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ピエロでも、

                 ☆


 結局、説得するために設けた多目的ホールでの会合は、笹川宗次という”オチ”がついてお開きとなった。


 突如ホールへと乱入した”戸鐘路久”はキャラロストされた元〈学院会〉メンバーを使って『スターダスト・オンライン』へのログインをやめさせようとした。

 けれどそれは、説得というよりも脅迫に近い主張となっており、果ては我先にとホールから逃げ出そうとする者もいた。


 水面下ではあったが、意識不明に陥った瀬川遊丹の体験談によって、ログインをやめようと決心した生徒はいた。


 時間遡り、戸鐘乱入前。


 例えば、将棋界の気鋭・網浜日向あみはま ひなたは、『スターダスト・オンライン』にて同じ部活動に所属する天沢ホコナが古崎徹によって侵されるのを見て、天才である自分と向き合った。

 早朝、彼宛に届いた古崎徹からのメッセージは〈スターダスト・オンラインにてキャラクターを使わせる代わりに、これまでの”天才”としての生活を興じることができる〉、というものだ。


 いくらアバターだといっても、ホコナを好き勝手に汚されるなんて冗談じゃない。

 それどころか、彼女が瀬川遊丹のように辛い目に遭うかもしれないなんて……、到底、ぼくにはそんな生活に堪えられそうにない。

 古崎徹が〈学院会〉を支配していたのなら尚のこと、従うわけにはいかない。

 人々の衆目に曝されている元会長を含む4人の生徒たちは、ずっと『スターダスト・オンライン』の危険を訴えてきたらしい。

 なら今、ぼくはログインしないことを宣言しよう。そうすれば、彼らの後押しになるかもしれない。


 しかし、網浜日向が声を出そうとした瞬間、戸鐘路久が元〈学院会〉を引き連れてやってきた。

 

 戸鐘は日向たちへと告げる。



” ――スターダスト・オンラインへのログインをやめない限り、キャラロストした人たちが〈学院会〉を攻撃する動機は消えない。

 もしこのままログインして、凡人が天才のフリをするなら、今度は現実世界でも人殺しが生まれるかもしれない。”



 だからログインはやめろ、と。

 主張自体は瀬川遊丹と変わりない。

 やり方が乱暴ではあったが、別の目線から戸鐘が『スターダスト・オンライン』をやめるよう忠告しているのもわかる。


 だが、将棋部として毎日盤面と向き合っている日向は、ついつい盤面をひっくり返す思考をしてしまった。


 ”つまり、ぼくたちを襲おうとしたこの元〈学院会〉と同じになれ、ってこと?”


 日向が危惧したのは決して自分が凡才になることじゃない。

 劣等感に駆られ、暴力沙汰を起こそうとしたこの3人のように、自分がなってしまうのではないか、という恐怖だ。


 瀬川遊丹はまともだった。

 この3人の生徒と同じ状況に陥っても、彼女は普通にみえた。

 たとえ痩せ細った腕や不健康な白い肌を見せられても、瀬川遊丹はまともにみえた。

 だから『スターダスト・オンライン』を、脳に刻まれた天才を生み出すV.B.W.の消失にも耐えられるはず。


 でも目の前に現れた”現実”を前にして、日向はすっかり怖気づいてしまっていた。

 V.B.W.がなくなって凡人に成り下がった彼らは、冷や汗をかいて瞳が剥けるくらいに見開いている。

 3人の内、日向の知り合いが一人いる。その人物はいつも落ち着いていて、他人に気配りができる生徒だったはずだ。

 しかし彼は変わってしまった……V.B.W.が無くなることで。



 瀬川遊丹や月谷芥元会長は再三にわたって説明してくれた。

 キャラロストによるV.B.W.の”書き換え”ではなく、ゲームへログインしないことでV.B.W.が薄れていく”消失”では脳へのダメージに大きな差が出るそうだ。


 けれど、日向には本当にそれを信じていいのかわからなかった。


 あまつさえ天才である自分を捨てる覚悟にすら疑念を抱き始めていた。

 早合点ではなかったか。


 やがて戸鐘路久は後輩である水戸亜夢へと罵詈雑言に似た言葉を浴びせる。

 いいや、水戸亜夢だけではない。戸鐘の言葉は〈学院会〉全員に告げているものだった。


 ――そうだよ。V.B.W.が無くなれば、ぼくらは何もかも失う。

 手放せるわけないじゃないか!


