キャラロスト
撃たれた部位は脇腹付近、メインジェネレーターには損傷なし。
キャラロストの心配はないが、シンプルに押し出す力は動力に問題があるこちらが不利。
――まずい、倒される!
姿勢制御のバーニアがプスプスとガス欠した音を鳴らす。
一つが不安定な噴射を行えば、たちまち、すべてのバーニア郡の計算が狂いはじめる。
地面へと身体が叩き落とされ、リザルターアーマーの金属音が装甲の内で反響する。
「やったやった! 笹川さんがやっつけました!」
「いや、まだだ! まだライフゲージが残っている。」
水戸亜夢の喜ぶ声に古崎が叫ぶ。
向かってくる複数の足音は、僕を追い打ちせんと集まる聴衆のものだろう。
覆いかぶさった笹川の身体によって辺りを確認することができずにいた。
一方で接射のために笹川はひたすらビームピストルの引き金を引いていた。
ウォークライとも称するべき咆哮をあげながら、彼は僕の脇腹付近のアーマーへ撃ち続ける。
しかし途端に彼の表情が虚ろなものになったのがわかった。
大きな痙攣と小さな痙攣を相互に繰り返した笹川はやがて脱力してこちらに倒れこんだ。
「笹川は俺たちを守ってくれた! なら、俺たちには生き残る義務があるだろ!?」
「は、はい!」
古崎の問いに誰かが答えた。
腹の底から響くこの轟音は、おそらくは【設置型16mm大口径機関銃QM640】レア度、アンコモンだが、僕はネームレスとして何度もこの機関銃に殺されたことがある。
レベル制限は低く、中距離から味方を支援するのには一番適した兵装。
その機関銃によって笹川と僕はまとめて撃たれたらしい。
笹川を抜けてこちらに届いた弾丸が、いくつか脚部に着弾している。
ライフゲージは決して緩慢と呼べない速度で削られていた。
「プシ猫ォォォォオオォ!」
僕が叫ぶと同時に、風景が明転する。
力無くぐったりとした笹川をどかし、盾にしながら辺りを見渡す。
近距離まで迫っていた学院会メンバーが倒れこんでいる。
義憤か何かに突き動かされた幾人かが、笹川ごと僕に追い打ちをかけようとしたらしかった。
だが、それを七重がスナイプでけん制してくれたようだ。
聴衆の中には一つだけ空洞が出来上がっていた。
その中心には……マシンガン銃座を装備した”古崎”がいた。
「俺が、……俺が皆を守ったんだ……」
盾にしている笹川がそうつぶやいている。
あと数撃撃ち込まれたら、彼は間違いなくキャラロストする。……レベル17。
強化屋に費やしたスキルポイントから考えれば『V.B.W.』によって生まれるショックは計り知れない。
ああ、敵なのにどうして……。
自分の問いかけに答える間もなく、僕は笹川を盾にするのをやめて、大きく横方向へ飛び込んでいた。
奴らの狙いが僕なら、これで笹川は助かる――。
だが、機関銃座による猛攻は僕に流れることはなかった。
射線は依然として笹川を狙い撃ち、やがて彼のリザルターアーマーがモノクロに脱色しはじめる。
キャラロストの瞬間だった。
「古崎!!」
【10mm徹甲マシンガン】で応射するも、姿勢制御が働かずにリコイルを諸にうけてしまう。
銃身が跳ね上がったせいで弾道が安定しない。
攻撃が届かないと知るや否や、古崎は再びニヤリと笑みを浮かべていた。
こいつ、僕の襲撃にかこつけて笹川をプレイヤーキルしようと……?
ふざけるなよ!
「古崎は笹川を消すために僕へけしかけた。……奴をやれ!」
『銃身の冷却が追いついてないです……が、それでも?』
「聞かずともキミの答えは決まっているだろうに。」
七重も古崎の所業を理解しているようだった。
当たり前だ。彼女の親友・瀬川遊丹もまた、学院会の連中の誰かによって裏切られ、キャラロストを強いられた。
嫌でも今の状況は重なって見えてしまうだろう。
『塵芥残さず、消します』
”できることなら穏便に”、そんな考えは消え失せて僕は古崎を殺すよう、指鉄砲を向けていた。
プレイヤーキルを一人も出さずに説得を試みるなんて不可能だとは思っていたが、いざこうなると少し寂しい。
……蜂起した張本人が感じることでもないか。
テロリスト的思考の逡巡は片時間に。
七重による雷鳴がごとき銃声が響き渡った。
クラス、あるいは学年中に届くほどのカリスマを備えた古崎がキルされれば、意外と周りには恐怖心を植え付けられるかもしれない。
そうなれば、このゲームから離れる人間は増えるだろう。
キャラロストによる『V.B.W.』消失のショックは、あくまでキャラロストの時点で起こりうる現象だと僕は推測している。
ならば、プレイヤーが意図的にログインしなければ?
