でも戦闘前に確認した湯本の兵装及びカスタムパーツには不審なものはなか――。
「先輩、危ない!!」
湯本の警告に気づき、即座に身体を捻ると、僕の丁度真横、左方のコンクリート床へと鋼鉄じみた肋骨の先が突き刺さって割れ目をつくっていた。
一瞬だけ時間が伸張して世界の動きが遅くなる。
身体を半転させて見上げた頭上には、悠然と立ちふさがる【ランスロット・トレーサー】が倒れ込んだ僕に覆いかぶさっていた。
明転を繰り返す照明が、八つの肋骨を展開させた奴の姿をシルエットで浮かび上がらせている。
悠長な考えている暇なんて微塵もなかった!
フレンドリーファイヤでアーマーにはノーダメージであっても、吹っ飛ばされて急激に移り変わった視界に僕の頭がついていってないんだ。
けど。
奇しくも時は伸び切ったゴムのごとく弾けて縮小し、僕の準備を待つまでもなく【ランスロット・トレーサー】の高速攻撃を許した。
せめて頭部と腰部の腹部のジェネレーターは守りきらないと……!!
近場にあった何かを掴んで盾にし、胎児のように身体をまるめて骨格触手の刺突に堪える。
もはや自身の手中に納まっている獲物に対し、トレーサーが攻撃を外すいわれはない。
8つの触手がレイピアかメイルブレイカーがごとく装甲の関節部へと刃を立てる。
咄嗟に身じろぐと左脚部の膝へダメージが入り、HUDの表示が真っ赤になった。
くそ、こっちのアーマーはアルミ缶で出来てんのか?!
幸いにも動力部は無事。
頭部は何度か地面に打ち付けられたがこれも無事。
仰向け気味に寝ころんでいたおかげか、スラスターもまだ動く。
四の五の考えていたら削られるのはこちらのアーマーだ。
「こんのぉ!! 喰らっとけって!」
初期兵装【2連小型ミサイルポッド】による迎撃。
本来は敵との距離をあけて、けん制のために用いる兵装だ。
近距離でミサイルが爆破しようものならこちらまで爆風によるダメージを受けてしまうためだが、この状態から抜け出せるのであれば、奴の連続刺突に比べれば初期兵装による爆風なんて安いダメージだ。
ミサイルの発射と同時にスラスターを一挙に解放する。
コンクリートにアーマーをこすりつけながら地べたを滑るように敵から遠ざかる。
直後に小爆破が起こってトレーサーの周囲に爆炎が広がり、やがて黒煙となって僕をも飲み込む。
もはや推進剤のそれか、爆発による衝撃か、わからないまま鉄屑同然に身体が2,3回跳ね上がってようやく止まる。
「先輩――。だ、大丈夫」
「湯本、もう一度キャノン砲であいつを狙い撃つんだ!」
ちょうど通信が被って湯本の言葉を食い気味に喋ってしまった。
湯本は戸惑った声で何回か言葉になっていない声をあげたあと問い返してくる。
「もう一度って、あ、あたしさっき先輩を撃ったんスよ。
しかも2回も! なんでか分からないッスけど、あたしのこの兵装じゃ先輩をピンチにするだけッス。」
「ん……、別にピンチなんかじゃない。
多少ダメージは受けたけどまだ普通に動けるよ。」
「いくらあたしが素人だからっていっても、そんな風穴ばかりついたアーマーじゃ、次は絶対に堪えられないッス。」
見た目がどうなろうとプレイヤー自身にはまったく影響がないんだけどな。
でもそれを言うには僕のライフゲージは少なくなり過ぎた。
……ヤバい。黒煙で僕を見失っていたランスロット・トレーサーが気づいたようだ。
『路久くん! やはり湯本紗矢は信じられない。
一か八か、君だけでもランスロット・トレーサーから逃げるんだ。
今キミに死なれたら計画の実行は困難になる。だから――』
「そうッスよ。
――先輩をブルーエンドリニアラインの最奥へ連れていく約束をしたのはあたしッスから、ここはあたしが時間を稼ぎます。」
何かに取り押さえられながらも懸命に声を絞り出す諸さんだったが、途中で通信は途切れる。
けれど彼の言葉を引き継ぐように湯本は告げる。
後方から推進器による噴射音が聞こえた。
湯本が前線に上がろうとしているのだ。
そんなことされたら、なおのこと全滅の危機だ。
……あぁもう!
しゃらくさい!
別に僕は湯本が何か隠していても構わないし、知らぬ間に利用されてても構わないし、ついでに諸さん(姉さんがもしかしたら結婚するかもしれない相手)がどうなろうと構やしないんだよ!
「先輩命令だ! いいから黙って撃て!!
僕は湯本紗矢の言葉を全部信じてるんだ!」
僕の叫び声に反応したトレーサーが振り向くと同時に、こちらへと急速に距離をつめてくる。
もはや返事を待つ暇すらない。
一方的にタイミングを伝えるほかなかった。
――湯本の言葉を全部信じる。
信じたうえで導き出せる答えはやはり、彼女の言う通り、あの背部キャノン砲は自動照準機能があるってこと。
それが嘘かホントか、今はどうでもいい。
大事なのはギミックだ。
湯本はブルーギースの元傭兵を狙い撃った際、敵のほぼ正面ど真ん中を撃ちぬいていた。
けれど一方で、【ジェル・ラット】戦では命中させることはできず、爆風のみで敵を吹き飛ばすことしかできていなかった。
もちろん、あの時は気が動転していたのかもしれないが、彼女は初めてキャノン砲を使った時も、あろうことか暗闇にいた僕すら撃ちぬいてみせたのだ。
……偶然には思えない。
つまり、僕の答えはこうだ。
あのキャノン砲は”人間を自動的に撃ちぬくよう設定されている”。
僕は足元に転がったブルーギースの遺体を一つ持ち上げて担ぎあげると、スラスターと腕部バーニアを用いて、向かってくるトレーサーへと押し投げた。
「――撃て!!」




