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「私は戻らないよ。 徹の好きにしてくれていい」

 

 接続されたって?

 いや、それはおかしい。

 そもそも『スターダスト・オンライン』を運用するためのゲームサーバー自体が稼働していないのだから、接続したところでまったく意味はない。

 今はあくまでM.N.C.をオフラインで単体使用しているから『スターダスト・オンライン』の稼働状況に関係なくVR体験ができている。

 

 サーバーの乗っ取り……? クラッキングされたのか?



「”私たちの世界”に干渉しようとしている人たちがいるんでしょ」



 困惑するこちらに対して、北見灯子が当然のごとく告げる。

 最早このしたり顔による回答にも慣れてきてしまっている。



「”俺の”だ。」



「そうだね。私も〈古崎徹〉だもん。二人で一人だ」



「……っあぁ、くそ。 

 まさか、今まで知っていたうえでこんなお遊びをさせていたのか……!?」



 灯子の胸元を強引につかみ上げて、もう一方の腕でVR空間内のプログラム設定を呼び出す。

 彼女がやってみせたものの見様見真似でアバターの肉体構造のセッティングを弄り、右腕の骨格の一部を、およそ人のものとは言えないほどに錐もみ状に歪曲したものへと変更する。


 数秒と経たずに、設定がこちらの肉体へと反映され、腕の尺骨にあたる部分が筋肉や肌を突き破って北見の左目へと迫っていく。


 自身の目玉が抉られる手前だというのに彼女は暢気に拍手してみせる。

 そりゃあそうだ。眼孔を掃除されようが、VR空間内では何の痛みもない。


 感受性が豊かな奴は抉られたショックで強制的にリハビリプログラムを終了させられ、VR空間から離脱させられるセーフティーが起動するらしいが、この目の前のイカレている女には聞きそうもない。



「ううん。本当に今さっきM.N.C.の接続を確認したんだよ。

 聞いて、徹の夢は私の夢でもあるの。

 だから、その夢が叶わない危機に瀕するなら協力もする……ンっ……。」



 灯子の表情が歪む。

 痛覚に焦点をあてず、触覚に関する感度を高めれば不快感を増幅させることはできる。

 その設定の変更もまた、今やこちらの手の内にあった。


 だが彼女は隆起した尺骨の刃を掴むと、自ら左の瞳へと突き刺した。

 瞬間、こちらの左目にも不自然な疼きのようなものを感じ、思わず彼女へ突き刺そうとした腕の骨をひっこめる。


 そうか、俺の神経系情報を取り込んでいる灯子への”刺激”は、俺へ”刺激”でもあるってことか。

 こいつと俺が一蓮托生……笑えない冗談だ。



「……」



「信じてくれる?」



「……俺は一度現実世界に戻る。

 灯子。お前、肉体のほうはどうするんだ?