おそらく『V.B.W.』――ゲーム内で得られた強化ステータスは、現実のプレイヤーから剥離して薄れていくはずだ。
つまり、緩やかな能力減衰はあれど、命に関わる急激な能力消失が起こり得ない。
そこを学院会の逃げ道にする算段だった。
でも全ては希望的な予測に他ならない。
手軽に現実でのスキルや地位、名誉を獲得できるこのゲームをやめる人間なんて……。
わずかに湧きあがる思考のノイズを消そうと、首を振る。
(どうして誰も、姉さんが作った『スターダストオンライン』をプレイしてくれないんだ。)
けれどどうしても心底から生まれる問いはぬぐえなかった。
【電磁式ライフル VCD-54】が放った弾丸がエネルギーの塊となって機関銃座に立つ古崎へ着弾した、はずだった。
「――当たってぇぇええ!!」
人垣を縫って現れた高速の影が月光に照らされて宙を舞っていた。
雲母のような長髪を夜空へと広げ、リザルターアーマーの限界機動を描き、スラスターの残像が夜空を彩る。
しかしその光景が見えたのは一瞬だ。
すぐさま辺りは爆風に飲まれていく。
『敵影っ ごめんなさい。あんな速度で接近するなんて。 ……ちんしゃぶさんと同じ動き――』
通信の途中で七重の言葉が途切れる。
晴れていく土埃。その中から現れたのは……銃座から剥がされて放り出された古崎だった。
そして彼を放り投げたのは紛れもなく、突如現れたヴィスカだった。
『……古崎は無事です。 この乱入者、小型ミサイルをあてて、着弾判定を起こし、電磁式ライフルの弾を、防ぎました』
七重がわずかな沈黙のあとに茫然自失といった声音でそう続けた。
彼女がこの場で嘘をつげるわけがない。だが、そんなことを信じられるはずもない。
「音速を超えた速度で打ち出されたエネルギー弾だぞ? そんなことが人間にできるわけがないっ」
誰かと通信していることを隠す余裕すらなく、僕はウェアラブルの通信機に声をあらげて叫んでいた。
『じゃ、じゃあ、どうやって私の弾丸を止めるですか? おしえてくださいよ、復讐してくれるって、遊丹の仇を討つから待ってろって言ったの、貴方でしょうっ』
普段冷静な彼女であっても今見た光景を信じられないようだった。言葉につまり、若干震え声になっている。
「あ……あのヴィスカって子は、僕と同じで今日、チュートリアルを始めたんだ! 『V.B.W.』の影響だってない普通の人間だ。」
『じゃあ! きっと、ちんしゃぶさんのお姉さんと同じ”天才”なんですよ!』
七重の一喝で急に喉元から声がでなくなった。
……そうだ。彼女はチュートリアルのボスクリーチャー【モルドレッド】を倒したかもしれない奴だ。
首の皮一枚で繋がってるような冷静さで無理やり考える。
「ヴィスカ、ここは危ないから離れてほしい!」
あくまで知人を装い、歩み寄る。すると人だかりはヴィスカから距離を取った。
彼女はこちらの要望を聞かずに首を振った。
「イチモツさんがしたいことってこれですか?」
普通の問いかけが辛辣なものに聞こえた。
したいこと? そうだ。したいことだ。
姉さんが死に物狂いでつくって日の目を見ずに終わったこのゲームを楽しむこと。
それが僕の目的だ!
「そうだ。だから邪魔しないでほしい。」
そのためには、こいつらが邪魔だ。ゲームをまともにプレイしようともせず、挙句の果てには街を閉鎖して引きこもることを強要する、ここにいるバカどもが。
「こんなやり方を望んでいるなんて思えません。 『スターダストオンライン』で殺しあうなんてことを」
ヴィスカに笑みはない。まっすぐオッドアイの相貌をこちらに向けて僕を見つめていた。
「わかってる。 でも笹川を謀って、そこにいる古崎は彼をキャラロストさせた!
ネームレスに殺されたことにされてる瀬川遊丹だって、こいつらがやったに決まってる!
こんな奴らが、『スターダストオンライン』にいることが耐えられない。」
「それでも、だからといって殺しても、今度はもっと争うことになるかもしれません。リヴェンサーさんから『V.B.W.』のことは聞きました。キャラロストのリスクも。
これは……ゲームの範疇を超えています」
リヴェンサーと組んで、僕の邪魔をしにきたってことか?
あの次世代アーマー野郎と狙撃弾を撃ち落とす天才が組んだ?
もはや眩暈がして笑みすら零れてくる。
「君は言っただろ、皆一生懸命だから楽しいって。
それは僕の功績だ。
僕がお前らを殺そうとするから、警備役は付け焼刃にアーマー装備を新調したし、学院会は各地域に衛兵を置く必要に迫られた。強化屋で脳みそいじくる時間を惜しんで。
みろよ一生懸命、このゲームで生きようとしている。」
「っ……違う、違います!」
「そうだ、現実は違う。
君にはそれが違う光景に見えたんだろ。
自分に都合がいいように。
いいか、プレイヤーキルは禁止されていない。キルされないように装備を整える流れだって、健全だ。
僕のやり方は全てゲームのロールプレイ要素に沿ったものなんだよ。」
湧いて出た天才様に言いくるめられるなんて真っ平だ!
