エイリアは初心者をサポートしたかった
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「クソ、同じタイプのVRだろうに、やはり勝手が違い過ぎる。」
剣を携えた月谷芥の目の前に広がるのは、島が宙に浮くことが当たり前の中世風なファンタジー世界だった。
この世界の名前はたしか、『エンジェリック・オンライン』だったか。
パッケージのキャラクターの持つ羽が、俺のアーマー【Ver.ヴァルキリー】の両翼ユニットに似ていたから、購入してみたが……これじゃ、練習にもならない。
波留さんや笹川との会話を済ませたあと、いてもたってもいられなくなった。
妹を斬りつけたのも、古崎徹に遅れをとったのも、俺が弱かったせいだ。
そう思って別のVRゲームでスターダスト・オンラインの練習を試みようとしたのだが、操作性も感覚も『エンジェリック・オンライン』は大味すぎる。
身体にかかる負荷もなければ、大剣の当たり判定すらガバガバだった。
敵――【ブリンク・デビル】と呼ばれるモンスターも屈強な四肢と魔力を利用して空を跳躍し、プレイヤー目掛けて湾曲した剣による斬撃をしかけてくる。
けれど、弾丸や砲弾、ロケットに比べれば文字通り止まって見えた。
ガバガバな当たり判定を考慮しつつ、適度な距離感で攻撃を回避し、相手の突撃する力を利用してカウンターを浴びせる。
【ブリンク・デビル】は地面へ叩きつけられ、わずかに硬直する。
芥は『エンジェリック・オンライン』を初めてまだ1時間の駆け出しプレイヤーだった。
故にこのゲーム内での彼の能力は低く、攻撃がクリティカルヒットしても敵へのダメージは微々たるものだ。
効率的に仕留めるにはわずかな隙も無駄にはできない。
【ブリンクデビル】の剣が冷気を帯びていた。魔法による”えんちゃんと”と呼ばれるバフらしいが、斬撃が当たらなければ意味はない。
「重剣士って、大剣を盾代わりに”タンク”やる職業なんだけどぉ。
タンクってわかる? パーティメンバーの代わりに攻撃を受け止めて、時間を稼ぐってことー」
その戦いの一部始終を見ていた芥のパーティメンバーの一人〈エイリア〉が、距離を置いてこちらに声をかけているのが聞こえた。
「なにか、至らないところが?」
「いんやー、むしろダメージディーラーもやっちゃっててお姉さんの立つ瀬がないのよね」
「申し訳ない。次の戦闘からは気を付けます。」
「いや次って、まだ戦闘は続くんだから、今すぐ防御に専念してもらってい……いんだけどー……あれ【ブリンクデビル】は?
HPまだ半分以上残ってたと思うんだけどー」
「倒しました。」
「エェ、私と会話してる間にってことー?
どうやって? 〈リヴェンサー〉さんってまだ魔法も特技も会得してない初心者でしょうー?」
「カウンターだと相手の力に応じてダメージが入るみたいだったので、接近戦で相手の攻撃回数増やさせて斬撃すべてにカウンターを入れました」
「……あぁ、そう。 簡単にいうのね。【ブリンクデビル】の接近攻撃ってほとんどランダムな攻撃モーションなのに……」
「〈エイリア〉さん、本当にここは高レベル帯のモンスターが現れるフィールドなのですか?
