一応、神様でした。
☆
「満身創痍の身なりであの【ジェネシス・アーサー】を倒せる、と?
我々の中で唯一、戦闘力をもつ[リス]と[レン]の子供たちにすら手を煩わされたというのに?」
「私が手負いなのは別件が原因です。 この子たちからは一撃も受けてませんし、ふいを突かれたからといって後れをとったという認識もありません。
こめかみに押し当てられた銃口から弾が発射されても、私なら避けられる自信があります。」
ブラフだ……。
ブラフ、だと思うんだけど、現に銃弾の軌道にモノをぶつけて防いだ前例のあるヴィスカなら出来てしまうかもしれない。
遠慮がちだった瞳が、今ではしっかりとした芯があるように思えた。
それは自分の強さに対する自認に他ならない。
『んぐっ』
……なんだ?
別に特別な感慨なんて抱いてもいないのに心の底がズキリと痛んだ。
ただ単純に、彼女が自分の力を認めてそれ相応に物事を変えようと努めているだけだ。
――でもそれは無二の能力を持つ天才にこそ許された我儘で……。
誰かの思考が混線した無線通信のように入り込んでくる。
まったく、まだそんなことで悩んでいるバカがいるのかと悪態をつきたくなる。
そうやって凡人だの天才だの別の人種として仕切ったりするのは愚か者のすることだ。
はっきり言ってやる。
『あほくさっ』
「……何に対してですかな?」
冷静な口調でフリューゲル・アンスがこちらを訝った眼差しでみている。
しまった、自分会議じみた独白に声を出して答えたのか?
『い、いや、今までの問答が、だよ。
ヴィスカが言ったように、僕たち二人が【ジェネシス・アーサー】を倒せばキミたちに被害は及ばないし、ヴィスカ自身をキャラロストする必要もないんだろ?』
聞いてて気づいたが、考えが後ろ向きになりすぎていた。
僕自身、完全に負け癖のようなものがついてしまっていたらしい。最初から自分よりも強いクリーチャーには勝てないという前提でモノを言っていた。
「それはいけません!
イチモツ様はわたし共にとっては創造神とも呼べる方だ。
これ以上、貴方様に求めるわけにはいきません。わたし共は、わたし共で立ち上がることができるようにならなければ」
フリューゲルは瞳を剥き出しにする。
鬼気迫る勢いを感じるが、言ってることはめちゃくちゃだ。
『そんなこといって、今だってヴィスカに頼ろうとしてるじゃないか。
君らが敬愛する神的には、君ら自身で【ジェネシス・アーサー】に立ち向かうくらいの気概を見せてほしかったよ。
そうすれば、僕もヴィスカも快諾しただろうさ。
今みたいに脅迫されるよりはよっぽど気持ちよかっただろうね。』
「ですから、貴方様が息災であるようにしたかったのです。
今の話ぶりでは、ご自身も【ジェネシス・アーサー】討伐に向かわれるのでしょう?
それはなりません。」
『足切られて息災も何もないと思うけど。
それは置いとくとして、NPCたちが守られるなら【ジェネシス・アーサー】を成敗してみせるさ。
神様として崇められているなら、そんな願いくらい聞き届ける。』
……ぶっちゃけヴィスカが共闘する前提だけど。
一人だとどこでこの【モルドレッド】の身体が制御不能に陥るかわかったもんじゃない。
どこかでヘマしてやられるのがオチだと思う。
『それでいいだろ? リス』
依然として複雑な表情を浮かべるフリューゲルではなく、傍らでオロオロとこちらを眺めているリスへと問いかける。
「うん……そうよ! やっぱり誰かが消えるのなんて嫌っ」
「そうだそうだ。オレらの記憶にはイチモツ様のものも含まれてんだ。
その記憶によれば、〈名無し〉さんだって親愛なる友人の部類に入るだろうさ」
「間違いないねぇ。わたしたちが犠牲にしていいお方じゃないだろ。ドン・フリューゲル?」
リスの答えに共感した他のNPCが同意の声をあげる。
瞬く間に同意の声は広がって【ジェネシス・アーサー】討伐の気運が高まっていく。
よかった。なんだかんだ彼らの中で僕はしっかりと神様の立ち位置についているらしい。
この襲撃を成功させるための演技とかだったらこうはならないだろう。
「野望は打ち止めってことだな。フリューゲルじいさん。」
拘束を解かれたであろうリンドーが気安い雰囲気でフリューゲルの肩を叩いた。
「リンドーか。ブルーエンドのよそ者が知ったような口をきくな」
「じゃあ、よそ者らしくよそ者に協力してくんよ。俺もアーマー所持者だからな」
「……話すなよ?」
「話すに決まってる。 プレイヤーの意見が聞きたい。」
「勝手にしろ。どうして誰も、〈名無し〉の有用性に気づかないのか……。」
吐き捨てるようにリンドーへ告げるとフリューゲルは集落の奥へと消えていく。
有用性……?
そんな物みたいな言い方で同意が得られることのほうが間違いなんだ。
フリューゲルを睨む僕に気づいたのか、リンドーは元の媚びへつらうような表情をつくった。
「勇敢な選択、痛みいりやした! このリンドー・ミストレイも戦いにお供させていただきやす!
ささ、時間がもったいない。 シールドはあの【モルドレッド】を通したんだ。
相当盲目気味になっているに違いねぇ。【ジェネシス・アーサー】を通過させるのも時間の問題だろうさ。
まずは兵装の調達といきやしょう。
まぁジャンクしかないんすけどね! あっはは!」
愉快げにリンドーが出口まで僕とヴィスカを案内する。
けれど、ヴィスカは立ち止まって、僕へと振りかえった。
「私はフリューゲルさんが言うように、イチモツさんが戦いに参加すべきではないと思います。
だってイチモツさん、弱いですから」
『……お、おぉ。 めちゃくちゃはっきり言うね。』
「私が口下手でさえなければ、言いくるめて置いていきたいところです」
『でも残念ながら僕は行くんだよ。』
ついさっき聞こえたノイズの声に対して意地を張るがごとく、僕は目の前の”天才”とやらについていくことを随分前から決心している。
どこぞのバカみたいに自分を劣等人種のように思うことなく、対等に彼女を想いたいと願っている。
「わかりました。……その代わり、イチモツさんを私が庇っても文句言わないでくださいね」
『それはそれでめちゃくちゃ文句言うと思うからやめてほしい。』
「やっぱり我儘です。」