項垂れた身体を引き起こし、あらかじめ拾っておいたソレの照準器を覗き込んだ。
ビームピストル【Q04G】、笹川の骸から拝借したその兵装を僕はヴィスカではなく、古崎へと狙いを定めた。
引き金に指をかけると、憧れだったビーム兵器のチャージが開始される。
こんな状況じゃなかったら、もっと堪能することができただろうに。
惜しくなる気持ちを押し殺して、僕はチャージが完了した引き金を離そうとした。
だが、思った通りヴィスカは古崎を殺させまいと飛び込んできていた。
「庇うと知っていたよ。僕の狙いは古崎のクズじゃない、君だ!」
使える最大限の動力で迫るヴィスカのアーマーへと【エディチタリウム・フィスト】を叩きこむ。
しかし、ヴィスカの超反応はアーマーの性能限界を飛び越えて、ありえない回避行動をとろうとする。
僕の拳はヴィスカの背部をかすめただけで、ダメージは与えられない。
「やめてください。さっき笹川さんを退けたイチモツさんは、もっと楽しそうな顔をしてました。だから私は――……あ、あれ?」
「君みたいな天才なら、少し本気をだせばこの街から出ることなんて容易いんだろうさ。
でも僕は凡人なんだよ。 何の取柄もない普通の人間だ。誰かに道を妨げられたら、取れる行動は限られてるんだ」
ヴィスカの動きに遅滞が生まれる。
最初から【エディチタリウム・フィスト】をあてるつもりなんてなかった。
少しでも彼女に触れさえすれば、このアイテムを返すことができたからだ。
――カスタムパーツ【result OS】。
リザルターアーマーの制御システムをオートパイロット化し、プレイヤーが基本的な行動をするためのアシストを行うパーツ。
「急に手動操作ができなくなった……?
ど、どうして【result OS】が装備されてるの?」
「【result OS】は装備されたらオペレーションシステムの構築で一時的に行動不能に陥る。 ……マニピュレートの弱点を僕が知らないとでも?」
ヴィスカの表情が失意に暮れる。
心底僕に幻滅してくれたらしい。
もう一度、ビームピストルを握りなおし、今度は何の思惑もなしに古崎へ銃口をむけた。
最初からこうすればよかった。
プレイヤーキルはせずに穏便に済ませられればそれが一番だなんて。
ロストした笹川をみて、そんな気持ちは消え失せた。
「プシ猫、学院会の連中に、構わずチャージショットを撃ってくれ。どれか一人がキミの親友をやったやつに違いない」
……? 七重からの応答がこない。
何度もプレイヤー名を呼ぶが、彼女から通信は入ってこなかった。
!
「まさか……」
七重がスナイプしているであろう地点を仰ぎ見た瞬間だった。
電磁式ライフルとは異なる凝縮されたビームの真っ白な閃光がビームピストルを握る腕を抉り取ってしまった。
『プレイヤー、プシ猫はこちらが捕縛した。』
彼女の通信から聞こえた青年らしい声音は”リヴェンサー”のものだった。
『ヴィスカ殿のおかげで貴様の援助者へとたどり着くことができた。 ネームレス、これで貴様は終わりだ』
膝から崩れ落ちそうになった。
何から何まで今日という日は思惑通りに運ばない。
いや、ほとんど思惑通りには言っていた。けれどその上で全て凌駕された。
『嘘、つき……』
七重の消え入りそうな言葉は、おそらく僕に宛てたものだ。
もう縋るものがなくなってしまい、彼女に対する罪悪感だけが僕を突き動かしていた。
ビームピストルを手に取り、古崎を殺そうと素早く引き金をひこうとした。
だが、突如身体が痙攣し、やがて衝撃が走り投げ出されてしまった。
衝撃を受けた方向を見ると、さきほどまで聴衆に成り下がっていたプレイヤーたちが隊列を組んで初期兵装【10mm徹甲マシンガン】を構えていたのがわかった。
「古崎くんを守れ!」
「ネームレスを殺せ!」
「笹川の敵討ちをしろ!」
……。低威力ではあっても、人数が集まれば四肢の自由すら聞かないほどのダメージになる。
鉄が削れ、アーマーは剥がれ落ちて生身を晒す。
結局、僕は負けたらしい。
《運営より、メッセージです。
『スターダストオンライン』をお遊びいただきありがとうございます。
これよりこのサーバーはメンテナンスに入ります。
誠に勝手ではありますが、プレイ中のお客様はログアウトを行ってください。
時間になるまでログアウトされなかった場合、強制ログアウトとなるのでご注意ください。
この度はご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。》
無機質な女性の音声が聞こえた。
僕はそのまま目を閉じて、この身をゆだねた。




