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4年前と現在と


 4年前。



「ロク~今日も飯たかりにきたよ~」



「またきたの……?」



「おぉおぉ、仕事で疲れて帰ってきた姉貴にその塩対応はどうなんでしょうかねぇ」



「あのねぇ、今23時回ってんだよねぇ?

 明日試験がある人間を無理やりおこして夜食用意させる人間にどう対応しろっての?」



「この時期なら中間ね。別に付属ちゅうがくの試験なんてそこまで重要じゃないよ。

 OGのあたしがいうんだ、間違いないッ」


「はいはい……授業聞いただけで高得点とれる人の助言は参考になるねー……」


「あーまた僻み、そうやってすぐあたしを除け者にしようとする。今日だってどうせ、勉強なんてせずにレア掘りしてたんでしょう。お姉さんわかりますよ」


「いやいやいや、やってないから。凡人のエネルギー効率なめるなよ。

 ゲーム時間を勉学にあてても平均点がやっとだから。

 ――つか姉さんはもう社会人だろ。

 除け者というか、自然な流れというか、つか仕事場ならゲームの専門家みたいな人ばっかじゃん。」


「はぁ。まぁ、わかった。それじゃあ愛する弟に免じて、あたしは冷蔵庫にある残りモノで晩酌といきますかね」


「それでもたかるんじゃないか。ってあァ! その鶏チャーシューは仕込んだばかりだから食べるなっ」


「え~……じゃあこのサラダを」


「そっちはサラダじゃなくて予め野菜切っただけの材料だから」


「そうなの? じゃあこれも、これも?」


「そうそう。冷蔵庫には今すぐ食べられそうなのないって。」


「何この出来る主婦的な冷蔵庫内容!? もっとジャンク感にあふれたものはないの?

 シリアル的なのは?」


「ない。僕アレ嫌いなんだよ。」


「ほとんど一人暮らしみたいなものなのに、このガサツのなさは問題ね!」


「それ、説教されることじゃないだろ。――ああもう、わかった。今からテキトーなの作るから待ってて。」


「オォ~やっぱり持つべきものは家庭的な弟」


「調子いいなぁ。」



 …………。



「夜食できたけど……なんでニヤけてんの?」


「教科書の裏にPSK端末を見つけたのさ。

 あたしが開発関わったゲームは試験勉強をせねばならない勉学少年の妨げになってしまってるのね。あぁ、なんて罪作り」



「うざったいな……。 おつかいクエストを脳死で回してるだけだから、ノーカン」



「いやいやいや、『エンシェント・ライフ』の操作性でながらとか無理でしょ?

