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 M.N.C.(マス・ナーブ・コンバータ)のサンプルオペレーションの仕組みを理解するのにはそれなりの時間がかかった。


 オフィサー――木馬太一の操作用PCをそのまま引き継いだ古崎徹は、スターダスト・オンラインを通さずにM.N.C.の試験運用を試そうとしていた。

 古崎邸に用意されている電子設備に問題はない。

 元々、スターダスト・オンラインに使われているM.N.C.はこの古崎邸にある機材を使って稼働している状況だ。

 客人を招き会食でも開くかのような広さを持つ一部屋が『スターダスト・オンライン』に関する機材で埋まっていた。

 そこから更に別室設けて保管されているのがM.N.C.だった。


 スターダスト・オンラインを通さない――つまり、純粋なリハビリ用の医療デバイスとして古崎徹はM.N.C.を用いていた。

 だが、木馬太一のようにM.N.C.一筋の相談係まで配置されるほどにその操作は複雑であり、同時に多大な危険が伴う。

 

 結局木馬太一本人には言わなかったが、古崎徹が彼に初めて会ったとき、真っ先に思い浮かんだのは”末端”という言葉だった。

 親会社が【エンドテック】と呼ばれる米国の大企業だったとしても、その子会社に属する木馬太一にはそこまで恩恵をもらえている様子はなかったし、何よりちょっとしたミスが大きな責任問題につながる役職だった。 


 国内においてM.N.C.の操作を完璧にこなせる専門家は、先進医療技術をしかるべき機関で訓練し、幾度かの実践によって精通した人物のことだろう。

 そこまで学びきるには、医療関連のデバイスラグ(※先進医療の導入遅れ)が激しい日本国内ではまず不可能である。


 ……それなのに、医療関連の専門機関にすら通ったことがない木馬太一がM.N.C.の訪問ヘルプデスクなる職についていた。



 毎日死に物狂いのストレスに堪えていたことだろう。

 故に木馬太一はミスを犯した。 

 転落事故によって両足を失った湯本紗矢という女性患者は、数年前、M.N.C.のリハビリテーションプログラムによって義足による歩行が可能になった。

 だがその裏では、当時M.N.C.国内相談係であった木馬太一の指示ミスによってVR空間上に湯本紗矢を取り残す事態が起こっていたのだ。


 奇跡的に彼女は生還を果たし、今も鳴無学院に通っているが、木馬太一の失敗は古崎グループの管轄にある大学病院のログにしっかりと明記されてしまった。

 

 古崎徹はそれを使って彼を脅し、スターダスト・オンラインに繋がるM.N.C.の調査・管理を命じていた。


 ……働きに応じては彼に支給する金も、子会社に努めていたころの給料の3倍は

渡していた。

 まぁ、その病院内のログは”圭吾”によって抹消され、俺は木馬太一を脅す手立てを失った。 だから今は一人でM.N.C.を操作している。

 俺に脅迫されなくなったとしても、木馬太一は元の子会社に戻ることはできないだろう。

 既に彼の代わりの社員は用意されているのだから。


 唯一彼自身が誇りとしていた”【エンドテック】傘下にいるエリート”という威は消滅する。



「脅されて反発するだけが自由なんじゃない。

 脅された状態に興じるのもまた自由だろ……。

 低能どもは現状を見ようとしない。 」



 今の状況を脱しさえすれば状況は改善されるという希望的観測ばかりが先行して、結果的に状況を悪くさせる。


 木馬太一にもっと考えられる頭があったなら、今頃は俺の命令に従っていたに違いない。


 …………っ、バカなことを考えた。

 もし木馬太一がいれば、M.N.C.操作はもっとスムーズに終わったはずだ、と?


 それこそ希望的観測だ。

 

 奴に任せていたから『スターダスト・オンライン』を掌握するまでにかなりの時間を要したのだ。

 子会社の洗脳じみた新人教育が木馬太一に極端なM.N.C.のセッティングをさせないようにしていた。

 俺が求めるものはむしろ、M.N.C.を用いた人智の先にある極限状態だ。



「……見つけたぞ。 VR内仮想アバターの受容キャパシティの変更。」



 仮想アバターとはスターダストオンラインでいうところのプレイアブルキャラクターのことだ。

 ゲーム内でプレイヤーの分身となるキャラは人一人の神経系情報を運用できるメモリー――処理能力があるように設定されている。

 それはたとえゲームを通さない医療デバイスとしてのM.N.C.でも同じ設定である。


 当然のことながら、一人の人間の神経系にまつわる情報が膨大な量であっても、同じ人間であれば情報量はさして変わらない。

 一人の人間が持ち得る神経系情報は一人分である。


 よって、VR空間内で仮想アバターを使う際も、一人分の神経系情報が運用できる”容器”があれば十分といえた。


 が。


 これがVR空間内における人の進化を妨げているとも言い換えることができる。

 そもそも仮想現実において、”容器”のサイズを設定する必要なんてどこにある?


 もっと優れた、あるいは強大な”容器”があれば、神経系情報を処理する能力は格段に伸び、VR空間内で得た特殊な能力にも効率的に対応することができる。



 瀬川遊丹へと【チャフ・グレムビー】のデータを送り込んだ際、オフィサーはM.N.C.からでも参照できるクリーチャーの仮想神経系情報の一覧を興味深く読み込んでいた。


 ゲーム開発者である戸鐘波留が、M.N.C.によって変換した人間の神経系情報をクリーチャーに転用してオリジナルに仕上げたものらしい。

 図らずともそれは人間の神経系情報量を超えていた。


 故に、ゲーム内クリーチャーに与えられた受容キャパシティは、”人間用”につくられたプレイアブルキャラクターをはるかに凌駕する。



「……どれだ。より受容キャパシティの許容が多いクリーチャーは、どれだ?」



 参照する間に古崎徹の口元は徐々に歪んでいった。



「キャリバータウンのジャンク置き場に巣食う隠しボスクリーチャー【ジェネシス・アーサー】……お誂え向きとはこのことだな。

 コイツに【オルフェウス】を撃ち込んだら、俺はまた神の力を手に入れることができる……」





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