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醜悪なる

                 ☆



「――”さて、戸鐘波留が消えたことで『スターダスト・オンライン』を管理できる者はいなくなった。 彼女が唯一出し惜しんだデバックコマンドへのアクセスは叶わなくなったが、最早それも些細な問題だ。

 今こうして、俺はプレイヤーを支配することで同等の力を得たのだから”。」



「オマエは、〈古崎徹〉か?」



「”そうだね。俺たちは〈古崎徹〉だ。」



 そこらじゅうから一斉に響き渡る声に〈リヴェンサー〉が問う。

 視界の遠方で伏せる〈HAL〉の様子をうかがうが、彼女はやはりピクリとも動かない。

 その隣では本名・松岡雄途のプレイヤーキャラである〈ユウト〉がボウガンのような兵装を携えていた。



 ――〈HAL〉を撃ったのは奴だ。

 そして、一見すれば会長の問いに答えたのは松岡のように見えるが、まったく同じ言葉を他方にいるであろう別の声音の人物が喋っているのも聞こえる。



 〈HAL〉のライフゲージも残っているし、痛覚が有効にもなっているわけでもない。

 彼女に何が起こったのか、〈リヴェンサー〉にはわかっていないようだった。


 だが、一部始終を見ていた〈笹川宗次〉は彼女のライフゲージの隣に現れたいくつかのアイコンに気づいた。



 ……〈ニアンニャンEU〉(瀬川遊丹)や〈リヴェンサー〉(会長)が【チャフ・グレムビー】のせいで暴走していたときにも似たアイコンを見たことがある。

 ってことはあの状態は。



「(体内時計的には……そろそろ……。)」



 笹川がメニュー欄を開く。

 〈HAL〉から対ブルーギース戦用に渡されたいくつかのサポートアイテム。

 そのうちの一つに【ヴォッカド濾過】の上位互換ともいえる状態異常回復アイテム【アンチピロウスプレー】が存在した。

 ヴォッカド濾過と違ってスプレー散布により、広範囲に有効。

 その効果は、アーマー異常以外のパイロットにかかったほぼ全てのバッドステータスを回復する。


 これが使用できれば〈HAL〉さんもおそらくは再起できる。

 それに、上手くやれば彼女を助けたままでこの状況から脱することができるかもしれない。


 ……けど、俺は【モルドレッド】の負わされた破損で這うことしかできない。

 こちらと〈HAL〉さんまでの距離は30m程。

 下手に動けば、さっき〈プシ猫〉さんを囲むように放たれたビーム兵装の餌食になる恐れがある。

 決死は望むところだ。失うものはなにもない。

 けど無駄死には御免被る。


 どうする?

 俺が【アンチピロウスプレー】を投擲して、〈プシ猫〉さんに狙い撃ってもらう?

 彼女なら容易いだろう。スプレーの中身さえ〈HAL〉の近場で散布されれば、効果はあるはず。


 でも、計画を伝える術がない。

 〈プシ猫〉さんや俺は一度、彼女が応戦したことで警戒されている。

 直接会話や個人通信しようものなら、おそらく古崎にすぐバレてしまう。


 それに、タイミングも重要だ。

 俺たちが一方的にアドバンテージを掻っ攫える瞬間は、刻一刻と迫ってきている。

 作戦を考えている自分ですら明確なタイミングは”システム頼り”だ。



「”俺たち”? それは、どういう意味だ?」



「”知らんぷりはなしだよ、月谷芥。 

 最先端神経医療・特にM.N.C.――マス・ナーブ・コンバータについて学んでいた貴方なら、すぐにわかるんじゃないか?

 ――上書きしたんだよ。 プレイヤーに、神経系情報……いや、俺は神経の動きこそが人格を形勢すると思っているんだ。

 なら、《人格》と言い換えるべきかな。

 『スターダスト・オンライン』内でマス・ナーブ・コンバータが果たす役割は理解しているだろう?

