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ボディタッチisデンジャー


 さて、とにをかくにも疑問は募る一方だ。

 僕が崇められている理由もそうだけど、目下一番厄介なのは彼らがなぜ〈イチモツしゃぶしゃぶ〉こと僕の過去を知っているかってこと。

 これ以上、下手なことを言われでもしたら、隣で自分の行動に困惑するヴィスカが何をしでかすか分からない。


 脚に抱き着くリスとレンの二人をやんわり引き剥がす。



『何から何までわからないことだらけなんだけど、とりあえず、僕は様づけされるような人間じゃないよ。』



「エー、そんなことないよー。」「僕たちがこうやって話せるのはトガネイチモツ様のおかげだよ?」



 尚のこと訳が分からない。

 二人を悪戯に引き離そうとした古崎徹を殴って、二人を再会させたことに対してお礼を言われるのならまぁ、分かるけど……。

 彼女らを話せるようにした覚えはまったくない。


 しいて言うなら、彼らNPCが話せるのはこの世界の開発者である戸鐘波留のおかげだ。



『トガネイチモツって、どうして僕の本名をキミたちが知ってるんだ?

 プシ猫のことといい、キミたちNPCは僕のことを監視していたってこと?』



「か、監視なんかしてないよ……? イチモツ様がこの世界に顕現されている”逢魔が時”は、ぼくたちNPCとして振る舞わないといけない決まりになってるんだ。」



『リンドーもNPCの役割に固執してた気が――。あれ、そういえば彼は?』



 この兄妹に気を取られてすっかり忘れていたが、いつの間にかリンドーは集落の奥、校門を抜けてミニチュアっぽい鳴無学院の玄関付近にいた。

 何やら彼は誰かを呼んでいるようだった。 

 しばらく様子をみていると、リンドーは一人の老人をつれてきた。



「そのあたりの事情は、このじいさんに聞くのが得策でしょうな」



 その人物は僕がよく知っている人物だった。けれど、その佇まいがあまりにも従来の印象とかけ離れているせいで、思わず反応が遅れてしまった。



「やれやれ、今度はモルドレッドですか。 よくよく死に急ぐ方でいらっしゃる。」



『フリューゲル・アンス?』



 柔らかな微笑みを浮かべてこちらに静謐な眼差しを向ける彼は、〈キャリバータウン〉内で泥酔している老人で、プレイヤーに対して幾度も自身が調達員としてアイランド2を探検した思い出話を聞かせてくる。

 その後、【ヴォッカド濾過】という状態異常を回復するアイテムをくれる。

 対オフィサー戦ではこれが大いに役に立った。


 それは置いといて、僕の印象ではフリューゲル・アンスは過去を引きずる情けない老人に見えていた。だが、千鳥足でたたらを踏むことなく、しっかりとした足取りで彼は僕の目の前までやってくる。



「はじめまして――ではないのですが、お初にお目にかかる。

 ”このわたし”はドン・フリューゲル。 キャリバータウン内で魂を得た者をとりまとめるノンプレイヤーキャラクターです。」



『魂を得たもの……。』



「仰々しいワードで申し訳ない。 ただ、プレイヤーの方々にとって些細なことでも、わたしたちNPCにとっては大事件、ということもあります。」



 笑みを絶やさずにフリューゲルは告げる。

 それはリンドーとの一件で既に嫌というほど理解している。

 リンドーはNPCの役目を真っ当しようと必死だったのに、僕がそれを”熱光線”で邪魔してしまったのだ。……そのお詫びとして、僕はプレイヤーに挑み、死にかけたけども。



「よろしい。それを理解してもらえているなら話がしやすいのです。

 今こうして貴方様の知る”NPC”の役を逸脱して会話するわたしたちは、一言でいえば貴方様の”神経系情報”を自身のキャラに納めた疑似的な”プレイヤー”と称せる存在です。」



『疑似的なぷれいやー……? ごめん、訳が分からない。

 プレイヤーがいないからノンプレイヤーキャラなんだろ? 

 操作する人間なしでキャラクターが勝手に動くって、そんなのありえない』



 指先でヴィスカが僕のトサカをつつく。



「イチモツさん…………残念ながら、凄くブーメランです」



『……そうだった! 僕もヴィスカもプレイヤーがいないのに動いてたっ!』



 もはやゲームの世界がお馴染みの”現実”すぎて忘れていた。

 この一文だけみるとゲーム廃人っぽい。


 フリューゲルは一度だけ鼻で小さく笑うと話をつづけた。



「とはいってもわたし共がこうなった経緯は彼女――〈名無し〉様と似ているかもしれません。関係性は逆でありますが。」



「私……ですか?」



「〈名無し〉様、貴方は”天上界”においてキャラロスト――失礼、貴方がたでいう”現実世界”で死亡した。 その際に、この世界に残っていた神経系情報が独り歩きし、やがて名も知れぬNPCに宿ることで〈名無し〉になった。

