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観察対象2


「それを僕に言って何になるんです?」



 もう一人の僕がスターダスト・オンラインをさ迷っている、それは昨日の時点で半ば気づいていたことだ。

 今更言われたところで驚きはしない。けど、はっきりと言われてしまえば、こちらだって何かしらの反応を返すほかない。

 曖昧なままで、不透明なままで済ませればいいのに。

 


「いんや、気になっただけさ。

 〈名無し〉のことも聞いているんだよね?

 俺は今、彼女をどのように保護するべきか探っている最中でもある。

 まぁ、現状だとレンタルサーバーに彼女を保護し、安全を確保した上で神経系情報ごと彼女を一時保存するくらいしかできないんだけど」



「保護された場合、彼女はどうなってしまうんですか?」



「それは……」



 諸は一度溜息をついたあと、PCのモニターにかけてあったボイスセットを装着する。

 そのまま二言三言、誰かとボイスチャットを交わして、また操作に戻った。



「……キミは、ゲーム内で閉じ込められていたころの記憶を覚えているかな?」



「いえ……僕の記憶はダミーの奴と連結しているみたいで。

 テストプレイ当時の記憶は曖昧ですが、僕の中では、ゲーム内で閉じ込められることなく、鳴無学院の入学して日々を過ごす普通の高校生としての記憶があります。」



「そうか。

 ――スターダスト・オンラインでプレイヤーが経験したことって、実はすごく虚ろなものなんだ。

 虚ろだからこそ、現実世界の人間に経験をV.B.W.(バーチャル・ブレイン・ウーンズ)として刻み込む。

 プレイヤーはV.B.Wが刻まれた脳でスターダスト・オンラインを再度プレイすることにより、ゲームでいうところの”コンティニュー”ができるんだ。

 いわばプレイヤーの肉体がセーブデータってことだね。

 

 でも〈名無し〉にはセーブできる肉体がない。

 彼女の本体――月谷唯花は既に亡くなっているからね。

 保護すれば〈名無し〉はスターダスト・オンラインでのことを忘れるだろう。」



「そう、ですか。」



 全ての操作を終えたのか、坂城諸は僕が座る椅子の前までやってくると、その両手をこちらの肩へと乗せた。



「……これは俺一個人の願いなんだが、古崎徹を成敗してスターダスト・オンラインを消去するだけでなく、キミには〈名無し〉に聞いてあげて欲しい。」



「何をです?」 



「俺や波留は、スターダスト・オンラインを生きたもう一つの世界にしたいと願ってつくった。だがそう出来ていたのか、俺たちには判断できない。

 ……だが、スターダスト・オンラインをさ迷い続けた〈名無し〉なら、それがわかるはずだ。

 彼女はどっちを願っているのか、スターダスト・オンラインに残りたいと願っているのか、それとも……あんな世界からすぐ脱出したいと願っているのか。

 もし前者なら――、まだ俺にできることはあるかもしれない。

 いいね?」



 坂城諸の真に迫る瞳が僕を映している。

 その問いはスターダスト・オンラインの真価を気にする開発者としての目線か、それとも〈名無し〉という少女のことを想ったうえでの眼差しか。

 僕には判断ができなかった。

 多分、どっちもって感じがする。


 初めて【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】にて彼女と出会ったとき、僕には到底彼女が幸せそうには見えなかった。

 そういえば、僕が彼女に質問した際も、最初は言葉すら発しなかった。

 それほどまでに他者との関わりが途絶えていたのかもしれない。


 ……そんなスターダスト・オンラインに残りたいと、彼女は思うだろうか。

 案外ゲーム内の記憶を抹消できて幸運だとさえ思うかもしれない。


 ――いや違うな。

 それは怖いことだ。どんな記憶でもそう手放したりしていいものじゃない。

 今の僕は、消えた記憶の欠落でそれなりに困ってるんだから。



「そうか、だから僕に。」



「うん。君も同じ穴のムジナみたいなものってことだ。頼んだよ。 

 ――さぁ、ミッションの確認だ。

 詳しい話はあちらでするとして、今はいくつか簡潔にまとめさせてもらう。

 まず、これからキミは『スターダスト・オンライン』にログインする。

 本来、この時間帯はサーバーが稼働していないが、そのあたりは主任が何とかしてくれたから気にしなくていい。

 キミは今から2時間だけ〈学院会〉の邪魔なしに『スターダスト・オンライン』を自由に遊べるってわけだ。

 嬉しいだろ?」



「……状況が状況だからなぁ」



「!? 反応が薄いな。 ……まぁ、話を続けよう。

 ログイン後、キミには真っ先に【ブルーエンドリニアライン】というロケーションにアクセスしてもらい、そこで【Ver.シグルド】というアーマーを手に入れてほしい。

 2時間以内に手に入るアーマーではそれが最強になりうるアーマーだから。」



「成りうるって? 最強のアーマーじゃないんですか?」



「その説明は追々させてもらうよ。

 アーマーを手に入れたら再びキャリバータウンへと戻ってきてほしい。

 その後、他のプレイヤーがログインするのを見計らって、こちらがバトルロワイヤルモードを有効にする。

 これは新モードってやつでね。

 条件さえ整えば、任意のエリアを多人数プレイヤー同士で争うバトルフィールドにできるエキサイティングなモードさ。

 このモードではプレイヤー同士が争ってもキャラロストにはならない。

 その代わり、アーマーや兵装へのダメージは有効。

 つまり、キャリバータウンをバトルロワイヤルモードで戦闘区域に指定すれば、〈古崎徹〉を逃がす心配はなくなるし、なおかつ他の〈学院会〉プレイヤーもキャラロストさせることなく無力化することができるってわけさ」



「ちょ、ちょっと待ってください。 説明はわかりますが、僕が古崎徹を倒せることが前提になっている。。

 不甲斐ないことを言うようですけど、僕が〈古崎徹〉を倒せる保証はどこにもないんです。

 姉さんから説明された限りだと、あいつには他のプレイヤーを操るチート技があるそうじゃないですか。」



「それなら心配いらない。 そのためのアップデート『Dust to Dust』なんだ。

 ――〈学院会〉にはあって、キミにはないもの。

 ”強化屋”を通じて脳みそにV.B.W.を付けなかったという事実を最大限に生かすコンテンツさ。」


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