 一時的にM.N.C.へプレイヤーの人格が保存され、一方で『スターダスト・オンライン』へ複製されたもう一つの人格がキャラクターへと移される。

 キャラクターに移された人格はゲーム内で得た体験・経験をその身に刻み、ログアウトする際に一時保存された人格へと情報を更新する。

 端的にいえばこういうことだ。


 けど、俺はこの兵装【スティングライフル・オルフェウス】を使うことでその仕組みに干渉した。”」



 松岡が手に持っていたボウガンを一度見せびらかした後、兵装を解除して消失させる。



「チャフ・グレムビーはプレイヤーをクリーチャー化させる効果を持つと同時に、キャラを死亡認定させるスイッチも起動させてしまう。

 そうなれば、プレイヤーはゲームオーバー、キャラロスト扱いになり、再度キャラクリエイトする画面に戻ってしまう。

 〈リヴェンサー〉、オフィサーが君を追い詰めることができなかったのはこれが原因なんだ。

 だから俺はその反省を生かした。

 クリーチャーの人格で化けさせるのではなく、別のプレイヤーの人格を送り込んで化けさせるようにした。

 するとどうだろう。

 プレイヤーはキャラロスト扱いにはならないんだ!

 なぜなら、〈古崎徹〉というプレイヤーの人格がキャラに入っているから。


 これで晴れて、キャラロスト扱いにもならず、かといって自分で操作ができるキャラではない操り人形の完成ってわけだ。」



「……じゃ、じゃあ……もしオマエがログアウトしたら――」



 〈リヴェンサー〉が立ち尽くす。ゆっくりと見定めるようにして彼は付近に隠れているであろう〈学院会〉のプレイヤーを眺めているようだった。



「”そうだ。 M.N.C.に一時保存された本来の人格に、俺の人格が上書きされる。

 ……あぁ、どうなるんだろうなぁ。

 試すのはこれが初日だけどさぁー。

 上手くいけば無能が駆逐されるんだぜ、たまらないよな。

 この国ごと替えられる自信があるよ、百人近くの俺ならさ。

 目下の懸念は、足を引っ張る低能連中こいつらだったんだから。」



 古崎の発言と同時にまた一人、プレイヤーが表れる。

 彼は嬉々として自分の首に【ビームナイフ】を押し当てるとエネルギーを放出させ、首を焼きはじめる。


 思わず笹川が悲鳴をあげそうになった。

 狂気に満ちたその顔には見覚えがあった。

 おそらくは鳴無学院では名だたる天才秀才の一人なのだろう。



「”あぁ、ライフゲージがなくなるね。

 ……こいつも『スターダストオンライン』の恩恵で私欲を満たした輩の一人だ。

 キャラの器がなくなれば、上書きされた俺の人格も消失して彼は元の自分に戻ることができる。

 正真正銘、無能な彼に、だけどな。

 どうだい、月谷芥。良い二択だと思わないか?

 〈学院会〉の面々は俺に支配される代償に、優秀な自分を保つことができるんだ。”」



「悪意の塊め!」



「”ははは、戦意があるのは結構だが、どこに攻撃したって俺には痛くもかゆくもない。

 被害をうけるのは俺じゃなくて〈学院会〉だけさ”」



「……ッ」



 醜悪だ。

 これが古崎の本性なんだ。

 

 反旗を翻そうとした笹川の思考が怖気づいてしまう。

 

 静観して『スターダスト・オンライン』が”メンテナンス”に入る時間まで待とう。

 そうすれば安全にログアウトできる。

 ログアウトしたあとは、もうこのゲームをしなければ、こいつに関わる機会は減る。

 

 それが得策に思えて仕方なくなる。


 だが、震える笹川に対して、一人のプレイヤーは毅然とした態度で古崎へと敵意を剥きだしていた。

 彼女は狙われていることも承知の上で一歩二歩と前に躍り出ると高らかに告げた。



「――なら、まずはわたしをあの【スティングライフル・オルフェウス】とやらで撃ちぬくべきだったんじゃない?

 『スターダスト・オンライン』で唯一、昏睡状態から回復した”生き証人”であるわたしを」



 【ニアンニャンEU】――瀬川遊丹は、フェイスカバーを外し、どこに本体がいるのか分からない古崎徹に向けて告げるように、あたりに視界を巡らせた。

 そしてその一環として、彼女はたしかに〈笹川宗次〉へアイコンタクトじみた視線を送ったのだ。


 ……っ。

 少しでも隙をつくるってことか……くそ! やればいいんだろ、やれば!


 怖気づく自分を制して、笹川が動き出す。






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