 言わば完成された神経系情報が不完全なNPCという器を見つけたということになります。

 一方でわたし共は、完全な器――わたしでいう〈フリューゲル・アンス〉――から〈イチモツしゃぶしゃぶ〉というプレイヤーの神経系情報の残留を束ねて”ドン・フリューゲル”となった。」



 死亡。その単語に心が抉られそうになる。

 月谷唯花が亡くなったのは確かだ。 しかしこうも衒いなく笑みを携えて言われると憤りを感じる。

 

 

『言葉を選べ――』



 傍らで彼女は首を振り、僕を制止する。



「失言でした、申し訳ない。無礼にあたるかもしれないという懸念はあったのですが、貴方方お二人は特に、死亡――キャラロストすることへの執着がないように思えたので。」



『そんなわけないだろ。』



「……けれど、この世界での死はあまりにも軽い。」



 口角は変わらず、フリューゲルは目をわずかに細めた。

 感情の機微を指し示すかのように、フリューゲルはこちらから視線を外そうとしなかった。


『そうか。ゲームの中の住人からみれば、デス&コンティニューを繰り返す僕も、死に無頓着ってことか。

 ――でも僕は自発的にそうしてたけど、ヴィスカは違う。

 彼女はゲームの開発者から無理やり、クエストの討伐対象にされた。

 だから、能力アップを目的にベータテスターや学院会に殺され続けた。』



「繰り返し申し訳ない。 責める気持ちはありません。

 再三いうように、わたし共が魂を得たのは、イチモツ様が幾度もこの世界でキャラロストし、神経系情報を”賦与”してくださったおかげです。」

  


 その時、頭をよぎったのは目の前の〈フリューゲル・アンス〉自身に言われた言葉だ。


 ”――お前・戸鐘路久はオレたちの世界に精神を捧げすぎたんだ。

 何度も死んで、この世界に生れ落ちることで。”


 どういうことだろうかと、ずっと考えていた。

 結局答えは出ずじまいだったけど、ようやくつながった。


 キャラクターは器のよう。プレイヤーの神経系情報はその中身。

 キャラロストで壊れた器から神経系情報は氾濫し、別の器へと回収される。

 けれど回収されるプロセスに問題があれば?

 残留思念のようなものがNPCという器に流れこむこともあるかもしれない。

 〈名無し〉がそうだったように。



『えっと、じゃあさ、今僕の背に抱き着いている[リス・ミストレイ]は戸鐘路久のクローン的なアレってこと?』



「そうとも言えますね。もっとも、わたし共はそれぞれに元々の”NPCが持つ役割”を重んじることで個人を分けていますから、できれば異なる個人として扱っていただければと願います。」



 振り向くと、何が嬉しいのか【モルドレッド】のタール液が染みついた皮膚に頬ずりをするリスがいる。

 

 そうは言われても……。

 下品極まりない発想だけど、これって凄く回りくどい自慰っぽくないだろうか。

 いや、リスに欲情はしなくとも、もっとグラマラスなNPCが現れて、彼女と同じようにこちらに抱き着いてこられようものなら、超絶虚しいハーレムルートに突入することになる。



『オーケー。大体の事情はわかった。 だから僕が敬られているってのも頷ける。』



 けど、別にこっちは狙ってキミたちに”魂”を与えたわけじゃない。

 そう続けようとしたところでフリューゲルが口をはさんだ。



「ですが、本題はここからなのです。

 イチモツ様、今までのことを彼女――〈名無し〉様にあてはめていただきたい。」



 そう告げるや否や、リスが足元にあらかじめ用意していたのであろう【延長式はんだこてブレード】で僕の片足を斬り裂いた。


 一方でヴィスカのほうは、レンの手にある【電磁式ライフル】をこめかみにあてられていた。

 あれは確か、僕が〈プシ猫〉用につくった兵装!?



『どういうことだ!!』



「イチモツ様、貴方の神経系情報はわたし共の魂となった。

 だが一方で、ヴィスカと呼ばれている彼女――〈名無し〉が幾度もキャラロストしたことで生まれた神経系情報の残滓はどうなったと思います?」



『どうなったって……――そうだよ。彼女の神経系情報だって僕と同じように――』



「ならなかったんですよっ!

 全部、全部、全部!! 〈名無し〉の”痛みで我をも忘れた神経系情報”は、あの”憎悪の化身”に吸収された。 クリーチャーである【ジェネシス・アーサー】によって!!」



 喜怒哀楽の全てを披露したドン・フリューゲルがそう叫んだ。



 

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