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コンプレックス・ストラクチャー


「その反応で間違いありやせん。 俺らはノンプレイヤーキャラクター。

 『スターダスト・オンライン』という世界に配置された駒ですからねぇ。

 その役目を真っ当することこそ、俺らの矜持は果たされる。」



『い、いや、驚いたけど、別に否定する気はないよ。

 人間になるってどういうことなんだ?』



 リンドーは二度三度頷いたあとにガラクタの上を登っていく。

 さっき【10mm徹甲マシンガン】を見つけたときは作業を中断してまで無駄話していた。

 だが今度はガラクタ漁りをしながら、些事を述べるように口を開く。



「俺らの魂――神経系情報は旦那からいただいたものだ。

 俺たちはそこから更に、NPCとして予め設定されているキャラクターの性格や役割、容姿に従うことで一人の人物に仕立て上げている。」



『仕立て上げているだなんて、それじゃあ演技してるみたいに聞こえてくるよ。』



 作業の手を一瞬だけ止めたかと思うと、リンドーはふと肩をすくめて僕へと向き直る。



「そうだね。

 自分ごとじゃなくてこれじゃあ他人事を話しているみたいに聞こえてくる。

 でも”僕”はキミが言ったように〈イチモツしゃぶしゃぶ〉のクローンと変わりないんだ。」



『――ッ。』



 急激に口調を変えたリンドーに驚いたのが一つ。

 そこから話すにつれてまったく見た目も声も似ていないのに、目の前に”僕自身”が立っているかのような錯覚に陥ったのが一つ。

 そして、【モルドレッド】に身体が移されて曖昧になりつつあった自分自身の姿が不覚にも脳裏に蘇ってきたこと。


 リンドーの江戸っ子っぽい大雑把で気前のいい人物象が抜け落ちて、代わりにどこか優柔不断でイマイチぱっとしない陰気な男子生徒が現れた。


 態度や仕草までも同じで、【モルドレッド】という人間からかけ離れた僕よりもリンドーのほうが十分〈イチモツしゃぶしゃぶ〉をこなしているとさえ思ってしまった。



「やめです。俺にゃぁ、こういう思慮深い性格とやらが似合わないってなもんです。

 ……ですが、ね。

 つまり、そういうことなわけです。

 神経系情報は津々浦々、髄髄ズズいっとNPCの俺らを〈イチモツしゃぶしゃぶ〉という基盤の元で人間らしくさせてくれた。

 だが、それはあくまでもイチモツ様のクローンが量産されているというだけの話。

 ――俺はそうは思わなんだが――フリューゲルはNPCの設定に従うだけでは、まだまだ個性は薄いのだと言ってる。


 問題は他者との違いを明確にする個性の欠落だ、と。」



 ……。

 僕もまた現実世界の〈ロク〉と切り離されたクローンと言って差し支えない存在だ。

 どこもかしこも、この世界には本物になりきれない輩であふれかえっているな。


 にしても、個性の欠落って現代を生きる若者の悩みって感じだ。



『フリューゲルのいう人間ってのがどういうものかはわかったよ。

 でも個性の欠落って、具体的にはどうやって解消するんだ?』



「人間のコンプレックス――複雑な感情の起伏を生み出すには、一種類の神経系情報だけでなく、様々な人間の神経系情報を取り込む必要がある、フリューゲルはそう言ってやしたね。

 要は、旦那”以外”がこのキャリバータウンでキャラロストして、NPCらに別の神経系情報を賦与すれば、NPCはより複雑な思考が持てるようになり、それはやがて個々人を識別できる個性として確立できる、ってことなんだと思いやす。

 あー、あほくさ。」



 リンドーは途中で悪態をついて話を切る。

 あほくさいと言いつつもこれだけ説明できるのは、彼自身もフリューゲルの話にしっかり耳を傾けたからだろう。

 そのうえで否定に回っているなら、立派な個性の発揮だとも思う。



『ちなみに、僕以外ってことは別のプレイヤーのキャラロストを狙っているってことだよね。 それって……』



「その通り。 フリューゲルはあわよくばヴィスカを取り込ませた【ジェネシス・アーサー】を操ってプレイヤーを殺して回ろうって魂胆だったンですよ。

 だから、【ジェネシス・アーサー】の討伐自体には協力的じゃない。」



『あのじいさんめ、ヴィスカ一人に行かせようとしてたのはそれが狙いか。』



「旦那の安否を気遣ってたのは嘘じゃねえでしょうけどね。

 NPCって枠を超えて俺らが得た初めての”文化”らしきものっていえばイチモツ様信仰ですから、フリューゲルが今邪魔してこないのもそれが証拠ってなもんです。

 まーそれにしたって、飽きれるばかりですよ。

 NPCが役割もなしに意図的にプレイヤーを殺すなんてこと、明らかに逸脱行為だ。」



『……気になったんだけど、そこまでフリューゲルのことを理解しているのに、どうしてリンドーは反対側に回ってるんだ? 

 というよりどうして反対側に回れる?』



「俺は本来、この丁度地下にあるロケーション『ブルーエンドリニアライン』出身のNPCですからねェ。 それほど神経系情報を得てねぇのかもしれやせん。

 だから、NPCとしての役目にも固執するし、フリューゲルの人間になりたいって願望にも反対できるのかもしれやせん。

 けれども俺は、役割を持つNPCには矜持がある考えておりやす。

 NPCとは本来、プレイヤーを楽しませてなんぼだ。

 それだけは忘れちゃいけねぇ、”真芯”ってやつですぜ。」



 快活な笑みを浮かべた彼は威勢のいい声をあげて再度ガラクタ漁りを再開する。

 彼の言葉に嘘偽りはない。

 彼と車両の内部で出会ったとき、真剣にプレイヤーを楽しませるためのパフォーマンスをしようとあんなにも躍起になっていたのだから。



「イチモツさ~ん!! 私、もしかしたらアーマーを見つけたかもしれません!」



 探索を続けていたヴィスカが山向こうから声をあげる。

 


『おぉおぉ!! 今行く!!瓦礫どかすのなら任せてくれ!』



 しかし、ヴィスカは大げさに首を振ると自分の胸元を指さした。



「違います~。イチモツさんの胸のあたりをみてください!」



 言われてみてみるとそこにはどこかで見覚えがあった金色の結晶片が付着していた。

 



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