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一つの戦い


                ☆



 自分の身体にしっかりとログアウトできたことに喜びを感じつつ、僕は1時間ほど思案したあと、姉である戸鐘波留へと連絡をとった。



「古崎徹は僕が止めるよ。」


『ロクはもうスターダスト・オンラインをプレイする必要なんてないんだ。

 無理することないよ。下手すれば、死ぬかもしれなかった。』


「別にスターダスト・オンライン自体を恨んでなんかない。

 全部〈トール〉や〈オフィサー〉が引き起こした事件だ。 何度も言うけど、姉さんには非はないってわかってる」


『ごめん、回りくどい言い方だったね。その、ロクはまたスターダストオンラインをプレイしたいの……?』



 ……電話口に弱々しく聞こえてくる姉さんの声。

 発する言葉を僕は表面的な意味でしかとらえることができなかった。



「うん。皆の【アポカリプス】イベント始動の協力がしたい。」



『わかった。 ……今は少しでも助力が欲しい状況になっちゃったしね。

 〈リヴェンサー〉くんもロクを前衛に置くことを勧めていたよ。』



「月谷芥、先輩が? どうして?」



『ロクの実力を買ってるみたい。 あたしから見ればそうは思えないんだけど』



「む……」



 だが姉さんの言う通り、僕自身も〈リヴェンサー〉より実力があるとは思えなかった。

 だって月谷芥は挫折を知らない天才だ。昨日の会話で僕にはそれがよくわかった。

 

 でも、月谷芥が前線から退くのは良いことかもしれない。



「先輩が譲ってくれるなら僕がやるよ。 古崎も僕も、これは凡才同士の争いなんだ。

 姉さんや先輩が割を食う必要なんてないし、足を引っ張られるなんてもっての外ってこと。」



『なにその言い方。

 凄く卑屈に聞こえてくるんだけど、ロク何かあった?』



「今日、僕も『スターダスト・オンライン』をプレイしたんだ。

 バグか何かで〈北見灯子〉のキャラクターに間違ってログインしたあと、〈古崎徹〉の操る〈学院会〉のプレイヤーに撃たれた。

 どうやって操っていたのかは細部までは分からなかったけど、オフィサーが遊丹にそうしたように【チャフ・グレムビー】の能力を応用して、クリーチャー化ではなく、自分の神経系情報をプレイヤーに複製することで乗っ取ってるみたいだった。

 ……」



『〈北見灯子〉に会った?』



「!! そう。〈古崎徹〉に撃たれたあと、真っ暗な空間に移動していたんだけど、呼びかけに応じてくれたのは〈北見灯子〉一人だった。 僕の想像の答え合わせをしてくれたのも彼女だ。」



『真っ暗な空間を命名するとしたら”パーソナルリザーブ”。 マス・ナーブ・コンバータ内にある個々の神経系情報を保存するための場所なんだと思う。』



「パーソナルリザーブ。北見も”ここは〈古崎徹〉の中”って言ってた気がする。

 そこで天蓋窓のようなところから古崎の記憶を覗き込むこともできた。」



『あたしも見たよ。でもあれは見すぎると危険な代物だ。

 M.N.C.がキャラロストに備えて保存している記憶の集合体なんだよ。

 天蓋窓の記憶を利用することで、V.B.W.の消失や書き換えに備えることができてるんだ。

 アレを覗き込めば覗き込むほど、自己が〈古崎徹〉に上書きされるかもしれない。』



「じゃあ北見は結構危険な状況ってこと?」



『現実世界に戻っても人格自体に何かしらの悪影響があるかも、しれないね。』



 消えそうなくらいに姉さんの声量が落ちる。


 …………考えたところで今すぐ何かができるわけじゃない。

 北見は自分で納得しているように見えた。あの時点で既に古崎徹の記憶に呑まれていたのかもしれないけど、同じ空間にいた僕が”覗かない”という選択肢を選べたのだから、彼女にも出来たはずだ。

 ……つまり……言い訳じみてるな。

 何か彼女を助け出す方法があったかもしれないのに、僕は結局見殺しにしたのかもしれない。


 これじゃ、また姉さんは自分を責めるだろう。


 凡人こざきとおる天才ねえさんの足を引っ張る。

 転嫁か? いいや、凡人は凡人らしく汚点をぶつけ合ってつぶし合うのが一番だ。


 要は僕が古崎をスターダスト・オンラインから消せばいい。

 4年前のテストプレイのときのように〈トール〉を打ち倒せれば何も問題ない。


 そのために必要なことをしようと思った。



「――それで、アポカリプスの準備はどうなったの?」


『うん、それなんだけど古崎徹の乱入があって――』



 僕と姉さんはそれぞれが得た情報を共有した。

 古崎に関する事柄はもちろん、変な【モルドレッド】と対峙したことも忘れずに話した。

 その際に姉さんは、若干気になるところがあったようだったが、そのまま話し続けることをこちらに促した。



 姉さんの話は要約するに、戦う舞台自体は変わっていないらしい。

 【エルド・アーサー】を討伐し、弾道ミサイルを操作して【サイロ基地】より発射できれば、古崎徹はスターダスト・オンラインから去る。

 できなければ〈リヴェンサー〉はあちらの言いなりになる。

 

 相手側のほうがリスクは高いように思えるけど、そもそも約束を守るか否かすら怪しいものだ。こちらだって守る気はないし。

 あくまで奴を表舞台に引きずりだせるという点に注目すべきだろう。 



「あいつの【スティングライフル・オルフェウス】への対処方法って何かある?」



『それはロクもわかってるでしょ? 結局、【チャフ・グレムビー】の能力は、”そういう”バッドステータスを与えるって枠組みの中にある。 だから回復アイテムさえ使うのを忘れなければ対処はできると思う。

 問題は、あの人海戦術だよ。100人近くのプレイヤーが犯人の言うことを何でも聞いちゃう人質でもある。

 一撃の火力に優れた爆発物系の兵装でまとめてキャラロストさせるわけにもいかない。


 というかロクの話を聞く限り、〈古崎徹〉自身のキャラをロストさせても奴は健在だったんだよね?

 それじゃあ、支配されたプレイヤー全員に回復アイテムを使わないと、古崎だけを倒すことができないってことだよ。

 古崎自身が保険用に操ったプレイヤーを隠匿し続ければ根治は無理だ。



 ……今、他の皆がプレイヤーにログインしないよう説得する方法を探ってるけど』



「難しいと思う。

 〈オフィサー〉のときもそうだった。多分学院会のプレイヤーは、この古崎の起こした一件すら、他人を蹴落とすチャンスだと考えていると思う。

 誰かがキャラロストすれば、偽物の天才は減ってくれる。そうすれば自分という存在の価値はもっと高まる。そう考えてるに決まってる。」



『悔しいけど、あたしには分からないよ。 

 ”強化屋”で底上げした能力が〈学院会〉にとって如何に大切なものか、なんて。』



 嫌味ではなく、無知な自分を本当に恥じているようだった。

 そういうところなんだよな。


「姉さんには、分からなくていいんだ。」


『ともかく、あたしは一度モロ――坂城諸と対策を練ってみるよ。』



「わかった。 それと、」



『……?』



「ごめん。」



『っ、次言ったら怒るから。』



 通話は切れた。



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