 AIだってランダム思考で攻撃パターン変わるんだし」



「そうでもないって、AIはあくまでプレイヤーの動きに合わせて最適な行動をするだけだよ。開始時点でいくつもの行動分岐があっても、AIの目的はプレイヤーの殲滅。

 促せば行動は画一化する。

 あとは、コマンド表みたいに動きとタイミングを覚えて、ボタンを押す。その間に単語のいくつかは覚えられる。」



「た、たった一つのおつかいクエストをパターン化するまでやってるの?」



「……そりゃあ行動覚えるのは時間かかるけどさ。 一回の授業で全部覚えられる姉さんみたいな記憶力が恨めしいよ。」



「このクエスト、”おつかい”っていえる難易度には作ってないんだけどなぁ」



「何か言った? そんなことよりほら、早く食わないと冷める。

 絶対胃袋荒れてるって思ったから雑炊作ったんだ。」



「うん、ありがと……。ねぇ、ロク!」



「なに?」



「ロクはさ、地味で凡人で庶民じみたところしかないけど、……多分、なんかあるよ。

 姉貴が保証する。だから、他人を僻むんじゃないよ?」



「貶してんのか、褒めてんのか。 どうでもいいから早く食べてくれ。今日は泊ってくのか?」



「んーん。また会社戻る~。言ったでしょ、ご飯たかりに来ただけ」



「うへぇ、ブラックぅ……」



「うん、薄給だしやりがい搾取があるのは認めるけど、今回のやりがいは一段と凄いんだ。まだ言えないけど、世界初の作品が完成するかもしれない。

 完成したら、皆に楽しんでもらえるゲームになるってあたしは確信してるんだぁ~。」



「ふーん…………遠いなぁ。」



「何か言った?」



「別に……楽しみって言ったんだ。」



「うん♪」



 チーズマシマシの雑炊を食べて、姉さんは再び会社へと出かけた。

 目にクマを引っ付けて、お気に入りの服は皺だらけ。自慢の長髪は長いことまとめ髪から解放されていないようだった。

 それでもあんな笑みを浮かべられる姉さんをみて、何も感じないほうが嘘だろう。


 教科書を閉じて、おつかいクエストをこなして得た報酬アイテムを眺める。

 きっと最高のゲームが出来上がるのだ。

 そう思うと、胸が高鳴って試験勉強どころではなくなってしまった。


 翌日の試験の結果はやはり芳しくはなかったが、あまり後悔のようなものはなく頭の中は姉さんの言った次作のことでいっぱいだった。


 その時の僕は、この1年後『スターダストオンライン』で昏睡事件が起ころうとは思ってもみなかったのだ。 




                 ☆




「考え事をしている暇があるのですか?」



 放課後、2-Cの教室にて窓際二つの席をくっつけた勉強机。

 その一方に座った女子生徒がつまらなそうにいった。


 少し背を曲げて座っているせいか、黒の長髪が机にかかっている。

 本人はそれをうっとうし気に耳元へ掛けては、もう片方の手でノートをしたためている。



「縛ったりしないの?」



「……髪痛みそうだからやらないんです」


「ああ、そう……。」


 

 彼女は特に愛想もなく返して、そのまま勉学へと意識を集中させた。


 中間試験の補講は試験終了当日の放課後から開催される。

 現在の時刻は16時半、既に補講は始まってもいいような時間帯だが、担当教諭は一向に姿を現さない。


 僕はさほどイラついたりはしないが、目の前の彼女はそうでもないらしかった。

 もっとも、彼女を憤らせた原因は僕こと、イチモツしゃぶしゃぶにあるのだが……。


 彼女――プシ猫のプレイヤーである釧路七重は、きっと僕と顔を合わせるのは嫌なのではと、推測していた。


 成績が芳しくない僕たち二人はこれまで、校内で開催される補講にことごとく出席していた。

 一応、隣あった席に座り、問題を出し合うのがいつもの僕らの日常だった。


 けど、……僕は彼女を『スターダストオンライン』で危険な目に合わせてしまった。

 正確にいえば、彼女の”プシ猫”はキャラロストさせてしまっている。


 裏切者と呼ばれたって文句は言えない。


 そのはずが、現に今はこうしていつも通り、補講に勤しもうと二人で準備している。

 七重に謝罪もせず、また彼女も僕を責めることなく、だ。



 (このままうやむやにしておいていいのだろうか。)



「――この問題ってどの数式あてはめればいいんでしょう? ……聞いてますか?」


 

「え、あ、ごめん。 ええと、そこは……どうすればいいんだろ。」



 ここでさらさらっと答えがかければ少しくらい名誉挽回になりそうなものだけど、生憎と数学は教科の中で一番苦手なのに気づいた。

 七重がノートに示した問題式がまるで理解できない。


 何を問われているのかすらわからない有様だった。


 というか僕が数学苦手なのを知っているはずなんだけど……。

 恐る恐る七重の表情を覗く。


 日本人形じみた柔和な肌に凛とした黒い瞳が僕を見ていた。



「……じゃあ一緒に考えてください」



「え……」



「なんですか?」


 

「あ、いや。うん。もちろん。」



 少しだけ救われた気持ちを抱きつつ、七重と一緒に問題を解く。

 解くと言っても僕は膨大な量の出題範囲から似た公式を探すという、戦力になってるのかなってないのかわからない協力だが。



「……まだ終わってませんから……」



 七重が呟いた。

 僕は迷うことなく頷いた。


  

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