 ずっと寝ている状態じゃ、延命処置でもしないとじきに衰弱するぞ。」



「戸鐘路久と同じ方法で、私とあっちは別の存在で生きたほうがいいかも。

 どうせ、あっちの私とこっちの私じゃ、神経系情報が歪みすぎててV.B.W.の刻まれ方もおかしなことになりそうだし。」



「あぁ。下手すれば意識不明のまま目覚めない。最悪、死ぬ。」



「徹って猫かぶりやめるとはっきり言うね。

 ……それともわたしを諫めているつもり?」



「そんな考えは毛ほども持ち合わせていない。

 オマエが俺から離れないなら、相応に対処していく他ない。

 他がないなら、動向を知りたいと思うのは当たり前だ」



「……そか。私は戻らないよ。 徹の好きにしてくれていい。」



 答えを聞いて血が沸騰するような熱の流れを頭に感じた。


 どいつもこいつも、自分が世界の中心みたいな態度でいやがる。



「自分に酔ってる連中には吐き気がする!」



 捨て台詞を浴びせたあとでプログラム終了の指示を出す。

 身体に光輪が走る演出が流れたあと、視界が白光に包まれていく。



「――気を付けて、私の神経系情報と合わさっているってことは――」



 灯子が何かを告げようとする頃には、こちらの五感のすべては現実世界へと帰還する寸前だった。



 ………………。

 …………。

 ……。



 現実世界に戻り、即座にM.N.C.の稼働状況を確認する。

 確かに接続先に『スターダスト・オンライン』が表示されている。

 ログを辿るとおよそ4分前の出来事だ。彼女は嘘をついていない。


 だが不可解なことにゲームサーバーは古崎邸の牙一郎が管理しているサーバールームだけでなく、別の国内サーバーと共同でゲーム運用を処理を行っているようだった。


 ……流石にこの腐った脳みそじゃ、深く考えることは無理だな。


 受容キャパシティが制限されている現実世界の古崎徹はやはり貧弱だ。


 だがゲームサーバーの乗っ取りどころか並行して運用するなんて突飛なことを考える輩は戸鐘波留しかいないだろう。


 というより、他にできるアテがある奴なんて……。



「――あ……。 一人いるじゃないか」



 次期覇権VRタイトル『UNIVERSE』の開発者、エミール・アジャックスならあるいは……。

 俺との契約なしで『スターダスト・オンライン』を探ろうって魂胆か?

 そんなことさせるものか……!!



「力を使って! むしろ強請りのネタを仕入れてやるよ!」



 すぐさま『スターダスト・オンライン』へのログインを開始する。


 現時刻が午後九時であっても、運営からのメンテナンスメッセージは表示されず、いつものログイン画面へと移行した。


 だが、ゲームサーバー一つを丸々乗っ取るという行為自体、かなり大それている。

 たった一時間、『スターダスト・オンライン』をプレイするために、クラッキングできるような人材や大規模なレンタルサーバーを用意するのは割に合わない。


 となると、やはり戸鐘波留が俺を出し抜いて『スターダスト・オンライン』を消去しようとしている、と考えたほうが妥当なのかもしれない。


 考えている間にログインが完了し、視界が暗転していく。


 そして視界が『スターダストオンライン』の荒廃した宇宙コロニーを映す前に。




「――では、いってきます!」




 声が聞こえた。

 ふと、さっき祖父さんの容態を聞いた若いヘルパーに似ていると思った。


 だが次の瞬間、空気の圧が一斉に身体を打ち付け、辺り一面が砂埃に包まれていた。

 振り払おうと右腕を薙いだ一瞬の隙に、フェイスアーマーの装甲越しに金属の塊がぶつけられた。



「キャァ!!」



 無意識に漏れた悲鳴は女性のもので、それが自分から発せられたものだと知るまで随分と時間がかかった。

 顎を殴られ、宙に投げ出された身体はすでに満身創痍。

 どうやったらここまでアーマーを破損できるのか、というよりも、このダメ―ジでキャラロストしていない理由が知りたい。



 敵はウサギのような見目をしているアーマーでこちらに急接近してくる。



「――【有線式アンカーボルト】!!」



 敵のアーマーから射出されたワイヤーに足を拘束され、こちらは身をよじることすら許されない。

 近接戦闘を試みようとするウサギ型アーマーの使い手は、片手の甲より三又の鉤爪を出現させた。



 ログイン早々にキャラロストなんて冗談じゃない!



 これが戸鐘波留の策だっていうなら、なるほどこれは確かに有効だ。

 【スティングライフル・オルフェウス】を撃つ間もなく、ログインしたばかりの俺を狙うなんて。



 だが――、こっちだって必死だ!!



 鉤爪の一閃から逃れるため、使えるか定かですらなかったスラスターを一挙に噴射させた。

 だがワイヤーが絡まっているせいで攻撃を避けれるほどの距離へ逃れることはできない。

 なら、このまま敵の懐に入り込む。



「あぁぁああぁあぁああぁああ!!!!」



 怒号とともに装着しているアーマーが出せるありったけの推進力でもって、ウサギ型へと不格好に体当たりをした。

 こちらが接近したことでワイヤーに緩みが生まれたらしい。

 態勢を崩されたウサギ型アーマーの使い手はタックルを避けきれず、そのままこちら共々地面へと落下した。


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