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ムーンサルト・テール


「――比較的皮膚の薄い腹部を狙います!!」



 僕こと【モルドレッド】の身体に接着された銃座が反転する振動が伝わってくる。



『あだっ!』



 同時に敵クリーチャーの迎撃に集中しはじめたヴィスカの足がこちらの後頭部へとヒットする。


 わかる。


 トサカの部分が一番足をひっかけやすいってわかる。

 けどアーマー【スレイプニーラビット】を装着したままの鉄の足裏には、首筋にギロチンをあてられている気分になってしまうほど鋭利なスパイクが装着されている。


 〈オフィサー〉戦の時と言い、このリザルターアーマーの性能は機動性と近接兵装に絞られているわりに装甲が同じ次世代アーマーである〈Ver.ヴァルキリー〉と比べて薄すぎる。

 いや、胸部や腕部には防御用の装甲はあるが、背面や動作に干渉するような関節部には殆ど使われていない。

 脚部増設バーニアすら装着者の動きを妨げぬよう収納式になっている徹底ぶりだ。


 当初は【25mmドラグカノン】の持主をヴィスカにしようと考えていた。

 だけども前述のとおり、スレイプニーラビットの性能は極端すぎる。

 どんなアーマーにも備わっている射撃用カウンターリコイル機能は、僕がプレイヤーだったころに使っていた初期型リザルターアーマーと差はまったくない。


 それはつまり、初期型アーマーを装着しているリンドーが使っても、ヴィスカが使っても、一発撃ったあとで肩部から全身に伝わった反動により、身体が吹っ飛ぶというプロセスが変わらないということだ。

 ヴィスカは【スレイプニーラビット】の使いやすさに心酔しきっているが、正直言って彼女の戦闘スタイルに合致するというだけで、万人に使えるアーマーでは決してない。


 ……とはいうものの、要は高機動力で接近してありったけの近接兵装をぶち込むってだけの脳筋アーマーと称することもできる……。

 リヴェンサーもここまで極端ではなかったが、戦闘スタイルは近接メインだ。

 やはり兄妹の血は争えないわけか。




 悠長にヴィスカの踏み付けに浸っていると、敵へ狙いを定めたらしい彼女が【設置型16mm大口径機関銃QM640】による制圧射撃を開始する。

 今僕ら二人は超高速といっていいスピードで宙を滑空している。

 そんな状態でまともに対象にあてろというほうが無茶な注文だ。


 ただ【ジェネシス・アーサー】に僕らが看過できない脅威だとわからせるだけでいい。


 人間でいえば肩甲骨の中心に銃座は接着されている。

 そこから心地よい振動が伝わってくる。

 マッサージチェアにあたっているみたいな気分だが、【モルドレッド】の繊細な聴覚には銃声は金切り音のような高音に変換される。

 ヘッドセットによって多少緩和されているが、油断すると黒板のひっかき音を思い浮かべてしまう。

 気を緩めたら地獄だ。



 機関銃掃射が蛇道を描いて【ジェネシス・アーサー】へと迫っていく。

 毎分1200発の連射レートを誇る銃弾の雨がその巨躯へと降り注がれる。



「――着弾っ! 出血です、ダメージがあります!」



 ヘッドセットを通じて聞こえたヴィスカの声がいう通り、ジェネシス・アーサーは着弾した右脇腹を隠すようにして僕らのほうへと向き直った。


 前足部分から漂う白煙、その一番濃い部分には砲弾にやられたらしい裂傷が確認できる。



 よし、こっちの注文以上の成功だ。

 リンドーは敵へ攻撃を命中させるどころか、前足部を損傷させることで機動力を奪ったのだ。


 心の中で「グッジョブ」と唱えつつ、シールドの向こうでリスとレンに回収されるリンドーを見送る。


 ここから先は僕らの仕事だ。



『敵のヘイトをこちらへ向かせることはできた。

 ヴィスカ、この先の大規模クレーターのある月面露出地区に移動しよう!』



「了解です! 各部スラスター・バーニアの解放、いけます」



『ごみ溜めでできた通路は狭い。通路が終わって広場に出るところで僕は待機するから、ヴィスカは【ジェネシス・アーサー】がたどり着く前に、〈北見灯子〉を無力化するんだ!』



「――っ、その北見灯子さんの行方は?」



 ヴィスカの問いかけに反応して僕の両肩部で開かれた瞳がぎょろりと蠢いた。

 滑空速度の影響で壁のような風圧が吹き抜けていく。


 けれどその風圧でできた壁のわずかな切れ目をモルドレッドの瞳は逃さなかった。



『大丈夫。こっちも”開眼”状態を続けてる。

 空気が当たってドライアイが酷いけど、全周囲の視界は”背後についた彼女”も捉えている!』



「ひゃぁっ!!」



 身体を捻って勢いをつけ、右拳を思い切り突き出す。

 天井を伝って密かに追跡していたであろう〈北見灯子〉が砕けたフェイスアーマーの向こうで笑みを浮かべていた。

 余裕か、はたまたクリーチャーじみた姿になったせいで状況を理解していないのか、彼女は僕に攻撃を見切られたにも関わらず、スラスターによる回避行動すらしない。

 いや、彼女には装着しているリザルターアーマーを使用する選択肢がないのだ。


 こちらの拳は容赦なく〈北見灯子〉の脇腹へと深く食い込む。

 モルドレッドのフォトンクローは先の戦闘で今なお砕けているため、単なるリバーブローではあるが、プレイヤーに比べれば巨腕といえるモルドレッドの拳骨はそれなりの威力になるはず。


 ……なんだ?


 深く食い込む、というよりも、彼女の身体がひしゃげすぎて…………。



『横に……ほぼ直角に曲がって……』


「折れてる……」



 僕の渾身のブローに合わせてリザルターアーマーごと〈北見灯子〉の身体が”折れた”。

 曲がったのではなく、およそ背骨という概念が霧散したかのような不可解な動きだった。



 ……ミラーニューロンだかなんだか知らないが、人間の姿でありえない関節の動きをみると背筋がぞっとしてきて患部がムズがゆくなってくる。


 衝撃を逃がすことに成功したらしい北見は、そのような有様でもお構いなしにこちらへと腕を薙ごうとした。

 僕ら二人はともかく、このままだと銃座が損傷しかねない。

 

 

『ヴィスカ!』


「――任せてください! っはぁっ!」



 北見の接近に合わせてヴィスカが僕の頭へとのしかかったままスラスターを噴射を開始した。

 重心が前に出て空中での姿勢が崩れた僕は、宙でほぼ一回転する。



『うへぇ、キモチワ!』



 巡り巡る全周囲の視界がぐるりと巡って上下左右の感覚が薄れる。

 だがその間に、尻尾へと何かがぶつかる感触があった。


 短い北見の悲鳴が聞こえたと思ったら、彼女は既に地上へと落下していた。



『僕の身体を推進力で無理やり回転させて、テールアタックを繰り出させたのか。』



「銃座の射角が取れない場所だったので、つい……。」



 僕が一回転してる間、彼女はスラスター噴射で宙に退避していたらしい。

 再び僕の背に乗ると、彼女は笑いながら誤魔化した。



『いや最高にクールだとおもう!』



 特撮ヒーローのバイクアクションで敵を倒すシーンじみてて超カッコいい。

 ……まさかバイク役させられるとは思わなかったけど。



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