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告白と常識人


                 ☆



「つまり僕は〈リヴェンサー〉の代打か」



 僕のスマホに届いたメッセージの着信は、戸鐘波留――姉さんから送られてきたものではなかった。

 姉さんのかつて勤めていたゲームスタジオの後輩である”坂城諸さかしろ もろ”が、彼女のメッセージアプリアカウントを使って僕を呼び出したらしい。


 頼られたと若干期待してしまった自分をぶん殴りたい。


 でもこれはさっきの件よりも些細な出来事だった。

 後ろ向きな思考で別の後ろ向きな思考を上書きしようとしたが、やはり脳裏をちらつくのは微妙に頬を引きつらせた湯本紗矢の表情だった。



「あぁぁぁ、なぜ僕はあんなことを言ってしまったんだ……?!」



 諸に呼び出された郊外のテナントビルへ急ぐ間にも、学院を出る前に起きたことを何度も反芻していた。


 ……決して告白したわけじゃない。

 けれど今思い返してみれば、それは好意を伝えているという点で告白とそう変わりない。

 そうこう考えあぐねている間にもさっきの会話が頭の中でリピートする。


 ――よかったらついてきてくれないか?


 ――いやいや、アタシゃ『スターダスト・オンライン』のプレイヤーじゃないッスよ。

 多分、波留さんからのメッセージはそれ関係でしょ?


 ――わかってるし、僕自身もスターダスト・オンラインのことくらいしか協力できることはないよ。でも、昼休みのときみたいに一人で暴走するかもしれないし……できれば監視役が欲しい。

 湯本が傍にいてくれると凄く安心できる。


 ――…………っ。

 だからアタシは母親キャラじゃないって言ってるじゃないッスか!?

 アタシはこれから大事な約束があるんス。ってことでさらバイ! ”



 そのまま保健室に取り残されて5分間。

 陰気でひねくれた物言いができる自負があったものの、僕は湯本紗矢に率直な言葉を告げてしまったのだと気づいた。

 悶絶する前に保健室のベッドから這い出て、教室へ荷物を取りにも戻らず、僕は校門を抜けていた。


 けれども結局、走るうちにむやみやたらに脳が活性化して今に至っている。



 湯本に不甲斐ない姿ばかり見せているせいか、不思議となんでも言えてしまった。

 少し考えれば告白めいた言葉になっていると分かりそうなものだが、まるで躊躇なんかしなかった。

 そして見事、彼女にはぐらかされて今一人で街路を走っている。



 行く道で赤信号に待たされる間に、メッセージアプリで姉さん宛にメッセージを送ると、諸から連絡が帰ってきた。

 他人の恋愛事情――というか姉の恋愛事情なんて特に――普通なら気にも留めないのだが、こうやってアカウントを共有しているところをみるに……やはりそういう関係なのだろうか?


 今まさに自分が振られたかもしれない状況だと変に他人のことが気になる。



(というか、はぐらかしたのだってあいつが優しいからだろ。)



 保健室でネガティブな悩みを打ち明けた先輩が急に告白じみたこと言ってきて、普通に振ったらまた落ち込むかもしれない。なら、彼女ははぐらかすしかない。

 


「患者会……だっけ。」



 M.N.C.によるリハビリテーションのサポートや悩み、医療制度の説明等の相談をうける有志の会。

 湯本はそこに属していて、姉さんもそこで彼女と知り合ったと聞いた。

 

 ……彼女は患者会の一員として、スターダスト・オンラインの被害者である僕を気にかけてくれたわけで……つまり僕は、勘違い野郎ってことだ。



「……という感傷に浸ってる場合じゃない!」



 ついつい独り言が隣を歩く人もビクつくほどの声量になる。

 けれど、もうウジウジするのは懲り懲りだ。

 


「スターダスト・オンラインのことが片付いたら、改めて湯本にお礼をする。」



 そう決意を固める間に、僕は一つの廃ビルに足を踏み入れていた。

 メッセージアプリを通して送られてきた地図情報はこの場所を示しているが……鬱蒼とした雰囲気だけがあって不気味だった。

 姿がみえないのに人の気配がまだらに感じられるのも嫌すぎる。


 50メートルほど後退すれば、すぐに表通りへ出て人目のつく場所に移動できるのがせめてもの救いだが、これ以上廃ビルの奥に進むならその限りではない。



「”……もちろん俺もついてくよ?

 波留を一人になんてしないし、国内じゃあ俺の再就職先ないし、めっちゃ洋ゲー好きだし”。

 はいはい、俺も好きだよ。じゃあまた後で」



 波留の名を聞いて振り向く。

 そこには長身細身の男がいた。

 いくらか頬がこけ、髪や髭が乱れておりかなり老けて見えたが、わずかにしわが寄った苦労人っぽい眉間に気づいて、彼が坂城諸だとわかった。


 彼はスマホの通話を切ると「お久しぶり、弟君」と気さくな声音で言った。


 一瞬、義弟という漢字が見え隠れしたが……、素直には受け止められない、


 あまり諸の姿は清潔とはいえなかったからだ。

 この廃ビルにおけるドレスコードは満たしている反面、表通りに出ればホームレスチックなスタイルと言わざるを得ない。

 そんな恰好で丁寧な会釈をするものだから、違和感が半端ない。



「あぁ、あそこで見ているのは僕らの味方だよ。

 ……ん、見えない? あの3階あたりにいるんだけど……上手く隠れてるんだな。

 スターダストオンライン発売中止になった当時、何度か古崎牙一郎の差し金で襲撃を受けたことがあってね。

 もしものために彼らに警戒してもらってるのさ。」



 見た目だけでなく諸を取り巻く雰囲気も、僕がテストプレイしたときよりだいぶ変わっている気がした。

 前は姉さんの奔放を諫める常識人といった感じだったが……今はこの人自体、姉さんじみた歯にモノ着せぬオーラがある。


 ……それってどうなんだろ。

 用はこの人も姉さんと同じように生活感に疎い人になってしまったってこと?


 仮に義兄になるのであれば、常識は捨ててほしくないし、なんだったら僕が将来就活で悩んでるときにすこぶるホワイトな企業の就職先を斡旋してくれる頼もしい社会人であってほしかったんだけど。



「とりあえず中に入ろう。

 入ったらさっそく実験運用の開始だ~。

 楽しい楽しいダウンロードコンテンツの始まりだよ~。」



 諸はスキップしながら子供じみた笑みを浮かべて廃ビルの奥へと消えていく。



 …………諦めよう。

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