 日向をはじめとした〈学院会〉が追い詰められたところで、戸鐘の口をふさぐ者が現れる。

 けれど日向には何も視界に入ってこなかった。

 彼女のために決心したのに、一周廻って日向はV.B.W.にしがみつくことにした。


 ――そうだ、ホコナはどう思うだろう? 彼女だってV.B.W.が必要なはずだ。

 ぼくは彼女にあわせたんだ。自分の選択じゃない。



 彼は矜持の欠片もない思考に埋め尽くされて何も見えなくなっていたのだ。

 そんな時だ。



「ど、どーも。どーも。 さ、笹川宗次です。

 元〈学院会〉でキャラロストによってV.B.W.を全部消失しました。

 どうも俺です。」



 ――なんだこの空気読めてない輩は。

 あぁ。前にでていたのは四人だった。

 月谷元会長、釧路七重、瀬川遊丹と……ずっと棒立ちで固まっていた笹川宗次だ。

 そういえばこの前、風紀隊の一人がキャラロストして話題にあがっていたが、彼のことだったのか。



 笹川は一度咳払いをすると矢継ぎ早に話し始めた。

 話慣れていない人にありがちな早口と気取っててイタイ印象をうける演技で彼は語りだした。



「み、皆。

 鳴無学院のポータルサイトって知ってるか?

 入学時にもらえる専用電子端末からアクセスできる学院生徒専用のお役立ちサイトだ!

 先生の講義に合わせて小問題ができる予習・復習機能はもちろん、例えば歴史だったら別の講義の関連項目にアクセスして興味の幅を広げることができる優れものだ。


 更に!


 学院に備え付けられたPCへと端末を繋げることで、講義中に自分が間違えた問題をAIが分野ごとにまとめてくれて、自分の苦手な箇所を教科書へとマーカーしてくれたりもする。

 しかも!


 このAIってのが凄く優秀なんだ!

 数学でいえば生徒一人一人の途中計算なんかも細部まで認識してくれるから、どの計算式ができてないのかすぐわかるし、AIが苦手な思考パターンも統計して自分専用の問題までつくってくれる!

 名門鳴無学院が誇る最強の学習プログラムだ!


 これを使えば、成績一等賞間違いなし!」



 な、なんか始まった?

 あの3人に続いてこの人も狂人になってたの?

 というか、なんかすごくデジャブだ。この語り口ってどこかで聞き覚えがある。

 なんだっけ……えっと…………あっ!



「「「進〇ゼミだ」」」



 思わずつぶやいた日向の声に数人の声が被る。



「――で、でもいくら言葉で説明されたからってわけわかんないよなっ?

 ……なっ!?」 



 こちらの反応も見ずに笹川宗次はわざとらしい演技を続けつつ、今度は瀬川遊丹へと話を振る。 瀬川遊丹も不意を突かれたらしく「え、え?」と首を振った。


 困惑する瀬川に対して、問いかけた本人である笹川も泣きそうな赤面で彼女の返事を待っている。



「スゥ……当たり前ですっ!? 私だって〈学院会〉に負けないように勉強してきたけど、超えられない壁があるって感じたもの!」



 しかし笹川へと言葉を返したのは瀬川ではなく、釧路七重だった。

 内気で陰気で終始勉強しているが芽が出ない。

 そんなマイナスな印象ばかりがある女子生徒だったが、今まさに彼女は声を張り上げて笹川の即興劇に付き合っている。


 笹川の頬が引きつる。

 一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに彼はまた喋りを再開した。



「俺も! そう思っていた! どんなに努力しても〈学院会〉でない戸鐘や釧路さんに成績で負けるわけないって思ってた!

 ――けど、こいつを見てくれ!」



 笹川が満を持して取り出したのはテストの答案だった。

 しかしミニテストの答案をわざわざ印刷したものらしく、それなりに広い多目的ホールではおそらく、その場にいる全員には見えないだろう。

 何もかもがずさんで勢い任せなのが透けて見えてくる。



「俺は、数学講義担当の須崎が出すミニテストで全問正解を叩き出すことができたんだ!

 きっと学習プログラムのおかげだ!

 こんな俺でもまだ飛躍のチャンスは残されている。

 さぁ、キミも、一緒に始めよう!!」



 この場に”サクラ”がいるならここで拍手喝采といったところなのだろう。

 けれど、ホール内のテンションはだだ下がりだった。


 笹川宗次本人はこれで何か成せると思ったのだろうか?


 重苦しい雰囲気が有耶無耶になった。

 大下落したテンションが突き抜けてよくわからない”ツボ”にはまった。



「ふっ、フフ。 あーもう。笹川先輩ってホント気持ち悪い……」



 水戸亜夢の特徴的なアニメ声で笑いはじめる。

 そこから連鎖的に失笑とも苦笑とも判別がつかない笑声がホール内に響きわたる。


 いつのまにか日向も笑っていた。



「テストで満点とって見せに来るってガキかよ」



 笹川をバカにしているのか、いい意味で茶化しているのかわからないコメントがちょくちょく聞こえてくる中で、昼休みは終わりを告げる。


 結局、最後まで明確な答えは出ずに終わった。

 


 ……けれど、舞浜日向は今日『スターダスト・オンライン』にログインしなかった。







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