聖域。
ガラクタの山々が散立するジャンク置き場では、明確なルートというものがない。
何か使えるパーツや部品等がないか、誰かしらが探ろうとすれば”風が吹けば桶屋が儲かる”方式でフレーム片や壊れた装甲、使用用途のわからぬ兵装がガラクタ山を転がり、誘発して他のガラクタも崩れ落ちていく。
故に、それらで形成されているジャンク置き場は姿を変えて未知の経路をつくりだす。
昔のゲームでいうところの”不思議のダンジョン”に似ているかもしれない。
まぁ、仮にも〈キャリバータウン〉の内部にいるわけだからクリーチャーに出くわすことはないので、”ダンジョン”っぽくはない。
”ゲームの世界観上”では、ジャンク置き場というのはそういう場所だった。
なら、”ゲームの設定上”ではどうだろう?
ジャンクといってもパーツ類が見つかるなら、深刻な兵装不足に陥っていたかつての僕――ネームレスにとっては最高のロケーションに思えるかもしれない。
けど、実際は違う。
この場所で入手できる可能性がある”アイテム”はプレイヤーが捨てた、あるいは破損により使用不能になった”ジャンク”に限られるということだ。
後者の場合を考えよう。
パーツが破損する理由でもっともあり得るのは戦闘行為だ。
戦闘行為をする場合は敵が必要。
この世界のプレイヤーのほとんどが〈学院会〉。
そして学院会は彼らを守る攻撃部隊・”風紀隊”以外ほぼ戦わない。
――なら、風紀隊が破損させたパーツがゲットできるのでは?
答えはNOだ。僕が【Result OS】なしのマニピュレート操作ができるようになるまで、彼らにはほとんどダメージを与えられなかった。出来たとしても人海戦術でやられるのは僕自身。
つまり……悲しきかな。仮にこの場所でアイテムが手に入ったとしても、それは僕自身の遺品ということになる。
しかもジャンクとしてアイテムが手に入る確率自体低い。
ジャンク置き場はオマケコンテンツのようなものだ。過度な期待はできない。
さて、そんな説明はさておき、僕のような元プレイヤーにとってはビミョーな場所でも、世界観に則って生きているNPCには生計を立てる宝の山として役立っているようで、[リンドー・ミストレイ]はショベルヘッドを装備した右腕を振るってそれなり広いガラクタ置き場をぐんぐん進んでいく。
「さて、着きましたぜ。 お二方! 俺が知る限りで一番安全な”聖域”だ。」
聖域……?
リンドーはそう告げるや否や、近くのガラクタに突き出ていた小型ジェット?っぽい乗り物を派手に薙いでみせた。
すると一つの山が金属音を怒鳴り散らして崩れ去り、その跡に現れたのは小奇麗な両扉だった。
彼に連れられるままに僕とヴィスカは扉の向こうへと入る。
ホールらしき部屋から地下へと続く階段を降り、またしても今度は重厚な鉄の引き戸を開く。
その先にあったのは一つの集落らしき場所だった。
キャリバータウンの一角をそのまま地下へ移動させたような外観をしている。
が、細かいところで妙な差異があった。
『これって……』
「校門、ですかね?」
二人で首を傾げる。
鉄板と金網を無理やり絡めてつくられた長方形のオブジェが二つ、程よい間隔で並べられている。そのオブジェを中心にフェンスが敷き詰められており、まるでその向こうが校庭であるかのような体裁をつくっていた。
そして極めつけはいくらかスケールダウンした”鳴無学院”っぽい建造物があった。
近くには見知ったレンタルビデオ店のマークや駅前の小さな本屋をモデルにしたジオラマっぽいものもある。
見ていて忘れそうになっていた戸鐘路久の記憶がかろうじて蘇ってくるのを感じる。
それほどに、これら世紀末じみた材料で作られているオブジェには面影があったのだ。
「おぉい! 皆ぁ、イチモツ様がいらっしゃったぞぉぉお!!」
様ってなに?