これだと練習にならないんです。」
「今のはお姉さん、ちょっとイラっとしたわー。
じゃあもっとスゴイところにつれてってあげるー」
………………
…………
………
……。
「ウソよ。【ローグドラゴン】のHPが、削られていくわー……。」
味方ながら芥に討伐されかかっている敵を憂いで〈エイリア〉は溜息をついていた。
殆ど初期レベルのままで〈リヴェンサー〉は中堅プレイヤーである〈エイリア〉の行ける範囲の敵を倒してしまったのだ。
彼女が『エンジェリックオンライン』かけた時間はのべ400時間は超える。
ゲーム内ギルドに所属していた彼女は、いつも仲間に助けられてばかりだった。
他のメンバーに比べた場合、彼女のレベルは低かった(……ギルド内の女性率が限りなく低いのも助けられてしまう理由の一つだろうけど)。
そんなとき思いついたのが、初心者のサポートだった。
ギルド内であればレベルは低くても、ゲーム全体でみれば〈エイリア〉は中堅の類に入るプレイヤーなのだ。
右も左もわからぬ初心者に優しく手ほどきする自分を想像して〈エイリア〉は不気味な笑みがこぼれそうになった。
しかし、そんな彼女が選んでしまったプレイヤーこそ〈リヴェンサー〉こと月谷芥だった。
エイリアに話しかけられたリヴェンサーは開口一番、こう質問してきた。
「このゲームの高レベル帯モンスターと戦いたい。 もしくは、対プレイヤー戦ができるところを教えてほしい。」
……む、無知な初心者に世間を教えてあげるのも”先輩”の役目だわー。
そう考えて初心者が使う狩場よりも少し難易度をあげた場所につれていき、結果、モンスターは狩り尽くされる。
しかもエイリアのサポートもなしに、リヴェンサーはほぼ一人でモンスターを倒してしまった。
その度に「こんなものか」といった表情でこちらを見てくるリヴェンサーに、彼女も躍起になって次へ次へと難しいダンジョンやフィールドへ案内した。
そして今、〈エイリア〉ですら仲間のサポートがあってやっと倒せるモンスター【ローグ・ドラゴン】が切り刻まれて地面へと墜落していく。
「次は?」
そう問うてくるリヴェンサーに、エイリアは恐怖すら感じた。
ギルドの仲間たちと過ごした楽しい日々、その中でもそれなりに苦労をかけて倒したモンスターたちはたくさんいる。都度装備を整えて、戦法を考えて……。
それらの苦労が今まさに、目の前のプレイヤーに蹂躙されていくのを感じた、
「あ、えっと、ハハハ、あの、次ね。 次かー。」
今現行でエイリアたちのギルドが攻略しようとしているダンジョンへ案内するべきか。
あそこの難易度なら、リヴェンサーを殺せるかもしれない。
でも、それすらも攻略されたら?
苦悩するエイリアにリヴェンサーが何かを感じ取ったような表情を浮かべた。
やめろ、やめろ、”エイリアさんに案内できる場所はもうないのだ”と気づくな。
気づいても口に出すのはやめろ。やめてください。
私の思い出を、軽んじらないで……。
しかし、口を開いたリヴェンサーの一声はエイリアの思惑とは違った。
「危なっ!!」
突風が渦巻いてエイリアの脇を何者かが通過する。
そして弾丸のような勢いでそのまま〈リヴェンサー〉へと攻撃した。
プレイヤーキル……!?
エイリアがそう気づくころには〈リヴェンサー〉も襲撃者も派手な金属音と火花を散らしながら大空へと跳び上がっていく。
「――や、病み上がりの彼女がいながらよく他の女に手を出せるね!?」
こちらにも聞こえてくる音量で襲撃者が怒声をあげる。
「その声。ゆ、遊丹か!? 誤解だ! 俺はただ今日の不甲斐ない自分に嫌気がさして――」
「自分に嫌気がさして他の女に手を出すって、勘違い中年のハードボイルド小説か!?」
「違う! そうじゃない。というか、そのたとえがわからんぞ! 俺は強くなりたくて練習する相手がほしかっただけだ」
「ならわたしにしておけって言ってるのよ! カイはどれだけ周りの人たちに気を使わせてるか自覚するべきでしょっ!」
「っ! 早い――」
「望み通り相手になるから撃ってきなさい!」
襲撃者――遊丹はみたところ細剣士でありながら、重剣士であるリヴェンサーの一撃を弾き返していた。しかも互いに初期装備のままだ。
もうめちゃくちゃだった。
高速戦闘を繰り広げる二人を目の前に、エイリアが選べたことといえば、ただ無言で街へと転移する魔法を唱えることだけだった。
「…………明日も仕事だし、寝よ」




