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逃亡戦

               ☆



 【ブルーエンドリニアライン】を抜け、ブルーギースの攻撃をかいくぐって前進する。

 死に近づいてるのか、あるいは本当に快方へ向かっているのか、踏み出す一歩には力がよみがえりつつある。

 見える自身の四肢は相変わらずボロボロだった。

 古崎――〈トール〉らしきプレイヤーたち(?)の放った爆発物による攻撃で外殻には大きなダメージをうけた。

 今もなお白い生肌を液体に塗れさせながら、鱗じみたタール皮が剥がれ落ちていっている。

 こちらが駆けたあとの地面にはきっと部位破壊による【モルドレッド】のレアアイテムが点々と転がっているかもしれない。

 きっとプレイヤーからすれば、涎が出そうな光景だろうが、生憎、今の僕はプレイヤーでもなければ、レアアイテムよりも大事な事柄に夢中だ。


 ”敵”はこちらへと容赦なく銃火器をしようしてくる。

 線路に土嚢を敷き詰めただけの粗末な要塞をいくつも作っており、僕はそれを”火球”でひたすら消失させていく。


 代わりに”敵”への応戦自体は、僕が抱えているヴィスカ自身がやってくれた。

 彼女がある程度、敵をけん制してくれないと、装甲が皆無な今の僕ではガリガリとライフが削られるだろう。

 ……プレイヤーと違ってリザルターアーマーを装着しているわけではないため、ライフゲージを見ることはできない。

 それがなおのこと、思い切りのある手段を選べない理由の一つだ。



「さぁ! 次はあれですぜ! 旦那!」



 変な口調でこちらに話しかけてくる中年、〈リンドー・ミストレイ〉は前方のフェンスが張り巡らされた”壁”を指さした。



「了解!」



 体内の熱袋に炎を滾らせると、僕は短い叫び声をあげるようにして口腔から火球を放つ。

 ”壁”はたちまち火球の小爆破に巻き込まれて、その範囲である全長5,6mほどのオブジェクトを全て消失させた。


 うん、多分これってチートだ。

 なにせ壁の切断面に《NO ENTRY》の文字が見え隠れしている。


 でも今は致し方ない。

 【ブルーエンドリニアライン】から少しでも離れる必要がある。


 ”追跡者”がいるからだ。



「プレイヤーの方々は皆昇天したのに、”彼女”だけは残ってるんですかい?」



『昇天? あぁ、ログアウトのことね。 わからないよ。それよかさっきからその喋り方どうにかならない?』



「?

 あんたさまがあの〈イチモツしゃぶしゃぶ〉と聞かされたら、俺たちゃ敬意を払わずにはいられやせん」



『あぁ、それ敬意払ってたの?』



「なんか変ですかいね? 俺たちNPCは”そっち”の世界に則した礼儀作法はわからんのです」



『さっきの通りでいいよ。今はどちらかといえば、敵の接近に集中してほしいし』



「……へい! ――敵影、7時の方向!」



『――ヴィスカ!』



 「はいっ」、ヴィスカは返事すると同時に僕の右肩へと乗り出して彼女は拾ったアサルトライフル系の兵装を構える。

 その身体をしっかりと抱き寄せて固定しつつ、射撃へと備える。


 僕も僕とて”開眼”を宣言して360度のオープンな視界を展開する。

 右肩はヴィスカが乗っているので不可。代わりに左肩の瞳だけ開けて”追跡者の攻撃”に備える。

 けれどこの開眼状態は走行中だと使い勝手が悪い。

 視覚情報が入りすぎて平衡感覚が乱れるのを感じるためだ。下手すれば横転する可能性もある。

 故に、常時発動は無理。

 今はリンドーの装備しているリザルターアーマーの動体センサーで敵の接近に備え、その都度”開眼”させるほかない。


 ……ヴィスカが本調子であればあの”追跡者”なんて一蹴できたのかもしれないが、彼女は僕を庇って〈リヴェンサー〉の【コーティング・アッシュ】による一撃を受けた。

 以前僕も受けたことがあるあの大剣による攻撃は、アーマーの出力を大幅に低下させる。


 いくらヴィスカのアーマー【スレイプニー・ラビット】の性能がよくても、供給されるエネルギーが減少すれば、スラスターを使うことはままならない。

 というかそんな状態でも戦うと言い出すのだから、こうやって悪漢じみた持ち方で彼女を抱えるしかなかった。



『――っきた! あの砕けた瓦礫の溝を足場にこちらへ踏み込んでくる!

 タイミング…………今!』



「いきますっ!」



 迫る敵影がこちらに接近し切る前に、ヴィスカへ指示を出して行動を先読みする。

 ヴィスカの放った無数の弾丸は、撃ち始めの時点では敵がいない箇所に放たれていたが、コンマ数秒もしないうちに、ちょうど敵がその箇所に納まって現れる。


 人型でありながら獣のように四足を使って瓦礫の溝へと着地する。

 奴の割れたアーマーからはみ出す黒髪は乱れきっている。

 思わず連想してしまうのは少し前に流行った邦画ホラーの幽霊だ。


 全弾命中とまではいかないが、超高速で接近する手はずだったのであろうその追跡者は4,5発の着弾に悶えて転げ落ちた。



「的確な指示ですな、旦那!」



『指示出すクリーチャーってどうかと思うけどね!』



 この見えすぎる開眼状態のおかげで地形の状態が手に取るようにわかる。

 けれど副作用としてやはり激しい吐き気に襲われる。

 踏み外しそうになるのを堪えて、リンドーの示す出口へとひたすら脚を動かす。


 攻撃が終わったのを見計らってヴィスカの小さい身体を再び鳩尾付近に納める。

 後方の追跡者には背中が、前方で待つ【ブルーギース】の傭兵には前傾した頭部が、それぞれ彼女を守ってくれる。



『どうかした……? もしかして、攻撃うけたのか?』



「いえ、でも……さっき私たちを攻撃してきた方って、確か〈学院会〉の。」



 ヴィスカが心配げにこちらへ小首を向かせた。

 彼女の言う通り、アレは学院会の所属するプレイヤーの一人だ。

 ただ、はたして本当に”中身がプレイヤー”なのかは定かじゃない。


 かろうじて思い浮かべることができたのは〈ニアンニャンEU〉がオフィサーの手中にあったときの姿だ。

 

 さっきの〈水戸亜夢〉との仲違いといい、ビームソードを使ったみのこなしといい、一体全体オマエに何が起こってるんだ?

 


『北見灯子……。』



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