そう問う間もなく、集落内から騒めきが聞こえてくる。
「誰がよそ者をつれてきたのかと思ったが、なんてことだ。
まさかイチモツしゃぶしゃぶ様をつれてきてしまうとは!」
「エー、でもイチしゃぶ様ってプレイヤーじゃなかったっけ?」
「ですです。もう”出勤時間”過ぎてますっ。じゃあこのちんしゃぶ様は一体だあれ?」
「”魂”は戸鐘路久様のもので間違いないぞ?」
どうやら僕が本物の〈イチモツしゃぶしゃぶ〉かどうか考えあぐねているらしい。
何か証明できればいいのだけど、生憎と僕自身も〈ロク〉やら戸鐘路久やら〈イチモツしゃぶしゃぶ〉やら〈ネームレス〉やら、果ては【モルドレッド】等々。
目まぐるしく変わる自分という存在に確信が持てずにいたりする。
でも確実に言えることは、様づけされるような輩ではないってこと。
「――なんでもいいよっ。 あたしちゃんとお礼が言いたかったもん!」
脚部付近に重みを感じてみてみると、小さな女の子が僕の左足に抱き着いていた。
色素の薄い桃色の長髪を束ねた少女は微塵も【モルドレッド】を怖がる素振りを見せずに、金色の双眸でこちらをじっと見つめている。
彼女の名前はすぐわかった。
――[リス・ミストレイ]だ。
「や、やめなよ、リス。トガネ様怒ってるんじゃない……?」
「そんなことないよ、レン。イチモツ様は嬉しいはずよ。」
その後ろで肩幅を小さくしながらついてきたのは[レン・ミストレイ]。
二人はキャリバータウンで行うことができるイベントの登場人物だ。
兄であるレンは行方不明になった妹・リスを探し求め、街中をさ迷っている。
プレイヤーは彼に依頼される形でリスを救助しにクリーチャーのいる月面露出地区へと向かう、という内容だ。
でも幾分か二人の第一印象と現在が異なっている気がする。
もうちょっとレンのほうは勇ましく、リスのほうは内向的だったような……。
「ホントに…?」
「ねっ、イチモツ様はギュッてされたら嬉しいよね」
『あ、う、うん。もちろん。』
状況は理解できていなかったが、二人がこちらに好意を抱いてくれているのは伝わってくる。
それを蔑ろにする理由もなかったし、NPCだと思ってた彼女らがこうも活き活きと話しかけてくることにも若干感激していた。
「ほぉらぁ~あたしの正解っ。
イチモツ様録・第68度目の賦与に書いてあったからね。
――”〈プシ猫〉という幼い少女に抱き着かれたイチモツ様は情欲に駆られた”。
うん。ちゃんと覚えてるもの。」
『…………!?』
聞き間違いだと願いたい一文が僕の耳に届いてくる。
「ホントだ~。いいなぁ、ボクも幼い女の子の見た目なら、イチモツ様を喜ばせることができたのかな」
「男の子でも大丈夫だよ。”第69度目の賦与”イチモツ様は〈笹川宗次〉を厚く信頼し、悪逆非道なるガクインカイの野望を打ち倒す秘薬と仲間の無事を祈りながら走った”。
ほら、通じ合ってる。」
「イチモツ様、僕でもイイ?」
今度はレンが上目遣いでこちらを見つめてくる。
しまった。ツッコミポイントを逃した上、更にツッコミどころが上乗せされて、もはやどこから否定していいのかわからない。
潤んだ金色の瞳がこちらをじっと見つめてくる。
レンもリスも外見でいえば長髪かショートヘアーの違いくらいしかない。
正直にいえば、どちらでも――。
スコンッ!!
後頭部あたりが弾けて首がグギリと嫌な音をたてた。
背後を振り向くと、北見撃退用のアサルトライフルを構えたヴィスカが驚いた表情を浮かべて立っていた。
「ご、ごめんなさい。 無意識に、撃ってました。」
え、なんだこの流れ。
――僕は別に鈍感なラブコメ主人公というわけじゃない。
さきほどの僕を客観的に観たら、別の子に現を抜かすバカ野郎そのものだろう。
そして、その姿をみたであろうヴィスカが僕へと発砲した。
これって所謂ヤキモチ的なものに思えなくもない。
というか、それ以外考えられない。
ちょっとだけ嬉しく思う。
そう、僕は鈍感ではない。けど、このクダリにおいてどんな言葉を返すのが適切なのか、さっぱりわからない。
故に。
『……無意識ならしょうがないっ!』
結局、誤魔化すくらいしかできないのだ。
勘違いとかだったらそれこそ恥ずかしいし。




