パーソナルシェア
☆
『スターダスト・オンライン』内では意識が途切れるということは殆どない。
常時覚醒状態でいられるように、M.N.C.――マス・ナーブ・コンバーターがプレイヤーの脳の状態を管理しているためだ。
唯一意識が途切れた状態となるのは、プレイヤーキャラがロストした瞬間である。
プレイアブルキャラクターからプレイヤー”本来の”神経系情報が抜き出されたあと、ゲームを再度プレイするために新たなキャラクターへと神経系情報が送られる。
いわば、キャラクターとは器であり、プレイヤーは器の中身だった。
器が壊れれば、液体は外部へと漏れ出す。
つまりそれは、『スターダスト・オンライン』内で”一つの存在”として保てなくなるという意味だ。
だからプレイヤーは意識が途絶えてしまう。
「起きたのね。」
……目が覚めると、真っ暗な空間にいた。
ちょうどキャラクリエイトに切り替わる瞬間の、何もない空間だ。
HUD表示もなく、身体を動かしている感覚も虚ろで、そもそも見下ろせばあるはずの肉体が存在しなかった。
たしか僕は、『キャリバータウン』のサウスゲート前で〈古崎徹〉らしきプレイヤーキャラたちに囲まれて……。
なんだ、古崎徹”らしき”プレイヤーって……まるで古崎徹が増えたみたいな言い方じゃないか。
ッ!
思い出すだけでゾッとする。
僕が記憶している限りほぼ全ての〈学院会〉メンバーが、容姿の異なる姿をもちながら同じ頬の歪みと声のイントネーションでこちらに笑いかけてくる。
――”〈ロク〉と戸鐘波留、キミたち二人のおかげでおれはようやく”王様”になれるんだ。”
奴が告げた言葉の意味はある程度予想がついた。
今ここにいる僕と『スターダスト・オンライン』内のどこかにいる”僕”のことを言っていたんだ。
戸鐘波留――姉さんは、僕を二つの存在に分けることで、僕を危険から遠ざけてくれた。
けれど、それが奴の抱く野望のヒントになってしまった。
プレイヤーキャラをクリーチャーに書き換える【チャフ・グレムビー】の能力に、クリーチャー化ではなく自身の神経系情報で書き換えるようにした、か。
単純ではあるけど、その改造があるだけでゲームシステムから逸脱した能力に切り替わっている気がする。
というか、まがいなりにも【チャフ・グレムビー】の能力でやられたなら、今の僕はキャラロストされた状態ってことにならないのだろうか?
「でも、キャラクリエイトには切り替わらないよなぁ?」
「だってここ、まだキャラの中だしね」
「凄い。また幻聴が聞こえる。覚醒イベントかな?」
「――力が欲しい?」
「今は身体が欲しい」
「それはあたしもほしい」
「姿とか見えないけど……北見さんだよね? ここどこ?」
「はっきりしたことは分からない。 けど多分、[古崎徹]の中だと思う」
「僕は誰かは分かってる?」
「戸鐘路久でしょ? 話したことないけど、ウチの部の公演に一回きてくれたことあったよね? 名前だけ覚えてた」
「……」
「あぁ、……いまちょっと嬉しがってるみたいだけど、あたしトオルが好きだからごめんね」
「!?!? は、はぁ!?」
何言ってんの?
いやいやいや、『偶然行った学園祭の演劇一回見たのをよく律儀に覚えてんなぁ』って思っただけですけど!?
嬉しいとか毛ほども思ってないんですけど!
なんだこの勘違い女!
「あぁ、触れないほうがよかった? 先言っといたほうが色々面倒なくていいと思うんだよね。
この空間って”思考が筒抜け”みたいだから。
さっきそっちが考えてた【チャフ・グレムビー】のことも、あたしからだと丸聞こえだったよ。
まぁ、いーや。
認めたくないならあたしが”勘違い女”ってことでいいよ。」
「声、出してないのに……。
本当に思考が駄々洩れ?」
「うん。」
「……。 ここが[古崎徹]の中だって言ったけど、それってどういう意味?」
「そのままの意味だよ。 あたしたちのキャラは戸鐘の考え通り、[古崎徹]に上書きされて乗っ取られた。 キャラクターはトオルの操り人形になって、キャラクターを奪われたあたしたちはこの何もない空間に招き入れられた。
彼の中にいるって言える根拠は、”アレ”。
視界を見上げるようにしてみて」
「……身体も頭もないのに見上げることなんて……ん?」
感覚でやってみると、確かに視界が動いたように見えた。
巡らせた視界に天蓋窓のようなくり抜きがあったからだ。
くり抜きから見えるのは、誰かの記憶だった。
映像が映っているだけなのに、細部の情報が頭の中に入り込んでくる気がした。
一人の子供が豪邸のプールで泳いでいるだけの映像なのに、そこに映っている豪邸が[古崎牙一郎]の別荘だということがわかってしまう。
”
子供はそこに夏休みの期間を利用して泊まり込んでいる。
けれど実の両親に、子供は豪邸に泊まり込むことを伝えていなかった。
一抹の後ろめたさはあるものの、彼には両親を厭う理由が確かにあった。
けれど、子供は表立って理由を告げることができなかった。
子供である自身はひ弱だと認識していた。だからこそ祖父である[古崎牙一郎]の元を訪ね、助けを仰ごうとした。 ”
不快感がある。
夜の海に飲み込まれるような不安感もあった。
まるで耳を閉じることができないオーディオコメンタリーのようだ。
これは紛れもなく[古崎徹]の記憶だ。
あの天蓋窓は古崎の神経系情報に類するものが集合しているようだった。
僕は今まさにその一端に飲み込まれてしまいそうになっていた。
冗談じゃない!
誰がこんな奴のことを理解なんてするものか。
ただひたすらに気持ちが悪い。
「……皆もそう感じたみたいだよ。
だからここから出ていったんだしね。
それで、戸鐘はどうする?
皆と同じように”ログアウト”する?」
「え……ログアウトできるのか?」
「言わなかった? 〈学院会〉の全員が乗っ取られてたのみたでしょ?
皆この空間に来たんだよ。 でも、トオルを拒絶して皆あそこからログアウトしちゃった。」
彼女の声がそう告げると、映像の映る天蓋窓とは逆のほうで光が灯ったのが見えた。
そこには本来キャラクリエイト画面で表示される【EXIT】のフォントが浮かんでいた。
「多分そこから『スターダスト・オンライン』に出られると思う。」
「……君は、もしかしてあの天蓋窓を見続けてるのか?」
「そうだよ。 好きな人の過去が知りたいって思うのは普通でしょ?」
「君も一方的にキャラクターが奪われたんだろ? 友達とか恋人とか、そういう関係だったって笹川から聞いた。
無理やりこんな状態にされたのに、まだ古崎が好きなのか?」
「その問答はこれで4度目。
亜夢も松岡も渡木さんも、皆一緒にここから出ようって言ってくれたけど、あたしから見たら酷い裏切り。
特に亜夢なんて、今までトオルを好きだって言ってたのに……手のひら返すんだもん。
酷いよね。
言っておくけど洗脳とか脅迫とか、そういうのじゃないから」




